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ミクロな世界の女子大生  作者: やまとりさとよ
第九章 ミクロな世界の戦争

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353 医療崩壊

72


ややあって斜め後方に傾いた太陽は、いささか容赦なく、でもどこか手を抜きながら陽をあたりに降らせている。


背丈より少し高い稲が、風もないのにわずかに身じろぎしているように見えるのは、熱気のせいかもしれない。

アスファルトの道路は陽炎にゆらぎ、足元から立ち上がる熱気が頬をじんわり撫でてくる。


気温は30度弱。

これで夏を名乗るのは少々力不足かもしれないけど、わざわざ加減を知らない令和ちゃんの意思に沿う必要もないだろう。


田んぼの水路には、どこからともなく水が流れ込んでいて、かすかなせせらぎの音が、ずた袋を引きずる雑音を縫うように聞こえてくる。

カエルの声もどこか遠くで、けれど確かに存在している。歩いていると、足音がパキッと乾いた音を立てて、誰もいないはずの道に私の存在を刻んだ。


ときどき風が吹く。ほんの一瞬、草も稲も、木々の葉もすべてがふっと揺れて、空気が少しだけ新しくなる。そんな瞬間をひそやかに、けれど確かに、田舎の午後は繰り返す。


時間の進まない午後3時。


繰り返すように、いくつかのパターンを経て吹くそよ風は、数えてこれが23回目だった。


流石に端の方まで面倒見きれなかったのか、一定間隔で狂ったように均された田んぼ。

最早ちょっとしたリミナルスペース。


もうそろそろだった。


24回目の風は、今までとは少し違った。


新しく取り替えられた空気は、酸性を伴う。


変に酸っぱい匂いと、奥の方で捩れるようなエグ味。


カエルと足音のデュエットに、羽虫のアンサンブルが参加してくる。


舗装された道を外れ、雑木林に入る。


人の立ち入りを禁ずるように邪魔をする草木を掻き分けた先にそれはあった。


そこは禁足地。


音量調整なんて知ったこっちゃねぇと飛び回る羽虫は、チルな音諸々を全てかき消す。


ドス黒く染まった液体が、それを吸いきれなくなった土の上に溜まっている。


蛆虫がうじゃうじゃのたうちながら律儀に飛び散った肉片一つ一つに飛びついている。


おそらく元は少女だったということがかろうじてわかる顔に蝿が降り立ち、目の中に入っていく。


何かを踏みつけたと思ったら、頭のかけらだった。


足裏に白髪が引っ付いた。


若干の不快感を今更覚えつつ、ずた袋の中に手を突っ込む。


中身を弄りつつ、目当てのものをずた袋から引っ張り出した。


それは白い腕。


うっすらとした女の腕は、禁足地にあっても妙な現実感を保つ。


「…」


手を死体の方に向けると、白い腕はひとりでに死体に照準を合わせ、魔法を発動した。


{「獄炎魔法」を発動しました。}



…。



本体から発動したカスタム可能な獄炎魔法がいい具合にリトル五号の死体を焼くのを見届けつつ、少し上を見上げる。


見れば、40m上あたりに血の花が咲いており、垂れた血液がまっすぐリトル五号の死体に降り注いでいた。


ここは魔王城第101層の端っこ。


少し前に妃奈に掃除機でぶっ飛ばされ、ワールドボーダーに激突して死んだリトル五号の死体を回収しにきたのだった。


回収しにきた理由はいくつかある。


一つは、コピーとはいえ現実性の高い神の死体を長らく放置しているわけにはいかないから。


もう一つは、リトル五号の肉を食った生物に変な進化が発生する危険性を排除するため。


節分の例もあるし、そろそろ生き物で遊んでる場合じゃない。


んで、最後にリトル五号のアップデートのため。


熱が収まる。


獄炎魔法に注ぎ込んだ魔力が燃え尽き、後にはひどい顔で死んでるリトル五号の身体だけが残った。


今回の魔法ではリトル五号の体を喰った虫達だけを殺す予定だったから、リトル五号は除外した。


ワールドボーダーにもたれかかってる死体を抱え上げ、まっすぐ寝かせる。


もう一回ずた袋をから本体の腕を取り出して、魔法を発動する。


{「獄地魔法」を発動しました。}

{「獄洸魔法」を発動しました。}


周囲が盛り上がる。


私と死体を囲うように真っ白な壁が出現し、ある程度伸び切った後に天井が閉じられる。


無機質で真っ白な個室。


死体の下が四角く30cmほど盛り上がり、ベッドのようなクッション性を持つ。


同様に床から出現した椅子に腰掛け、本体の腕をまたずた袋に押し込んだ。


うし。


キャスターをコロコロさせて椅子のままリトル五号の死体に近づく。


リトル五号は同時に発動してた獄洸魔法で生前との一致率90%くらいになっていた。


髪が大分ショートになっちゃったのはご愛嬌ということで。


3Dモデルがいいからどんな髪型でも合うね。


頰をペチペチ叩く。


体温がすでに戻り始めていた。


うむうむ。


経過良好。


私1人でこの世の医療ドラマ全部台無しにできそう。


さて…と。


ずた袋からもう一回腕を取り出し、リトル五号の手と繋がせる。


{「獄冰魔法」を発動しました。}


冷気を纏いながら癒着する二つの手。


と同時に歪な形に繋げられたいくつもの魔法陣が植物のように分岐しながら組み上がって行った。


白色の光を放つ幾何学形は緩く回転しながら何にも繋がらないギアを回し始める。


その様子を確認し、ずた袋から残りの体を引き抜いた。


脇下で抱えられて飛び出る私の本体。


氷が剥がれないように慎重にリトル五号の横に寝かせた。


全裸で横たわる本体。


全裸。


………そういえばCode.6ダンジョンで燃え尽きてたの忘れてた。


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