Code.1 (10)
ほどなくして帝都に到着した。
帝都は王城を中心とした円形の城下町と、それをぐるっと外周するおよそ10メートル程度の巨大な城壁で構成されており、街の最北、最南にそれぞれ城門がある。
で、俺の乗る馬車は南門から帝都に入国する。
理由としては俺が通う予定のアドヴァンダル魔法学校はその王城から真南、帝都の南門から見て真正面にあるからだ。
…というのをついさっきカナンに聞いた。
帝都は外国からの貿易も盛んで、毎日の様に他国からの商人やら役人やらが往来する。
南門にもそいつらが殺到していて、例によって俺もその行列に足止めされていた。
「なーカナン。」
「なんでしょう。」
「この渋滞っていつ終わるんだ?」
「…見る限りですと後1時間程かと。」
「1時間かぁ。」
「急ぐ様でしたら、前に並んでる者と交渉して順番を変えてもらいますが。」
「いやいや。それはやらなくていいよ。そこまで急いでるわけじゃないし。」
「そうですか。」
焦った。
この馬車に揺られてる数日間でなんとなく悟ってたが、カナンは真面目そうに見えて結構抜けてるところがある。
今の横入り発言もそうだが、喉が渇いたといえば馬車を停めて数キロ離れた所にある泉に水を汲みに行こうとしたり、馬車に揺られて腰が痛んだところを自分でさすってたら膝枕をしようとしてきたり。
大方うちの父親が「メイドは絶対にご主人のいうことに応えなければならない」とでも教育されたんだろうけど、いくらなんでもこれはやり過ぎだ。
因みに、膝枕に関しては成人の意地と姉によって培われた精神抵抗能力をもってしてやんわり断った。
…
1時間後…
俺は城門を入ってすぐの場所。
アドヴァンダル魔法学校までに続く街道を一人歩いていた。
街道は全て石畳で整備されており、両脇には飲食店、雑貨店、本屋や八百屋などが立ち並び、一種の学園都市の様を呈していた。
カナンとはさっき「私は馬車を預けてきますので、ぼっちゃまは先に帝都に入っていてください。」と言って別れた。
カナンが居なくなって清々する…というと聞こえが悪いが、一緒にいるとなんとも気まずい思いをする彼女と離れて一人で街を歩くのは何処か開放的な気分になる。
道を往来するのは学園の生徒だろうか。
金色の刺繍が施された見ただけで高貴とわかる特注の学生服がこれまた同じような格好をした学生服と談笑しながら歩いていた。
様々な声が行き交い、様々な情報があたりを賑やかす。
生まれてからずっと実家で暮らしてた俺にとってはどれも新鮮に見えた。
魔法学生必見参考書、極甘帝都プディング、ダイア級冒険者グレイカートマン、近年の白魔激増問題について、新入生歓迎セール…
通りに並ぶ様々な文句をキョロキョロしながら見回していると、前方で大きな歓声が上がった。
なんだ?
俺の前方では商店街の通りが途切れ、道の途中で大きな広場となっていた。
広場には今まで見てきた学生服のほかに何人か大人が混じり、それらが集まって人だかりができていた。
中心には演説台の様なものが立っており、その上で岸の様な格好をした男が手を振り回しながら演説をしていた。
「…誰にも害されずにのうのうと暮らせれば満足か?
平穏無事に生きていければ幸せか?
ふざけるな
そんなものはただの思考停止だ。
騎士団よ。血湧き肉躍る感動を追い求めよ!」
そう言い切り、騎士風の男が礼をする。
瞬間、辺りで大歓声が起こった。
「うおおおおおおおおおお!!!!」
あまりの熱気に圧倒される。
言ってることはさながらバーサーカーだが、その熱意には何か動かされるものがあった。
「ただいま戻りましたおぼっちゃま。」
一人感動していると、後ろから突然声がかかる。
カナンだ。
「うぉっ…あ、ああおかえり。」
「もう少し聞いて行かれますか?」
「いや、もう大丈夫。取り敢えず今日はもう宿に入って明日の試験に備えるよ。」
「わかりました。宿はすでにとってあります。」
「ありがと、それじゃ行こう。」
「はい。こちらです。」
小学生くらいの年齢にしてはあまりにも有能なその手際に若干圧倒されながらカナンの道案内について行く。
商店街を戻りながら、ふと店と店の間、小さな隙間に何かが滑り込んでいくのが見えた。
思考加速スキルで増幅された知覚範囲によれば多分あれは、人の手…それもかなり幼い…。
妙な胸騒ぎがした。
「ちょ、ちょっと待っててカナン!」
「なんですかおぼっちゃ…」
急ぎカナンを呼び止め、彼女が振り返って返事をする前に走りだす。
目指すはさっき手が滑り込んだ店の隙間。
小さな体ながら、両親の訓練で鍛えられた瞬発力はむしろ前世よりも早くその身を走らせる。
たどり着いた先、幅1メートル程の店の隙間、薄暗くなってきた路地裏の奥で、一人の少女が三人の大柄な男達に囲まれているのを見た。




