Code.10 (9)
怒涛の2/?投稿
「協力しろだぁ?」
神父の言葉に前村龍樹は眉を吊り上げて聞き返した。
龍樹の威圧の籠った問いかけに、神父は一切動じず先程と変わらない音圧で返した。
「ああ。事態は緊急性を有する。俺と一緒に一度帰ってきてくれないか。」
神父の言葉に龍樹は舌打ちをすると、指を鳴らした。
直後、神父の頭上の空間が歪み、巨大な拳が神父に落とされた。
自身の何倍もの大きさと質量を持つ拳を神父は一瞥すると、興味なさそうに目線を戻した。
一切の抵抗を受けずに命令通りの挙動をした拳は神父に直撃する寸前、軋むような音と同時にひしゃげて捻れた。
生臭い匂いと緑色の体液があたり一面にぶちまけられる。
「あーあ。そのカーペット外で買ったら高いんだぜ?」
龍樹は何も悪びれた様子もなしに軽口を叩いた。
下を見るとなるほど確かに暗闇に没していてわかりにくいが、赤いカーペットが体液で汚れ見るも無惨な形になっている。
神父はギロリと目線を龍樹に向けて返した。
「なんのつも」
また軋むような擬音と共に神父の横で肉塊が撒き散らされる。
神父は一度声を切ると、再び口を開けた。
「たつ」
捻れるような擬音。
「おま」
擬音。
「ふ」
擬音。
神父は青筋を立てながら龍樹に怒鳴った。
「てめぇ何のつもりだ!」
「ギャーギャーギャーギャーうるせぇんだよ。さっきから聞いてりゃお前の言うことには具体性がこれっぽっちもねぇ。緊急事態だ世界の危機だ、あの時と何も変わっちゃいねぇじゃねえか!」
神父の怒鳴り声に共鳴するように龍樹も声を張り上げて返した。
龍樹の言葉に神父は苦虫を噛み潰したような顔をして答える。
「…っ。具体的な事を言えて無いのは盗聴を危惧してのことだ。教会内の結界の中ならば敵の手もまだ伸びていないと司祭は考えている…。」
神父の説明に龍樹はポカンとした様子で返した。
「はぁ…?盗聴?ここで?」
「ああ。」
「ここは地上とはかけ離れてる。そもそも空間が断絶してんだ、この地に俺の許可なしに入り込めるわけ…。」
「今回の敵はそれだけ強大だと言うわけだ。」
神父の言葉に龍樹は一瞬考えたような顔をした後、首を振って返した。
「やっぱり信じらんねぇ、今回の手口は1000年前にお前らがしたことと一緒だ。」
「この分から」
擬音。
「…てめぇ。」
「今からお前には誠意を見せてもらう。一言喋るごとに攻撃を受けろ。その説明で俺が納得できたらお前について行ってやる。」
龍樹は足を組み、玉座の上で神父を見下すように言った。
毛細血管がちぎれていく音を聞きながら神父は怒りで震える声を絞り出した。
「そう言うのは…自分より下のやつに対してやっとけ龍樹…。」
「だからやってんだよ馬鹿。」
激震が走った。
…。
焼けこげた左半身で抉れた右半身を支えつつ、地面に大の字で転がった龍樹の元に寄る。
「来んな…カスが…」
不貞腐れたような表情で目を逸らす龍樹の横に神父は腰掛けた。
「来てくれるか。」
「…。」
「俺らはもうあの時の悲劇を繰り返したくねぇ。それは一緒だろ。」
龍樹は顔を背けた。
「今回はそう言う敵だ。」
「あの日…」
「ん?」
龍樹が呟く。
酷くその声は揺れていた。
「あの日………あの時………あいつは……瑠衣は……目の前で……っ引き裂かれて…動けなかった…頭が…痛くて…立てなくてっ…目が擦れて…降ってきたんだ…あいつの血と、肉と、内臓がぁっ…ああ…あああああ…あああああああ!!!!」
龍樹が頭を掻きむしる。
爛れた皮膚が爪に引っかかって血が吹き出した。
彼は発狂していた。
その声を横で聞き、神父はゆっくりと立ち上がった。
もうすでに皮膚はほとんど完治していた。
「もう一度言うが、今回はそれと同じ類の世界の危機だ。辛いとは思うが…手を貸して欲しい。…もう二度と繰り返さないように。」
帰還用の魔法陣はすでに展開していた。
「待ってるぞ。」
視界が暗転した。
背後で龍樹の絶叫が遠ざかって行った。
…。
足の裏に大地を感じた。
空気が一変している。
傀儡殿の外見は中身に比べて遥かに質素だ。
確かに周囲に魔術的な影響は存在しているが、その境界は妙に自然に溶け込んでいる。
それはこのダンジョンが人類を脅かすために作られたものではなく、龍樹が俗世間から離れるために作られた事の証左であった。
一息つき、自身が全裸であったことに気づいた神父は一瞬で神父の服を着た。
その瞬間、空気が揺れるのを感じた。
不自然な揺れ。
明らかな異様。
根源はそこに居た。
自然には発生するはずのないこのシステム上の最上位存在。
神父はすでにシステム上のステータスからは脱却していたが、その存在もほとんどシステムから脱却していた。
それでいて、その実はシステム内で構成されている。
おそらくルーツは竜種であろうが、無理やり作られた新種だろう。
距離にして凡そ5キロメートルほど先ではあったが、神父の目は確かにその者の姿を捉えていた。
少女の姿。
だが明らかにその内容は外見に合っていなかった。
その理由は世を忍ぶ為などでは無いだろう。
「女…神…」
神父は震える声で呟いた。




