過去編 第三章 あの頃〇〇は
今年で49になる宮村は、主席秘書官の大岡からの話を聞き、眉が痙攣するのを自覚した。
「なんの話だ。それは。アメリカで流行っているSF映画か、それとも自称研究職の陰謀論者の妄言か。」
吐き捨てるように言う宮村に、大岡はほとほと困ったように再度通達された文言を繰り返した。
「ですから、世界の危機と言う話です。」
宮村は、手元に残った資料から目線を上げ、再度大岡に問いかけた。
「世界は常に危機に瀕している。難民問題、核、食糧危機、人口増加、環境、領土、テロは後を経たないし、我が国に巣食う犯罪者はいつまでも根絶できない。その上何が危機とされるんだ。宇宙人が空から攻めてくるのか、それとも未来から殺戮ロボットが攻めてくるのか。」
嘲笑気味に宮村は答えた。
彼は先の難民問題の演説についての資料を読み込むにあたり若干気が立っていた。
が、そのような宮村に対し、大岡が先ほどから一切変わらない神妙な面持ちで続けた。
「…ええ。そのような可能性が高いと考えられます。」
「本気で言っているのか。」
「はい。JAXAの方々が尾田津科学技術政策担当大臣に同行されております。」
「ジャクサがなんの用だ。また太陽フレアの話か。」
「いえ…どうもそう言うわけではない様で…。」
大岡は優秀な人間だ。
それは宮村が総理大臣に就任する以前から熟知していた事だった。
が、その大岡がこうも曖昧な返答をするとは、宮村の心内に若干の違和感を生じさせた。
それも議題の内容は“世界の危機”ときた。
あまりに荒唐無稽かつ支離滅裂だ。
「どうにも要領を得ないな。詳しいことは聞いたのか。」
「えぇ…一応聞いたのですが、その内容はとても電話で話し切れるほどのものでは無いとのことで…。」
「それで、私に直接出向き、話を聞けと。」
「その様です。」
宮村は軽くため息をついた。
この頃、世の中は物騒だ。
ところ構わず半グレが跋扈し、反政府派の暴動やテロは後を経たない。
先先代の総理までもが暗殺され、現在の政治体制に不満を持つ輩がいつ狂気の沙汰に出るか予測できない世界となった。
そんな中、この官邸を無闇に出歩き、話を聞きに行くと言うのはやや嫌なものを宮村は感じた。
「ビデオ通信でJAXAの…なんだったか。」
「宇宙エネルギー研究観察部門の石田さんです。」
「そう、その石田と会話することはできないのか。」
「いえ、膨大な量のデータを使うために総理に直接きてもらわなくてはならないと先方から説明が入りまして。」
「はぁ…その石田がテロの実行犯とか言う話じゃないよな。」
「大丈夫です。今回もSPは最大数派遣させていただきます。」
…
説明のため木壁に囲まれたモダン調の会議室の前方に立った石田は前に座った錚々たる面々を見渡し、その全てが着席し自身の話を聞く体勢になったことを確認し、生唾を飲み込んだ。
これから彼が口にする言葉の羅列は、その全てが荒唐無稽でまるで質の悪いSFかセカイ系のライトノベルの様なものだ。
彼自身、自分がこの問題の関係者でなければ…いや、第一責任者でなければこの話は混乱した精神異常者が話す支離滅裂な作り話だと一笑にふす話だった。
が、これらの話は全て正確な宇宙観測に基づいて確認された揺るぎない真実であり、そしてそれは極めて高い危険性を有していた。
これはホワイトハウスの予行演習だ。
彼は軽く咳払いをし、手元の資料の一文目を声に出して読んだ。
「宇宙の危機が、超広域的な現実改変が始まっています。」




