過去編 第三章 あの頃〇〇は ②
短
宇宙エネルギー研究観察部門の長である石田は、研究室に置かれた自身のデスクの上の万年筆をいじりながら先日の臨時閣議の様子を思い出していた。
時刻は午後の3時で、定期的な天体観察、最早悲観に近いそれを終えた石田は、ここ昨今の疲れを癒すかのようにチェアに全ての体重を預けていた。
デスクの上に置かれたブラックコーヒーがぬるい湯気を上げている。
ここの研究室に今いるのは石田の他には一人だけ。
石田の助手である小崎研究員のみだ。
栗色のショートカットを若干傾き始めた太陽の光で反射させる彼女をチラリとみた後、石田はブラックコーヒーを啜り出した。
…結論から言えば、彼らは石田の言うことの一割も理解できていなかったようだった。
苦い喉越しが熱を持って食堂を通っていくのを感じる。
一口飲んで、石田は深くため息をついた。
卓上に投げ出された石田が三日三晩にわたって作り上げた説明用のレポートを一瞥する。
その十数枚のA4紙の最上端には、全て例外なくこの事象の題名が掲げられていた。
『超広範囲現実改変とその影響について。』
…。
石田達の研究チームがそのことを発見したのはつい3年ほど前のことだ。
ブラックホールの磁場の観測を行っていた折、最初にその事を言ったのは小崎研究員だった。
「あれ…これどうなってるんですかこれ。」
小崎研究員の訝しげな声。
次いで寄っていった増井研究員がその事態を見、一言発した。
「故障か?」
「さぁ…。」
増井研究員と小崎研究員は共に頭を捻った。
その旨は即座に石田の元に伝えられ、現状を把握するべく石田も観測機を覗き込んだ。
本来、観測機が正常に起動していれば、その機械は宇宙のあらゆる天体からのエネルギー波を観測し、その結果がコンピュータによって処理される筈だった。
が、石田がそれを見た時、観測機はそのような結果をモニター画面に映し出しはしなかった。
カメラは星空を定点で変わらず撮影し続けていたが、天体から放射されるエネルギーを観測するグラフは、北極星を中心として0の値を示していた。
これの意味するところつまり。
「天体が偽物に置き換わっている…?」
「そう表現するのが正しいかと…。」
神妙な面持ちで告げられたその言葉に石田は思わず聞き返した。
「このデータを見ていただければ分かる通り、北極星を中心とした複数の星に同様の効果が表れています。現象影響を受けているのはこの星々のみですが、今後この範囲が増加する可能性もあります。」
「そしてこれらの天体の現象が光のみを残して同時にエネルギーが消滅していることを考えるにこの星々は消滅、あるいは代替されている可能性が高いです。」
石田はその説明を聞き、ゆっくりため息をついた。
「只のドローンに変わってしまったと言うのか。夜空の星々は。」
「そのようです。原因は不明ですが。」
「そして、これらの星々の変化が若干のラグがあるもののほぼ同時に起こっていることを考えますと…」
「この現象は地球側で行われている可能性が高い…と。」
「はい。」
「他の部門はまだこの現象を把握できていないのか?人工衛星は?観測機器は?」
「聞いた限りですと、まだこの現状を観測している部門はうちだけのようです。」
「そうか…即刻知らせてくれ。他の部門と協力し、これらの問題対策チームを結成するべきだ。」
「わかりました。」
部屋を出ていく増井研究員の背を見送りながら石田は頭を抱えた。




