Code.4 レミウルゴスの場合③
レミウルゴスがそれを自覚したのは、物心がついてすぐのことだった。
意識表層に居つくそれは、レミウルゴスの知らない言葉で何かを囁いていた。
多様に変化する文脈は、それ自体がレミウルゴスに合わせて変容する。
脳の片隅、赤色の意識の中、それは最初白いシミの様にそこにあった。
月日が経つごと、年を重ねるほどにそれは急速に周囲を汚染し、白を広げていった。
きっかけは些細なことだった。
同じ施設の子供が食事の時間、配膳された食器を持っていた子供が転んだ。
いや、正確には転びかけた。
子供が足を絡ませたことを認識した瞬間、机を三つ話したところで飯にありつこうとしていたレミウルゴスの体はすでにその子の体を支えていた。
転倒を回避した子供はそもそも転びかけたことにも気づかなかったのか、レミウルゴスに何も言わずにそのまま歩き出す。
周囲の皆も、レミウルゴスのことには気づいていない様だ。
その時だった。
{「陰身Lv.10」を解除しました。}
{「身体超強化Lv.10」を解除しました。}
{条件が一定に達しました。「Code.9」を獲得しました。}
{条件が一定に達しました。「Code.9」が剥奪されました。}
頭の中にその声が響いたと思ったら、その当時頭の五割ほどを占めていた白いシミが一瞬でレミウルゴスの意識を埋め尽くした。
…。
それは声ではなかった。
認識の塊。
情報の濁流。
この年までに形成された自意識は完全に塗りつぶされ、上書きされる。
まっさらになった心に、何かが注ぎ込まれた。
女の声がした。
レミウルゴスの周りにいた、同年代とも、シスターとも違う声。
それは人の声ではなかった。
意識の上塗り。
強烈な認識の連続。
それはただ一言、幼少期から何度も頭の中で響いていた言葉。
多様な文脈は存在していたが、結局はそれに収束していた。
「どうも。」
…。
「あっそ。」
背後から襲ってきた賊の手首を後ろ手で掴んで捻り倒し足元にスライドさせた頭を踏み砕く。
{「冰魔法Lv.10」を発動しました。}
次いでショートソードを持って襲ってきた賊の腕を掌握し、曲げた状態で固定。そのまま膝を砕き賊の集団に突き飛ばした。
{「大地魔法Lv.7」を発動しました。}
賊の腹を貫通したショートソードは、変形して背後にいた集団を刺し貫いた。
作り上げられた死体の山に怖気付いた賊の一部が逃げ出そうとする。
わざわざ無駄な消耗をしなくてもいいならそれに越したことはない。
レミウルゴスはそれを見逃した。
{「大地魔法Lv.10」の発動を確認しました。}
グレイはそれを許すつもりがなかったらしい。
賊を囲う様に壁が競り上がり、この土地を完全に封鎖する。
壁に挟まれた賊が骨を軋ませながら圧死した。
非難の目を向けるレミウルゴスに対し、グレイはどこ吹く風で迫っていた賊を薙ぎ倒した。
「今日ここには誰も来ていないんだ。僕も、君も。今起こってることは、北賊街ではたまにあるちょっとした武力衝突ってだけで、僕たちは関与してないどころか、知りもしなかった。北賊街の正確な人数なんてわからないし、嘘を吹聴する様な奴が数十人消えたところでわかりやしない。」
「シスターの目は鋭いよ?外見只の子供でしかなかった私にすら隙を見せなかったくらいだし。」
「バリケード代わりとはいえ、積極的に教会がここに関わりにくることはないよ。記録に残らない場所っていうのは、何も賊だけが必要としてるわけじゃない。…というか、君の一人称は『私』がデフォなのかい?」
「…。」
白い意識が全てを塗りつぶした後、レミウルゴスは上から再度自我を形成した。
違和感を持たれない様に、人間であるために。作られたその自我は、それでも意識の影響を受けていた。
何度も自分を作り出そうと何重にも重ねた意識は、次第に混ざり合っていった。
結果的にレミウルゴスが獲得した意識は、「おれ」であり、「私」だった。
普段は「おれ」で通せる自我も、今回の様に白い意識由来の力を使うと極めて希薄になる。
今も白い意識の声が大きく頭の中で響いていた。
レミウルゴスは八つ当たり気味に襲いかかる賊を焼き尽くした。
「どうでもいいでしょ。」
「…まぁ確かに。」




