Code.10 (26)
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部下から渡される書類の山は、今や卓上を埋め尽くさんばかりだった。
ノック音。
「どうぞ。」
「失礼致します。」
サラの執務室に恭しく入ってきた若い天使は、束でまとめられた書類を抱えていた。
「サラ様、こちらアドヴァンダル魔法学校の有効成績範囲一覧と生徒名簿となっております。ご一読いただけますか。」
「そこに置いといてください。」
「失礼致します。」
扉が閉まる。
間髪空けずにノック音が響いた。
「どうぞ。」
「失礼致します。」
次の老齢な天使が持つファイルは、ざっと見ただけでも五つ以上の背表紙が確認できた。
「サラ様、こちら帝都領域の各領主統治下における出生数と勇者の発生数についての書類となっております。」
「そこに置いといて下さい。」
「失礼します。」
扉が閉まる。
またも間髪空けずにノック音が響いた。
「…どうぞ。」
「失礼致します。」
もうこうまで連続で来るのならば、扉は閉めずともいいのではないかと言う考えがサラの脳裏に過ぎった。
しかしてそれを知ってか知らずか、その女の天使は北賊街孤児院の名簿を山に積んだ後、一礼して部屋から去って行った。
扉がゆっくりと閉まる。
極めて静かに閉められたそれは、しかし形成された書類の山を崩すのに十分な振動だった。
勇者数の統計ファイルが大きくぐらつく。
その重さと摩擦にして下の書類までもが巻き込まれ、その倒壊は一つにとどまる事はなかった。
重心を机の面に持つ書類の山々は、いとも簡単に横からの力に耐えきれず崩落していく。
連鎖が連鎖を呼び、卓上のそれが床に一面の白色を作り出すのは既定路線のようだった。
絶望の面持ちでそれを見るサラ。
もう手遅れだった。
一切の例外なく、書類の山は薙ぎ倒され、無慈悲にもそれは卓上から床に撒き散らされる。
ふきとんだインクの瓶が床に幾何学な模様を描き、風圧で浮いた紙がヒラヒラと舞い落ちる。
「…これは陰謀なのですか…。」
思わず呟く。
しかし、起こった事象にしてそれに含まれる過程に一切の魔術要素は含まれておらず、あるのはただの物理現象とその結果のみだった。
床に散らばったそれらを拾う気にはなれなかった。
しばらくぼんやりとそれを見ていると、執務室のドアがまたも軽くノックされた。
「…………どうぞ。」
サラの元に来る書類は軒並み重要文章である。
それがどのような状況であろうと、少なくとも部屋が壊滅した程度では確認しない理由にはならない。
ゆっくりとドアが開かれる。
「サラさ………え…っと…」
そして入ってきた人物は、早々に言葉を切り、室内の状況に瞠目した。
「お、小崎さん…。」
慌てて居直る。
「…。」
「…。」
沈黙が場を支配した。
扉の前で顔だけ出して固まる小崎と、雑多な書類に埋もれながら椅子に座るサラ。
「……これは?」
「…軽い事故です。」
「…大事故にしか。」
「……大事故です。」
「そう言うことでは…ええっと、とりあえず…。」
小崎はその身をサラの執務室に捩り込ませると、足元の書類を巧みに避けながらサラの元まで体を運んだ。
「あ、その…うえっ!?」
「よいしょ。」
何を言われるのかと完全に無防備にやってくる小崎を見つめていたサラだったが、突如として脇の下に手を入れ、そのまま椅子から持ち上げてきた小崎に素っ頓狂な声を上げた。
「え、な、なにを、え?」
「一旦此処のことは忘れましょう。サラさんはオーバーワークです。元はといえば私は今日サラさんと息抜きに来たんです。」
サラを抱えたまま書類の山を避け、扉を蹴って開ける小崎。
その振動で崩れる書類の山は残っていなかった。
何もすることができず、サラは小崎に部屋から連れ出されるのだった。




