過去編 第三章 石田和成の場合 ③
「食事はやめにしましょう。」
「度々申し訳ございません。」
無表情にいう少女に、石田は深く頭を下げて謝罪した。
先ほどと同じ場所、しかし料理とテーブルは取っ払われ、石田と少女は対面するように椅子に座っていた。
「まず、自己紹介をいたしましょう。私は神です。」
「!!!」
胸に手を当て、少女は軽い様子で自身の正体を明かした。
石田の心臓が早鐘のように鳴り響く。
なんとなくは察していたことであった。
この目の前の存在は、あまりにこの世の理を超越している。
人生の中で上位存在のことなど考えもしてこなかった石田だったが、少女の言葉は絶対的な真実として石田を納得させた。
「それでは、本題に移ります。石田さん、貴方には私の主導しているプロジェクトで天使役としてサポートをしていただきたいのです。」
「主導…?プロジェクト…天…使…役?」
壊れたオウムの様に繰り返す石田。
その言葉に頷き、神は話を続ける。
「知っての通り、私は今地球を土台とした摩耗に関してのシミュレーションを行うプロジェクトを行っております。貴方にはそのシミュレーションの中で人類を守護する“天使”の役目をやってほしいのです。」
スラスラと喋る神。
その中で石田はある一文に引っ掛かりを覚えた。
「知っての通り…まさか。」
「ええ。石田さんが研究をしていた地球を覆う魔術のことです。」
「そうだったのですか…。あれは、貴方が。」
衝撃の真実があっさりと明かされる。
石田はもう何度目になるかもわからない脳を揺さぶられるような衝撃に眩暈を覚えながら、話を聞いた。
「はい。そして、天使の役目というのは、人類の魔王の軍勢との戦闘をサポートすること。神の権能を身に宿すこと。そしてシミュレーションが始まった後の地球を管理することが含まれます。」
「…。」
「神は絶対にして公正です。石田さんにこも私の願いを三つ叶えてくださるのなら私も等価交換として石田さんの望む願いを三つ叶えましょう。」
「三つ…願いを…?」
「ええ。全て私が実現させましょう。」
神が握手を求めるように右手を前に出した。
突然の神からのオファー。
あまりに荒唐無稽で支離滅裂。
しかし、その代わりに出された条件は、石田にとってあまりに魅力的であった。
知の探究。
好奇心。
人間を人間たらしめているその知識欲、探究欲。
その全ての欲望が。
実現可能。
石田は気付けばその手を掴んでいた。
「契約成立です。」
神が口角を釣り上げる。
横倒しにした月のようになった彼女の口の中には真紅の空間が広がっていた。
改めて人ならざるものと契約してしまった事実が石田にわずかばかりの焦燥感と後悔を抱かせる。
しかし、もう遅い。
魔術的な効力を持った握手により、石田の魂には契約が結びつけられてしまった。
得体の知れない何かが入り込んでくる感覚がし、魂がアップロードされたそれらを読み込む。
そして石田の脳内に駆け巡るシミュレーションの全貌。
その仕組みと、その意味。結果。
意識が飛びそうになるが、新たに植え付けられた神の権能がそれを止める。
気絶を、その真実から目を背けることを許さない。
石田は、気付けばまた発狂していた。




