とある魔族の話 (9)
「なに!?」
「!」
「!?」
アヴァンが椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がる。
オルドワルドやエヴァもそこまでのオーバーリアクションはとらないものの、目を丸くして停止していた。
「あれは1週間前の事だと記憶している。突如として魔王様から第11層に来る様呼び出しがあった。そこにいたのが天使様と魔王様、そして得体の知れない黒いフードの男だった。」
「またなんかしらねぇ奴が出てきたな。」
「私は鑑定スキルを持ち合わせていないため詳しくはわからなかったが、おそらくその男もその超越者なのだろう。魔王様方はある一体の魔物の周りで何か話し合っておられた。」
「魔物?」
引っかかった様に聞き返すエヴァにシュバルトは頷いて続ける。
「おそらくはあれが今回の侵略者の正体なのだろう。その姿は異形種に近かったが、魔王城の魔物とは明らかにルーツが違う存在であった。」
「なるほど…それが今回の会議につながったのか…。」
「そうだと考える。…とはいえ、今の問題はそこでは無い。その時の天使様の姿だが、先ほどの姿とは大きく違っていた。天使の羽も身なりも身長すらも違っていた。…その時の天使様の姿は魔王様そのものであった。」
「魔王様と?」
またも面々が目を丸くして聞き返す。
「髪色や目の色などは白色のままであったがな。それ以外は完全に魔王様そのものであった。それに話す様子も魔王様の生き写しの様なものであった。」
そのせいで初め天使が会議室に入ってきた時は気づかなかったのだ。
魔王様の直属の上司という言葉と、途中までの雰囲気によってかろうじて記憶の中の存在と天使が結びついたのであるからして。
「…つまり、あの天使様は魔王様の分体か何かに近しい存在であると?」
「…それならなんで会議ではわざわざ天使の姿になったんだ?もし魔王様の言う様に俺たちをあれの下動かしたいのなら魔王様の姿のままの方が納得感も多いはずだ。……なんつーかこう後から情報がでてきちゃ考察も鈍るってもんだ。…シュバルトさんはもうここらあたりの回答はねぇんだな?」
ガリガリと頭を掻きむしりながら鋭い目をシュバルトに向け文句を言うオルドワルド。
それに対しシュバルトはから笑いをして返した。
「すまない…魔王様に口止めをされていたのだ。」
「おそらくは変幻自在なのだろうか?天使様の元の姿が魔王様と同じなことに何か意味はあるのか?」
アヴァンが考え込む様にして言った。
「…。」
エヴァは沈黙している。
それを横目で見たオルドワルドは嘆息しつつ口を開けた。
「データが足りてねぇってのはあるが、やっぱあの存在は信用に足るもんじゃねぇと俺は思う。」
「その心は?」
シュバルトとアヴァンが顔を上げオルドワルドに目線を合わせた。
「変幻自在、正体不明。いきなり魔王軍に現れたかと思えばあれの元動くことになった。胡散臭ぇってもんじゃねぇ。」
「そういうが、魔王様は天使様と交友がある様に見受けられた。」
アヴァンの反論にオルドワルドはフォークを突き出して返す。
「そこだ問題は。…あの天使もどきの能力、あの幻術、喰らってみて分かったが、ありゃ洗脳に近しい、と言うかそれそのものだ。スキルを介した様にはみられなかったが、脳の認識から何まで書き換えられたのを感じた。」
「脳の認識の書き換え…?」
「ああ。自我が押し込められる様な感覚だった。体の檻に閉じ込められて、指先の一片まで俺の指揮下から離れる様な感覚。…呪いの類かも知れねぇ。」
「なるほど。おそらくは主導権を奪う形のものなのだろう。天使様の能力は超高度の夢幻魔法なのかも知れん。」
アヴァンが腕を組んで分析結果を口に出す。
「わざと引き伸ばしてんのか?もうわかるだろ?」
オルドワルドがそれに苛ついたように返す。
シュバルトはもう気が付いていた。
エヴァも何かを察したように口に手を当て、アヴァンも数瞬考えた後、驚きに目を見張った。
それは一つの可能性。
絶対の存在である魔王様だからこそ除外していた可能性。
認めたくは無い、考えたくは無いが、あり得なくは無い。
オルドワルドは苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。
「魔王様もあの天使もどきに操られてるんじゃねぇのか?あれが侵略者じゃねぇってどうして断言できる?」




