過去編 第三章 石田和成の場合
時系列的には、石田入院の少し前。
固く閉められたカーテンによりほとんど全ての日光が拒絶され、不健康な蛍光灯のみが照らす研究室の中で、石田は熱心にある文献を読み漁っていた。
研究室の中は極めて雑然としていた。
ありとあらゆる文章がうず高く幾つも積み上げられ、卓上から床まで本の階段が作られている。
横倒しになったホワイトボードの上にはテープやペンが適当に放られており、散乱したA4紙は足の踏み場を悉く覆っていた。
数日前自ら引きこもった石田は、現在地球を覆う超常的現象の解明に心血を注いでいた。
3年前の発見から現在に至るまでありとあらゆる調査をしてきた。
あらゆるところから専門の人間を集め、事態の早急な解明のための労力を惜しまなかった。
が、しかし結局のところ、分かった事は、“何が起こるのかがわからない”と言う事だけだった。
天体望遠鏡は宇宙の星々を正確に映し出し、現象発生前からの差異は一切確認されなかった。
あらゆる衛星からの電波は遮断される事なく通常通りの働きをし、探査が行われても地球を覆う何かしらのものを発見する事はなかった。
決め手は太陽の観測チームからの実験結果だった。
太陽の観察チームは太陽から送られるエネルギーに何ら変化はなく、星から送られるエネルギーが消えていると言う事実は確認できなかった。との旨を報告した。
研究チームはやがて縮小されていき、最終的に石田近辺の人間のみが残ることとなった。
そして、今度のホワイトハウスの報告を持ってこの超常現象に関する研究は終了となってしまった。
しかし、石田は研究を止めるつもりはなかった。
3年前、北極星周辺のみにあった超常現象は、今や空を覆い尽くすほどに広がっている。
このままの速度でこの現象が進行していくのならば、これが地球の周囲を全て埋め尽くすのにかかる時間は残り4年程度という結果が出た。
ガスや化学物質による影響でないことがわかっている以上、これを止める術は現代技術では存在しない。
ならば、今ここでやるべき事はあの現象が地球を覆い尽くしたのちに起こることへの対処方法を模索する事だった。
しかし、研究チームも、予算もほとんどが削られた石田にできる事はほとんどない。
少なくとも、大規模な実験や大量の人間を使う実験はできなかった。
よって、石田は研究方向を180度反転させた。
大人数が必要な実験や最先端の科学を使用できない、ならば。
「超常現象には超常現象だ…。」
側から人が見れば、いや、過去の石田が見ても今の石田の判断は余りに愚かで、滅茶苦茶であった。
実験結果が出ない、しかし確かに異常現象はあり、それはあまりに強大、自らに残された力はほとんどなく、それに対抗する術もない。
石田に巣食う焦燥の虫が石田の判断を狂わせていた。
石田は各国ありとあらゆるところから異常な事象に対する文献、物品を収集した。
残り少なかった予算を全て使い切り、石田自身の貯金も、それすらまだ足りず借金をしてまで石田はそれらを集め、研究をした。
三日三晩、一切休まずにあらゆる文献を読み漁り、数多の試行を繰り返した。
そして、結果として石田は発見するに至った。
魔術という、この世ならざる超常現象と、その方法を。
…。
研究室の電気は消えている。
うず高く積もった書類はさらに嵩を増し、暗黒だけが部屋を支配する。
そんな暗闇の中、石田はその部屋の中心に一人立っていた。
闇に紛れてその動きは見えないが、懐から何かを取り出し、軽く振る。
鈴のような音がなったかと思うと、足元に描かれた魔法陣が静かに発光し出した。
「成功だ…!」
本来、魔術というのは軽々しく発動できる事象ではない。
常理の一部ではあるが、ほんのちっぽけな魂とエネルギーしか保有しない人間に成せる技術では断じて無い。
それは、あらゆる物理法則を、物質的な理をねじ曲げて自身の願いを発現させる神の御技。
世界の一部に干渉し、望むままに変換する高等術式。
が、本当に、全くの偶然であったが、石田には魔術に対しての適性が極大であった。
家系か、突然変異か、神の戯れか、人でありながら石田に込められたエネルギーは魔術を発動する条件を十分に満たしていた。
あらゆる偶然が重なり、本来起こるはずのない魔術が実行される。
戯れ程度のほんのちっぽけな魔術であったが、それは確かな異常性を有し、研究室の中央に赤い光を灯す。
石田の顔はその光に照らされ、恍惚に輝いていた。
魔術の光は薄ぼんやりとした赤を暫く周囲に与えていた。
そしてそれが、とある神の目に止まった。




