312 規律
程よく火の通ったチキンは一口噛み締める毎に香ばしさと旨みを口内で弾けさせる。
暴力的なまでのイノシン酸が脳みそを揺らし、思考が鈍るほどのそれはそのチキンに重度の中毒性をもたらす。
妃奈の指先にぶら下げられたそれに全身()で飛びつき、周りを周回しながら食べ尽くす。
一瞬で骨になったそれを妃奈は空の小皿に放り、新たなチキンを取り出してぶら下げる。
私の目の前に広がるは黄金の味、無限の坩堝。
ぶら下げられるそれを本能のままに食い尽くす。
喰らう 飲み込む その繰り返し。
喰らう
飲み込む
「女神様さー。」
夢中でぶら下がるチキンに飛びついていると、妃奈の声が上から降ってきた。
「ナニ?」
「その食べたやつってどこ行ってるわけ?本体?」
「本体だよ。」
「それなら五号側にも味覚共有ってされてる感じ?」
「あー、今ここにいる私の自我自体も本体の脳から直接動かしてるし、普通に五号もこれ知覚できてるんじゃないかな?」
「なんともまぁそれはそれは。」
「まぁ五号マインドの私は別に食に対して興味も執着も無いし、問題ないんじゃないかな。」
「ひでー。」
「そんなことより、おかわり。おかわりプリーズ。」
「はいはい。」
妃奈が新しいチキンを取り出す。
慣性も抵抗も置き去りに私の体は肉の中に飛び込んだ。
…
…以上になります。」
上で話していた五号の声が止まり、立ちっぱなしだった私の本体が着席したのを感じる。
なんとなく厳かでピリついた雰囲気が流れてくる様に感じた。
「あ、終わったかな?」
その様子を感知した妃奈が、持ってたチキンを皿に戻して上を向く。
皿に戻して…
皿に…
「いや、女神様、別に上でもご飯食べれるし。」
上の土人形と入れ替わろうと立ち上がりかけた妃奈が私の視線を見てバツが悪そうに言う。
でも上ってやたら格式貼ってるし…
「いやだから、直接食べたほうが絶対良いって。」
でもアホみたいに食えないし…
「いやでも…その…んー…」
チキン…チキン…
「んー…あー」
食べたい…。
「…食べる?」
「たべるー。」
ついに根負けした妃奈が再度円卓の下に座り込む。
ため息を吐きつつ、チキンを小皿から取り出そうとしt
「はい、あー…ぎゃっ」
その時、天から入ってきた腕が妃奈の首根っこを掴んだ。
「え?いや、だって女神様がっ…」
そのまま卓上に引き摺られていく妃奈。
おおう。
やっぱ五号的にダメだったか…。
しゃーなし。
私は一人でチキンを頬張るとしますかねー。
いそいそとチキンの小皿を手繰り寄せる。
いただきまー…え?
本体が座ったことで足が全部円卓の下に入り込んでいる。
違和感。
見ると私の接続先である太ももから、新たな触腕が生成されていた。
バクテリア時代を彷彿とさせる様なグロテスクな触手。
そしてその先にはお馴染みの鈍く光る刃が取り付けられていた。
え、
あ。
問答無用でその触手は振り下ろされた。
「ミ゜ッ」




