Code.10 (27)
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帝都は旧人類文明が滅び、復興がなされた最初の国である。
故に1000年の月日が流れようと、ところどころに崩壊以前の旧人類文明技術が見られる事がある。
ミキサーにて材料を混ぜ合わせているスイーツ屋の店主をテラス席にて見物しながら、サラはクレープを頬張った。
「チョコやイチゴなんかの色濃い味も良いですが、やはりホイップクリームの王道さに叶うものはなかなか有りませんね。」
「小崎さんはよく来られるのですか?」
「ごく偶に。前回来たのはあの店主がまだ2歳で、彼の父親がパフェを大々的に売り出していた頃です。」
「なるほど…。」
テラス横ののぼり旗が風に煽られはためく。
そこには、『愛され続けて40年』の謳い文句と共にパフェの絵が描かれていた。
「ですが、変わっていませんね。味は。昔も今も優しい甘さです。」
「…。」
丁度天頂に達した太陽は、パラソルに遮られてなおあたりに温暖な空気を生み出している。
春初頭の花の混じったような甘い香り。
テラスから見える大通りには、大勢の人々が何かを売り、買い、楽しげに時を過ごしている。
クレープのイチゴが程よい酸味を醸していた。
「そもそも私は…………一口食べますか?」
小崎が口を噤み、食べていたパフェをスプーンで掬い上げた。
「えっと、…いただきます。」
小崎から渡されたパフェは、クレープとはまた違う、柔らかな甘みをサラに提供した。
遠くの方でおもちゃを買ってもらえず泣く子供の姿が見える。
広場の噴水前で身を寄せ合う男女の様が見えた。
「平和ですね。」
「…そうですね。」
ゆるりとした空気に一陣の風が吹く。
春の温暖さは、それでもまだ冬の気を全て拭い去ることは出来ていない。
思っていたよりも数℃低い風に、サラは一瞬身を縮ませた。
小崎はそれを見、一瞬目を伏せ、そして口を開いた。
「………そもそも私は、戦争なんてしたくないんです。」
「え」
小崎の言葉にサラは目を見開いた。
小崎は紅茶を一口啜り、そして深くため息をついた。
「人死にが出る事は私の本意ではない。…これは天使の基礎倫理に反する事ではあるのですが。」
「それは…」
無茶な話だ。と続けるのをサラはすんでで飲み込んだ。
小崎はサラに目を合わせようとしなかった。
その目は大通りではしゃぎ回る子供達を見ているようで、どこか遠くを見つめているようだった。
「平穏が崩れ去ることが嫌なんです。それがたとえ、何かを犠牲にして得られているものだとしても。」
「…。」
「石田さんや増井さんが名前を捨てて、司祭だとか神父だとか名乗り始めても、いまだに私が昔の名前を使っているのは、ただ逃げてるだけなのかもしれません。」
「…。」
「平穏が、平和がイレギュラーだと言うのは、重々わかってはいるんですけどね。」
小崎が席を立つ。
「何処へ…」
「…教会に戻りましょう。スマートフォンが届いたようです。」
「…!」
手元のクレープを急いで飲み込み、サラも小崎の後を追う。
パフェのカップの中身は空になっていた。




