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ミクロな世界の女子大生  作者: やまとりさとよ
第九章 ミクロな世界の戦争

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支部長の場合

怒涛の6/14連投


アイゼンヴァルドは工業都市である。


帝国直下の自治領のひとつであり、北方の山脈から伸びる鉄鉱脈の上に築かれた街だ。

この地の土には鉄と硫黄が混じり、地熱と魔力が豊富で、製錬炉を動かすには理想的な環境にある。


街の外縁部には大小合わせて三十を超える鍛冶工房が並び、鍛冶師や鋳造職人、魔導機関技師が肩を並べて働いている。

帝都や前線都市から運ばれてくる武具・農具・機械部品の多くはここで修復や再鍛造が施され、再び帝国の隅々へと送り返される。


商業形態は半ば封建的で、各工房は長老格の親方が統率し、組合ギルドごとに炉の使用権や原鉱の配分を定めている。

この仕組みは古く、帝国の建国以前から続くもので、火継ぎの一族が、今も炉の管理を一手に担っている。


街の中心には交易広場があり、鉄製の柱時計と、半日ごとに鐘を鳴らす教会がその象徴だ。

昼には職人の取引が行われ、夕刻になると冒険者や傭兵が集まり、武具の修理や依頼の仲介を求めて協会の扉を叩く。


鉄くさい街だが、冒険者にとっちゃそれは何らマイナスイメージにはならん。


古い工房を改築して作られたウチには落ち切らなかった煤が残っちゃいるが、粗野な冒険者どもがつける傷に埋もれてもうどれがそれだか分かりやしない。


そんな活気の溢れるここ、アイゼンヴァルドは、現在混乱の最中にあった。


先の魔王による宣戦布告が原因だ。


報告書による文面でしかその内容を確認していないが、宣戦布告直後、魔王城ダンジョンから大量の魔物が発生、迎撃に回った冒険者協会魔王城支部が壊滅、噂によれば火龍の出現も確認されたらしい。


魔王城に程近いこの地は、魔王城からの生存者の受け入れ、帝国軍の駐屯地、そして街から離れる者の手続きにパンク寸前だった。


ここに異動してきてから12年が経つが、こんなにも空気のピリついたアイゼンヴァルドは初めてだ。


冒険者協会アイゼンヴァルド支部、支部長、アーク・ドライツは、夜が明けつつある窓の外を見てため息をついた。


かく言う自身も書類の山の処理に追われて昨晩から寝れていなかった。


領主も交えた騎士団との合同会議の書面を確認していると、ノックの後扉が開かれた。


「支部長、エリゼ様がお帰りになられました。」


ババァの帰宅か。

随分と遅かったな。


「会う。どこにいる?」


「一階の酒場です。右手奥側の隅で。」


「わかった。この書類処分しておいてくれ。」


「承知いたしました。」


左手側の山から取り出した文書を押し付け、酒場に降りる。



酒場は死んだような雰囲気が漂っていた。


いつもは何処かしらで喧嘩が起き、笑い声と叫び声が混じり合う場だったが、今は皆一様に沈み込んだ顔で静かに飯を食っている。

数も普段と比べればはるかに少ない。


魔王軍によってつけられた傷は思いの外大きい。


哀れに思いながらカウンターを回って言われた場所に向かう。


そのテーブルはすぐに見つかった。


明らかにそこだけ乗っている食材と酒の量が多い。


座っているのは二人。

フードに身を包みジョッキをあおる女と、骨付き肉に一心不乱に飛びついている金髪の女だ。


フードの方はババアだろう、だが、もう一人の方も初対面ながら見覚えがあった。


ミラ・ブリュンヒルド!


冒険者堕ち(レッド)だ。


指名手配されている、と言うか、手配書がすぐ後ろに貼ってある。


そしてその名はこの町では特に有名だった。


顔すら隠していない。


堂々としすぎてこちらが間違っているかのような錯覚を受ける。


額に青筋が浮かび上がるのを感じつつ、席に向かった。


「自首か?“火継”のミラ。」


「むぁみー??もみゅむみむんめまもむま??」


「久しぶりの飯なんだ。ゆっくり食わせてやんな。アーク。」


「じゃあ何でこいつを連れてきた…。」


疲労感が声色に混ざるのを止められない。


俺の言葉に、ババアはどこ吹く風で返した。


「小娘をほっといたら何しでかすか分からんからね。アタシの手元に置いといた方が安全だろ?こいつ、放っておいたら酒で街を焼きかねないよ。今それに対処してる場合じゃないだろ。」


「…。」


言葉が出ない。

そして、その想定が飛躍したものでは無い事をアークは知っていた。


「それで?何人帰ってきた。ここには。」


もう何杯目なのか分からないジョッキをあおるババアがアークに問いかける。


その瞳からは何の感情も読み取れなかった。


「4人だ。ギルド職員1人、冒険者パーティ3人。あれから非戦闘員1人を守れただけ天晴だ。」


「…そうか。」


呟くように返すババア。


「とはいえ、これで全員とは言ってねぇ。ここより魔王城に近い村や他の街に帝国の守護騎士が派遣されてる。ここまで帰って来れなかったとしても、その手前で休養してる奴らも居るはずだ。死亡者の確認が取れるまでこの件はおわんねぇよ。」


「下手な慰めだ。それは報酬にはならんね。」


「現状報告だ。そんなつもりもない。」


「そうかい。」


そして再度酒を煽る。


ウェイターに自分の分の酒を注文し、口を開いた。


「教会は近く声明を出す予定だ。それに応じ、冒険者協会は本格的に動き出す。暫く依頼の受付は停止、専用の依頼が提出される。中には指名も数多くある。」


「教会と貴族のは受けないよあたしゃ。ゴールドには過分な仕事だ。」


ジョッキを起き、吐き捨てるように言うババア。


「今回ばかりはその言い訳は通らん。近く、冒険者協会は何名かの冒険者を過去の実績と合わせてランクアップさせる。その中にはアンタも含まれてた。エリゼ。」


ぴしり。と、空気が凍りつく音がした。


ジョッキを持つ手が離れた。


飯を食らい続けるミラの咀嚼音だけが響く。


ババアがゆっくりとフードを取る。


同時に閉じ込められていた宝石の如き銀髪が解き放たれた。


先程からこちらを盗み見していた冒険者が息を呑むのを感じた。


何度見てもとてつも無い美貌だ。


その顔は、まるで陽光と月光のあいだに彫られたかのようだった。

高く通った鼻梁と、頬をかすめる細い傷跡が、ただの美を否定していた。


肌は日に焼けて健康的な褐色を帯び、血の通う温かさと、鉄の匂いを知る冷たさが同居している。

唇は乾きかけた葡萄酒のような赤で、その形は動かず、感情の欠片すら浮かんでいなかった。


薄く灰の混じる蒼の瞳。光の角度によっては銀にも見える。

長く伸びた睫毛が陰を作り、その奥で目の奥底の理性と本能が互いに噛み合うように光っていた。


60年前から一切変わらないその美貌。

美しい。

そして、恐ろしい。


南部戦争の英雄、“老兵”、エリゼ・エンバースタークは冷ややかな視線を持ってアークを射抜いていた。

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