とある魔族の話 (10)
魔王城第94層最奥。
暗黒と幻惑のみが支配するフィールドに第95層侵略者討伐軍は集まっていた。
ほぼ全てが暗黒に包まれるなか、唯一光る転移魔法陣だけが現実性を保っていた。
「ご足労いただき感謝する。エリエル。」
魔法陣を薄目で確認したシュバルトは、振り返り虚空に向かって感謝の言葉を述べた。
「構わないっすよー。…ホントは僕も討伐軍に参加したかったすけど、フィールド系なんて役に立たないでしょうからー。せめて皆さんの健闘を祈ってるっすー。」
と、それに対して虚空から口のみが現れたかと思うと間延びした女の声が発せられた。
その正体こそが魔王城第94層ボスのエリエルなのであった。
94層は獄闇魔法のエネルギー吸収効果と夢幻魔法による状態異常が常に発生するフィールドだ。
そんなフィールドのボスとして魔王様に生み出された彼女は94層の極限環境内の活動に特化しており、それを出てしまってはその能力のほとんどが使用不可になるために、今回はどの階層の侵略者討伐群には選抜されなかったのだ。
逆にいえばこの94層において無類の強さを誇る彼女であったが、エネルギー吸収フィールドという階層の効果もあり、侵略者が侵入できなかったためどうにもならないようであった。
「そう卑下することもない。結局は適材適所ということだ。」
エリエルの状況を思い出しながら発したシュバルトの言葉に、エリエルは唯一見える口角を吊り上げ、喜色の声色で言った。
「ほわっ?シュバルトさんは優しいですねー。」
握手ーと言う言葉と同時にシュバルトの手が虚空で振り回される。
それにシュバルトは苦笑いをしつつ辺りを見回した。
上下左右のみならず自身の輪郭すら曖昧になる環境。
魔法も物理も全てのエネルギーが減退し、全体範囲攻撃など使えば一瞬にしてMPが全損するだろう。
シュバルトの弱体結界に似た効果ではあるが、ここはそれをより凶悪かつ害悪に仕立て上げたものだ。
今はエリエルの力によって保護されているが、二階層の差があるとはいえこの中でエリエルと戦えば敗北は必至だろう。
やはり結局は適材適所なのだった。
そのようなことをシュバルトが考えていると、不思議そうな声色でエリエルが言った。
「あ、そういえばー、95層班には天使様も居るんですよねー。見たところいらっしゃらないようですがー…。」
おそらくは辺りを見回しているというポーズなのだろう、中空に浮いた口が喋りながら左右に振られている。
「天使様…は、先に一度95層の様子を確認してから…来るそうです。…やや遅れるとは…言っておりましたが…そろそろ…来られるかと…」
それに対し、息も絶え絶えと言った様子でエヴァが暗闇から回答した。
「あれ、すみませんー。保護弱くなっちゃってましたー?」
あまりにボロボロなエヴァの声に驚いた様子で返すエリエル。
「いえ…状態異常系は…完全に消えてるんです…けど…なにぶん…普段分体を使ってる…関係上…自分の輪郭が捉えられないのが…怖くて…」
「あー…すみませんー。状態異常系とかエネルギー吸収系は僕の管轄でどうにかできるんですけど、フィールドの獄闇のスタンダードな効果は魔王様じゃ無いと弄れないんですよねー。獄洸魔法はありませんし、どうしましょうー…。」
エヴァの状況に困ったような声で反応するエリエル。
エヴァの分体は戦略において重要だ。
ここで消耗してしまうのは少々不味い。
天使様が戻られるまで96層に戻ろうかシュバルトが提案しようとしたその時。
「どうも。」
闇の中でもはっきりと脳に響く声。
「遅れました。」
スキルの発動もなく突如として現れた天使様は、何故かはっきりとその姿を闇の中に映し出し、エヴァの影に触れながら言った。
「95層の確認が完了しました。状況を共有します。」
肩の触れられたところから天使様と同様姿がはっきりとしていくエヴァ。
「え?…はれ?」
半泣きの状態で自身の手のひらを見つめながら困惑の声を発している。
「…今、フィールド設定書き換えましたー?」
「…。」
エリエルの訝しげな声を無視し、天使様は情報の共有を開始した。




