Code.10 (10)
怒涛の3/?連投
生唾を飲み込んだ。
額に滲む汗が玉となって頬から滑り落ち、襟に小さな染みを作った。
生暖かいそよ風は女神からもたらされる極度の緊張を緩和すること叶わず、神父の凍りついた背筋は彼の身を芯から震わせた。
と、そこで女神がアクションをした。
こちらから認識できている時点で、その威圧を振り撒いている時点で、女神が神父の事を認識出来ていないはずがない。
女神の一挙手一投足は神父にとって死活問題だった。
神父の強化された瞳は女神が手を挙げたのを確認した。
豆粒ほどの大きさで確証はないが、神父はそれを手招きと認識した。
Code.10と、それにより使用可能となる幾つかのスキルを発動させる。
{「天使Lv.10」が発動しました。}
{「韋駄天Lv.10」が発動しました。}
{「飛翔Lv.10」を起動しました。}
{「引斥魔法Lv.10」が発動しました。}
背中に巨大な羽を展開した神父は、音すら置き去りにする速度で5キロメートルの距離を一瞬で詰めた。
そして女神に激突する寸前、極限まで減速をし、跪く体勢で停止した。
あまりの無理な飛行と強烈な横方向のベクトルの変化により神父の骨のいくつかが歪み、筋肉と血管が引きちぎれたが、神父はそれを魔法で瞬時に修復し、全力で皮膚に青筋が浮かび上がる程度に抑えた。
「…どうも…。」
か細い声。
少女の声。
跪き、強烈なプレッシャーに汗をダラダラ流す神父の頭上からかけられた声に恐る恐る顔を上げる。
神父は気が遠のきそうになった。
その幼い美少女の顔に張り付けられた表情が何に属するものかと聞かれたらそれは確かに笑顔と評されるであろう。
が、しかし神父はこれほどまでに悍ましい笑顔を見たことがなかった。
口角は確かに上に歪んでいる。
瞼は確かに頬肉に押し上げられ三日月型に変形している。
精巧な人形のような美しい造形に貼り付けられたそれらの条件はしかして最悪な結果をもたらしていた。
恐ろしい。
悍ましい。
形容するならば、それは人外の笑み。
社会性を持つ人間が他者に向けるべき表情では決して無かった。
尋常でないプレッシャーと形容し難いその悍ましい表情。
神父は気が遠のきそうだった。
…
司祭はその時、部下から送られてきた報告書を確認していた。
女神の復活がわかった以上、Code.の確保は目下の最重要事項だった。
現状司祭が満足に動かせるCode.はCode.2、Code.7、Code.10の三つであり、所在が確認されたCode.4、Code.5を入れても五つしか無かった。
所在がわかっているものといえば魔王が保有しているCode.8があるが、目的の面でも純粋な戦闘能力の面でも彼女が司祭にそれを大人しく差し出す可能性はゼロに等しかった。
そして、女神の現状を魔王が知れば戦争が始まる事も司祭には容易に想像ができた。
教会と魔王軍の戦争はおそらくCode.の争奪戦になる。
戦前の準備は出来る限り完璧である必要があった。
報告書に目を落とす。
それはランク5ダンジョン、「傀儡殿」についての物だった。
それは、そのダンジョンのダンジョンマスターが人間である事、そして、その人間がシステム開始直後から存在するCode.5保持者、前村龍樹であることから現在司祭たちにとって重要なものとなっていた。
丁度数日前にも、神父が前村龍樹の元に向かっており、そろそろ帰還する頃合いのはずだった。
その時だった。
司祭は自身の「念話」スキルが神父の念話を受信した事を認識した。
{司祭!司祭!応答しろ!司祭!}
切羽詰まった声。
念話は頭の中で考えたことが伝わる為感情が篭りやすいが、それを加味しても神父の声は明らかな異常性を孕んでいた。
「こちらは司祭だ。どうした神父、緊急事態か。」
念話を繋ぎ、神父に返す。
同時に司祭は千里眼スキルを発動し、神父のいる場所に視界を飛ばした。
景色が移り変わっていく中、焦りを多分に含んだ神父の声が返ってきた。
{女神だ…!女神に遭遇した!}
司祭は持っていた書類を地面に落とした。




