第7話 獣の街ザルク①
――サンセと出会った翌朝――
「え!? いまなんていったのー?」
「だからメティーも獣の街行くよって――」
「いーのー!?」
笑顔でしーちゃんに近づきピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ私を、しーちゃんはため息を吐いてそっぽを向く。
しーちゃんやっぱり昨日の事を気にしてる?――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――私が泣いてしまったあと、サンセは私を宥めるように優しく頭を撫で――
「……近いうちに誰かしらまた来ると思う……またね」
哀しげに笑ってサンセは王様へ報告する為に帰って行った。
サンセの姿が見えなくなった途端にガサッと音がして、びっくりして振り返ると、そこには複雑な顔をしたしーちゃんがいた。
「しーちゃん!」
しーちゃんの姿を見て、私は安心してしーちゃんのそばに駆け寄る。
「……メティー……無事でよかった」
しーちゃんは私の無事を確かめるように、私の頬に触れた。
「メティーが岩穴を出たのがわかって……そしたら、血の匂いもして……」
しーちゃんは私をギュッと抱き寄せた。
離れていても私が岩穴を出たことも、血の匂いもわかるんだ? しーちゃんはやっぱりすごいなぁ。
「しんぱいかけて、ごめんなしゃい」
私もしーちゃんにしがみついた。
出掛けてる時ですら、私をちゃんと気にしてくれてたなんて……ほんとにいいお兄ちゃんだよ。
「……アイツが追っ手を殺した奴?」
「うん……しゃんしぇっていうんだって。おーしゃまのめいれーで、わたちをまもって ほごしゅるって……んっと……ろいやりゅないとだって!」
「そう……アイツ僕がいる事に気付いてた」
「え?」
てっきり入れ違いで来たばっかりと思って、驚いてしーちゃんから離れて顔を見た。
「いちゅからいたのー?」
「……アイツが僕の事聞いた頃ぐらいかな……僕の事黙っててくれてありがとね」
しーちゃんは哀しげに微笑んだ。
そんな前からしーちゃんいたんだ……やっぱり教えたらダメだったんだね。じゃあサンセは、しーちゃんがいるのわかってたのに、話をそらして無理に聞かないでくれたって事に!
サンセの複雑そうに笑った顔がよぎり、私が話さないから信用されてないと思ったのかな?
「しゃんしぇたち、わたちのことまもりゅなら、しーちゃんといっしょ! なかよちになれりゅよ!」
にっこり自信たっぷりに微笑む私とは反対に、しーちゃんは浮かない顔で黙り込む。
獣人差別のトラウマで人間に深く関わりたくないのはわかるけど……しーちゃんと同じ考えの人達なら仲良くなれると思うの……。
しーちゃんは黙ったまま、また哀しげに微笑む。
思った以上にしーちゃんのトラウマは大きいのかな……そう思うとその人達が許せないよ……しーちゃんは何もしてないのに……。
「……ごめん……」
「え?」
「……ごめんね……」
しーちゃんが辛そうな顔で私の頭を撫でた。しーちゃんが何に対して謝ったのか――私にはわからなかった――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――獣の街に行く為に岩穴を出て、木の根ででこぼこした森の中をしーちゃんと手を繋いで歩く。
昨日と違って私は元気いっぱいで、木の根のでこぼこにピョンピョン飛び移って遊んでいた。ジャンプして飛び移る度にしーちゃんの腕も引っ張られ、しーちゃんは苦笑いを浮かべた。
「そんなにはしゃぐとあとで疲れるよ?」
「ちゅかれないもん!」
ニコニコ答えた私に、しーちゃんはジトーと無言で見つめるも、その視線に負けじとニコニコ笑う私を見て、しーちゃんはため息を吐いた。
単純なこんな遊びですらすごく楽しいと思えてるのは、お子ちゃまの本能がそうさせてるのかな?
――しばらくして森を抜け、山のようにそびえ立つ岩壁が目の前に見えた。行き止まり?
「ここが入口」
「え!」
どうしよう……遊びに夢中で道全然覚えてない!
そんな私の心の声にクスリとしーちゃんは笑ったあと、一見普通の岩壁をリズムよく、2・1・3回と叩くと岩壁の一部がゆっくり上にせり上がり、ふたり並んで歩けるぐらいのトンネルが姿を現した。
「わぁー! しゅごい!」
仕掛けに興奮した私をしーちゃんは急かすように手を引いてトンネル内に入る。もっとゆっくり見ていたかったのにと思った矢先に、せり上がった岩壁がすごい勢いで落ちてきて入口を塞いだ。
だ、だから急かしたんだね……あはは……と私は引きつった笑みを浮かべ、あと少し遅かったら潰されてたよ……と冷や汗をかく。
トンネル内は、所々に明かりが灯されてるけど薄暗い。すぐ横の明かりを見ると、そばにうさ耳の人の姿に近い獣人の男の子がいた。
「うわ! びっくりちたぁー!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
私の驚きの声に、うさ耳のしーちゃんぐらいの年頃の男の子は、ペコペコ頭を下げ、視線を合わせないようにオドオドしてる。白い髪に赤い瞳……まさに――
「ほんとにうさぎしゃんみたいー! かわいー!」
私はしーちゃん以外の獣人を初めて見てテンションが上がり、その子に思わず抱きつく。
「え!?」
「ちょ!? メティーなにやってんの!」
うさ耳の男の子は真っ赤になって固まり、しーちゃんは慌てて私を引き剥がす。
「連れがいきなりごめん」
「い、いえ」
しーちゃんがうさ耳の子に謝ると、うさ耳の子は身体の前で手を振って気にしないでと示す。その時、掌から赤い色が見えた。手を下に降ろした瞬間、私はうさ耳の男の子の手をとり、掌を見ると――血豆が潰れ血が出て痛々しい。
「え!?」
突然手に触れられた事に慌てるうさ耳の男の子。しーちゃんが今度は手を離すようには言わず――
「ラビは門番なんだ……」
ラビ? うさ耳の子の名前?
