Code.8 (14)
細くて白い女の腕が光に溶けかけた硝子のようにズタ袋から曖昧に突き出されている。
血が通っていないかのような白さを保つその腕は、背景のそれと比較して、一切のリアリティを感じなかった。
肉の山。
もともと生命を宿していたであろう、今やタンパク質の塊でしかないそれは、粘性と濁性を伴ってそこに鎮座していた。
突き出た骨と肉と筋とが、空きになった場所にゆっくりと崩れ落ちてくる。
滲み出た血液がひと足先に空いた地面を占有して行く。
と、それに対して腕が反応した。
腕が手首で折れ曲がり、肉の塊に向けて掌を向ける。
細長い指が伸び、均一に切り揃えられた爪が美しく映えるその手に青筋が一本這った。
なんのエフェクトもない。
文字通り山のように積み上げられた肉が瞬きの間に消失し、埋もれていた日本家屋が姿を現す。
まるで最初からあんなものなかったかのような雰囲気さえ漂う。
唯一残った飛び散った血による肉の主張も、掃除機を持って突進する白髪の少女達が軒並み消し去ってしまった。
…。
一息つく。
「おけ。んじゃあっちもやって来なさい。」
「承知。」
私の指差す方向にズタ袋を抱えた女神様がてってこ走って行く。
その後にゾロゾロついて行く女神様の分体。
大勢の足音が肉の山の先に消えて行った。
ため息を吐く。
大掃除もだいぶ進んだ。
肉の山も大分処理が進んで残るは全体の30%弱となった。
ふと服の裾を嗅ぐと、腐ったような生肉の匂いがこびりついていた。
だー。
ガン萎え。
しゃっばしゃば。
{「獄炎魔法」を発動しました。}
{「獄地魔法」を発動しました。}
足元から立ち上った黄色の炎が私の全身を包む。
螺旋状に絡みつく炎が消える寸前、その身が赤色に変わったかと思うと、後にはさっきと同じダボついたTシャツ短パンの私だけが残った。
これぞ魔王式クリーニング術…!
元あった服を炎で焼き尽くしつつ、全く同じものをその場で生産するどストレートな変身!
炎の光量を上げることで全裸タイムを完全防護!
魔法少女顔負けの早着替え!
追加で雷や風エフェクトを撒き散らし、服飾を凝ればオーディン式変身も再現可能!
傘をムジ◯ルニアに変えることだってできるのだ!
がはは。
勝ったな。
綺麗になった新品の服を身に纏い、意気揚々と自宅の玄関を開いた刹那。
私は雪崩のように噴き出す肉塊の山に押し潰された。
…。
暗闇。
背中の向きにかかる重力と、無理やり鼻口をこじ開けて入ってこようとするミンチの圧。
多分に湧き起こる怒気を抑え込み、肉を掻き分け腕を突き上げる。
「シャ◯ム!」
クソデカ大太鼓。
天から降り注いだそれは、肉を割き、肉を焼き、肉を剥ぐ。
飛来の衝撃で裂けた天を見つつ、周囲にはじけるスパークから身を起こす。
高電流で幾千にも分かれた炭の樹が、胸焼けするような肉の臭いを放つ。
「結界が貼ってあったんだった…」
魔王城101層、マイホーム。
だいぶ初期の頃に石田の侵入を許して以来作ってきた絶対不可侵の領域。
この階層に貼ってある妨害結界から、この家に至るまでの何千もの防護結界。
Code.6で緩められたとはいえ、物質的なところまで消滅させるには出力が足りなかったらしい。
結果、1000年分の私の寵愛を受けたひき肉、今これ。
頭を掻く。
ネッチョリとした肉が剥がれて落ちた。
クソデカため息。
腕を後ろにやる。
電磁音。
風を切り裂き、青白いスパークを放ちながら飛来するそれ。
寸前で縦回転し、金属音と共に持ち手が私の手の中に収まる。
爆風。
それが体の中に閉じ込めた空気が爆発し、そこら一帯を大きく揺らがす。
それは、調理器具と呼ぶにはあまりに大きすぎた。
大きく分厚く重くそして大雑把すぎた。
ムジョ◯ニアとベルセル◯的演出を纏いながら登場するは、さっき使ってた肉焼き用クソデカフライパン。
4階建ビルと同じくらいの背丈と質量を伴う鉄の塊が、孕んだ熱を轟然と発散させている。
肩を回す。
取手を両手で握りしめた。
物理攻撃バフが全部重なった腕が軋みを上げてフライパンを振りかぶる。
テニスラケット的なフォームのまま振り抜かれたそれは、マイホームに重ねられた100層くらいの物理結界を突き破り、その場を更地に変えた。




