過去編 第二章 根室妃奈の場合 ③
寝て起きたら12:00超えてました。
頭部を杯の様な形にした父親が脱力して横に崩れていく。
ベッドの下でドチャッと水音が鳴った。
呆然としていると、目の前に手が伸びてきた。
白い少女の手。
ゆっくりと伸びてきたそれは私の腹の上に乗った父親の舌を拾い上げた。
「ひっ」
その手の主。
どこからともなく現れた少女はそれをしばらく見た後、つまらなそうにそれを放った。
完全に硬直した私に少女は見た目よりも随分大人びた声色で言った。
「どうも。」
…。
「とりあえず、落ち着きましょう。」
父親の死骸を蹴り飛ばし、どこからともなく椅子と机を取り出した少女はベッドの上で固まっている私と向かい合う様に座った。
部屋が唐突に明るくなったと思ったら、机の上に蝋燭が置かれていた。
その光は部屋全体を照らすにはあまりにも弱々しく見えるのに、確かに周囲を明るく照らし、少女の姿を鮮明に映し出している。
改めて見ると、とてつもない美少女だ。
海外の美少女モデルとかに人形みたいなんていう文言がつくことはよくあるけど、この少女は人形以上というのが正しい。
目鼻立ちのパーツが完璧な大きさ、完璧なバランスで配置されている。
ピグマリオンもこれほどまでの存在を作ることはできなかったんじゃないだろうか。
「座るのはそこでいいですか?椅子用意しましょうか。」
「あ、え、はい」
未だベットの上で固まっている私に紅茶を啜りながら少女が言った。
何が何だかわからないまま返事をする。
「わかりました。」
「ひゃ」
途端、私が寝ていたベッドが変化する。
吸い込まれる様に形が歪み、気づくと私は椅子に座って少女と相対していた。
「お茶をどうぞ。」
少女が言う。
気づくと私の目の前に紅茶が置かれていた。
湯気が香ばしい匂いを運んでくる。
「あ、…いただきます…」
「ちょっと待ってください。」
「へ?」
言われるがままティーカップを手に取った私に対し、少女は突然制止してきた。
「…どうぞ。」
「あっはい」
2秒ほど目を瞑っていた少女が許可を出してくる。
言われるがまま紅茶を啜った。
紅茶の味はあまりわからないけど、とてもいい香りが鼻腔を突き抜ける。
とても美味しい紅茶だと思った。
…さっきの制止は何だったんだろうか…。
ゆっくりと紅茶を飲んでいると、視界の端に父親の死骸が映る。
頭を切断され、今蹴り飛ばされたせいで体があらゆる方向に捻じ曲がり、血圧が減り切ったのか血がゆっくりと流れ池を作っている。
それは徐々に床を侵食していた。
が、それは途中で見えない壁にでも阻まれたかの様にせき止められていた。
「気が散りますね。」
「え?」
右耳に入ってくる少女の声。
同時に父親の形が跡形もなく消え去った。
周囲の血も、酸っぱい匂いも全てがなくなる。
まるで端から何もなかったかの様に全てが消え去っていた。
慌てて少女の方を向く。
少女は君した様子もなく済ました顔で紅茶を啜っていた。
…。
コトリと、少女がティーカップを置く音が聞こえる。
軽くため息をつき、少女が節目がちだった目をこちらに向けた。
「さて。私がここにきた理由ですが。」
少女が口を開く。
ゾワっとした感覚。
生唾を飲み込んだ。
「あなたをスカウトしに参りました。」
「スカウト…?」
「ええ。力をつけた人類の増大を抑制するための敵役。魔王をやっていただきたいのです。」
「へ?」
「魔王の役回りは主に三つ、魔物、および魔族などそれに準ずる存在を使用し、人類の戦力を一定に保つ事。…一応魔王軍の規模に応じて勇者などの数は増減するとは思いますが、細かい調整などはお願いしたいです。」
状況がさっぱり読み込めていない私に少女は言葉を続ける。
「二つ目に、神の権能を宿していただきたい。シミュレーションの管理は全般に含まれることですが、それには神の権能が必要ですので。」
「か…み?」
「三つ目に、これは二つ目と若干被っているのですが、シミュレーション稼働後の地球を管理してください。」
「地球を…え?」
「わかりました?」
「え?いや。えっと。私が、魔王をやると…?」
「大まかにいいますとそう言うことになります。」
「ゲームかなんかの話ですか?」
「確かに、シミュレーションの設定はこの星の文献を一部採用させていただきました。」
「あっ、なるほど…」
「わかりました?」
「部分的には…一応…?」
「そうですね、詳細に関しては、この手を取っていただけますか。」
少女が手を差し伸べてくる。
テーブルを挟んで若干身を乗り出す少女は年相応の感じがした。
若干気が緩んだ私はその手を微笑ましい気持ちで取った。
その瞬間。
“魔王”の責務に関するあらゆる情報が私の脳に焼き付いた。
「!?」
「理解していただけましたか?」
「あー。ええ。はい。全部。」
あまりの情報量にクラクラしながら答えた。
「もしこの話を引き受けてくださるのなら、私もあなたの願いを三つ叶えましょう。」
薄く笑みを浮かべた少女は、言った。
「…何でもいいんですか。」
「ええ。」
「…。」
少女が黙って手を差し出す。
その手は、さっきのものと比べて明らかな異様さを放っている。
この手に込められた何かしらのものはきっとこの契約を私にとって絶対のものとするんだろう。
息を吸う。
手を伸ばす。
その手を取った。
少女の暖かい体温に触れた。