しーちゃんはそう言って、ラビくんの横にある自転車のペダルのような棒状の取っ手が付いたハンドルを指さす。
「……合図があったり、中から外に出る時にラビが手動でいつも開けてくれてる」
「しゅどー!?」
トンネルが隠れるサイズの岩壁なんて、想像つかない程重いに決まってる! ましてや、しーちゃんぐらいの年頃の子のやる仕事じゃない!
あ! だからしーちゃん私を急かしたんだね……こんな重そうな岩壁を持ち上げてるのをキープするのも大変だもん。
ハンドルの取っ手部分は黒ずんだ染みがあり、血豆が潰れた血の跡だとすぐわかり、私まで見ただけで痛そうな顔になる。
「……らびくんがんばったね」
私はラビくんの手に触れたままラビくんの傷が癒えるよう願い、お仕事の役に立てばと別のイメージも浮かべると――白い光がラビくんの傷を癒し、ラビくんの手首に赤くて丸い宝石のように輝く石が付いた細身の銀色の腕輪が現れた。
「……え!?」
ラビくんは癒しの力に驚いて、私を不思議そうに見つめる。
「おどりょくのはまだはやいの! はんどりゅ、まわちてみて?」
にっこり笑う私をラビくんはまた不思議そうに見て、言われるがままハンドルを回すと――重そうな岩壁がスルスルと簡単に上がっていく。
「え!? ハンドルが軽い!? どうして!?」
驚くラビくんを見て、私としーちゃんは顔を見合わせ微笑み、微笑んだままラビくんへと視線を移す。
まだ幼いラビくんの力を補助するものとイメージして出来たのは、ラビくんが力を入れた分だけ大人の力へ変換する腕輪。
つまり、大人になって力がつけばただの飾りになり、おじいちゃんになって力が衰えた時にまた効力を発揮するような仕組み。大人になっても力が増えたら悪い人に悪用されても危険と思ったから。
「この事は誰にも喋らないでくれる?」
「あ……そうだよね……わかった!」
しーちゃんが噂が広まっても不味いから口止めすると、ラビくんは察した用にキリッとした顔で頷いた。
「……メティーちょっとここで待ってて? 狩ってくる」
しーちゃんはそう言ってラビくんに視線を移すと、ラビくんはわかったようにハンドルを回し岩壁を上げ、しーちゃんは走って森に駆け出していった。
「かりゅ?」
「獣の街ザルクで買い物する時は物々交換なんです」
「しょーなんだ!」
「だからシアはその交換する食材を狩りに」
しーちゃんは私と一緒にいて狩りをする暇がなかったから、今行ったって事だね。しーちゃん狩りなんてしてるの初耳なんだけど! あとで問い詰めよう! 一緒に暮らしてるのに話してくれないのは寂しいもん――
「「「――ギャハハハハ」」」
突然トンネル内に低い笑い声が響き、ビクッとしてラビくんを見ると、ガタガタ震えている。
「らびくん?」
「っ! あ……早くここから逃げ……って外もひとりじゃ危ないか……」
ラビくんは私の声に我に返り、私を逃がそうとハンドルの取っ手を掴むものの、かなり焦ってブツブツ呟き動揺している。
「……僕の後ろに隠れて絶対声を出さないで下さい」
トンネルの隅の角に私を立たせ、私を守るようにラビくんが私の前に立つ。すると、低い笑い声の主達が現れた。
「よぉラビ……ちょっとツラ貸せや!」
「い、今は門番の仕事中なので、ここを離れられません」
ラビくんの背に隠れて何も見えないけど、声だけでガラの悪い人達と想像がつく。ラビくんは怯えて声も少し震えているけど、私を隠すために気丈に振る舞う。
「仕事熱心だな……じゃあここで済ませるか」
済ませる? 何を? と思った時、ボコッと鈍い音がした。
「かはっ……」
ラビくんがお腹を押さえ地面に血が落ちた。
突然の事に私は驚きつつ、お腹殴られて口から血を吐いたんだと状況から推測出来た。
いきなりなんで!? そう思った時に、昔のしーちゃんを思い出した。半獣だからと暴力を振るわれてた事……。ラビくんも人の姿に近いから?
「いつもは今ので地べたに倒れ込むのに頑張るじゃねぇか!」
バキッと今度はラビくんの顔を殴った音だろうか……ラビくんが後ろに倒れかかり、私はラビくんに押しつぶされる。
それでもラビくんは、私を隠すために倒れる事はなかった。
「何だよその反抗的な目は!弱ぇクセにムカつくんだよ!」
っ! またラビくんを殴る気!?
「やめりゅの!」
私はラビくんの前に手を広げて守るように立ち、大きな獣人達を見上げて睨んだ――




