268 虚偽
指と手と目と黒い触手がグネグネ混じってうっすら泡立ちながら蠢いてる。
生まれたばかりのイキモノが嬉しそうにそこらを飛び回る。
死にたくなかったから、終わりたくなかったから。
随分と肥大化したお腹をさすってクチャクチャ音を立てる。
黒くて、ドクドク脈打つヘドロを吐き出す。
潰されないように、消されないように。
私もなんだか楽しくなって、水風船みたいに膨らんだ胴体から腕をばたつかせる。
手が触れたところから空間が少し破ける。
天井では、いくつかの螺旋が円環を描きながら深雑に絡み合ってる。
残機がまた一つ貯まった。
終わりたくなかったから、やり直されたくなかったから。
…
べちゃ。
薄く目を開けた瞬間に眼前に広がる真っ赤なペンキ。
薄暗くて、何かの影になってる。
ちくりとした痛みが頭に生じた。
「{あっぶねぇぇぇ…。}」
分体の声。
脳内に響くいつもの声と重なって、耳からもその言葉が聞こえてきた。
染みる目を開くと、眼前いっぱいに広がる右手と手の甲から突き出る銀色の針。
その針は、私の頭を少し傷つけたところで静止していた。
私が状況を把握するのに脳のリソースを割いていると、ドリルで地面を削るときのような轟音が左から迫ってきた。
「っっらぁ!」
次ぐ轟音。
金属と金属を勢い良くぶつけた時のような鋭い音が鳴ったと思うと、目の前の手の甲から突き出た針が抜けて、空いた穴から光が差し込んだ。
「あ、おい!オリジナル起きた!」
明るさに目を瞬かせてると、右手がどかされ、少女の顔が飛び込んできた。
童顔丸顔、年齢は大体十五歳くらいか。
透き通った前髪が大きな二重を少し隠している。
一般的な感性で言えば美少女と言える顔面が眼前に飛び込んできた。
なんとなくのイメージが魔女っ子と似てるように感じるのは、全体的に白いからだろうか。
そんなことを思ってたら、その美少女の脳面のような無表情が不満げな、いわゆるジト目に変わった。
「おはよーオリジナル…。」
なんとなく既に察せる怒りの感情に戸惑いを受けてると、機械的な高音と獣の咆哮のような低音が入り混じった絶叫が背後で聞こえてきた。
瞬時に振り向く美少女…改め四号。
「後で全部説明貰うからなオリジナル。」
そう言った四号は身を翻して、その絶叫の発生源、
巨大な鋏、重心は極めて低く、小判のように平べったい。
一番特徴的なのは、尻から伸びる細長い尾。
先には先ほど私を突き刺してきた針が生えており、小判型の体の後方から伸びるそれは大きく沿ってそいつの頭上にまで伸びていた。
まあ要するにサソリ型の機械生物に突っ込んでいった。
…。
機械サソリが、肥大化した鋏を振るう。
座標的に首を狙って閉じられた鋏をスライドして避け、土煙を上げながら機械サソリの前で四号が大きく跳躍した。
空中で開脚すると、そのまま身を反転させ、踵を機械サソリに打ち下ろす。
爆音と共に機械サソリはひしゃげ、地面に半分埋め込まれた。
これで決着と思われたが、機械サソリは脅威の生命力(?)を持って体内のモーターを回転させた。
機械サソリの尾がしなり、体の上に陣取る四号に弾丸のような速度で迫る。
間一髪それを回避した四号は、危険を察知したかのように一度距離をとった。
機械サソリが目を赤く光らせる。
モーターの駆動音がさらに音量を上げ、機械サソリを構成していたパーツが変形する。
鋏が分離し、外骨格が開いていく。
そして、機械サソリが立った。
ええ…。
体長は大体180センチくらい。
変形した機械サソリは筋骨隆々な成人男性みたいな姿で、鋏だったと思われるパーツをドリルのようにし、両腕にくっつけ直立していた。
「パチモンじゃん…。」
同意するわ。
…。
人型サソリが手のドリルを回転させ、右足を前にし大きく屈む。
居合切りのような姿勢になったかと思うと、爆発的な加速を持って四号に襲いかかった。
人型サソリの背後に爆炎が舞う。
一瞬で四号に元に到達した人型サソリは、両方のドリルを四号の腹に突き刺しそのまま押し倒した。
鮮血と内臓が撒き散らされる。
四号が歯を食いしばり、溢れ出る血液を堪える。
慌てて助けに入ろうとしたその時、人型サソリの背後から現れた三つの人影が人形サソリを蹴り飛ばした。
姿形は三号と全く同じ。
ただ、言う愚痴は三者三様だった。
「なんで…っスキルがっ…使えないんだよっ」
「オリジナル搾るぞ」
「取り敢えずあのサソリを倒してからにしましょう。」
ビビる私をよそに、蹴られ転がった人型サソリは立ち上がり、口をバックリ耳まで裂けさせ咆哮した。
血を吐いて倒れる四号を抱えた五号が座り込む私のもとにやってくる。
「オリジナル、四号さんを直してあげてください。」
え、あ、うん。
ぐったりして倒れる四号。
腹にぽっかり空いた穴が反対側まで続いてる。
えーと、こんくらいのケガなら聖魔法とかでいいかな?
{ からの要請を受け取りました。スキル「聖魔法」を発動します。}
四号の怪我が修復されていく。
荒くなっていた呼吸が静かになる。
その様子を横目で見ていた五号は、軽くため息をついて二号と三号がいるところに戻っていった。




