第45話 迫る真相と不吉④
――メティーとふたりで話したいんだけど――
サンセの脳内で繰り返されたアビスの言葉と、返事を促すアビスの視線に、サンセは少し困惑する――
「えっと……メティーは今この家のもうひとりの住人と話してて……たぶん、そろそろ話し終わるかと……。あー……そういえば、こちらから聞いてばかりで名乗ってもいませんでしたよね。失礼しました、僕は――」
「いい……必要ない」
「え……」
サンセはアビスの機嫌を損ねないよう、何とか会話で時間を繋ごうと愛想を振りまくが、アビスに素っ気なく返された――
「だって、聞いたって覚える気ないしー」
気だるげなアビスの態度は、まさに典型的な“クソ生意気なガキ”そのもので、サンセは憧れの神という事を差し引いても若干の苛立ちを覚える――
(……ほんとにメティー以外興味ないって事はわかるけど……そういう態度は孤立して浮くだけなのがわかんないのかな)
サンセは今のアビスの態度が、子供の頃に見た神の絵本の孤立するメシスの部分と重なった――
(でも、人と関わりたくても上手く出来ない絵本のメシス様と、極端に人を拒絶しているアビス様は全然違う……。ビターが言ってた【伝記】には絵本では描かれていない結末も載ってるって言ってたから…………アビス様に、何があったんだろう――)
サンセは憐れむようにアビスを見てそう思った――
(なんて……わからないふりをするのは建前で、ビターが僕には言えないって言われた時から薄々何があったかわかってた……。単に認めたくなくて考える事を放棄してただけ――)
サンセはそんな思いを隠すように爽やかな笑顔を浮かべてアビスに声を掛ける――
「……アビス様はちゃんと僕の質問に答えてくれましたし、最後の質問のメティーの事も任せて大丈夫そうなので、約束の物を部屋から取ってきますね」
サンセはそう言って2階の自室へと向かうと、アビスはその背中を見据えつつ別の事を考えていた――
(最悪なあの日に…………僕らは歪んで狂ったんだ……。たぶん、その歪みと狂いが…………メティーと……シアを苦しめてる――)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クロウさんはティスさんを助けたら、メティーにクロウさんの嘘を話してくれると言ったけど――
(でも……大丈夫なのかな? こんなに言う事を躊躇う嘘なら無理に話してもらわない方がいいんじゃ――)
「……ウジウジと情けなくてごめんね……」
「え?」
クロウさんはそう言うとメティーを抱きしめていた体勢から離れた――
「本当は、すぐにでもメティーに話してあげたいんだけど…………でも、これは僕のケジメだから……」
「けじめ?」
「うん……。助ける前に打ち明けて僕だけ先に楽になんてなれない……」
私はクロウさんの真剣な声に並々ならぬ決意を感じ、それだけふたりの絆が強くて仲良しだったのだろうと思った。
これまでの事でわかったのは、ティスさんが操り人形にされたり、研究者に命を狙われたり、研究所で優しくしてくれてたダンテさんをクロウさんが殺めたと教えられたり――
研究所の事を思い出すと発作が起こるのも当然と頷けてしまうぐらいの過去に、思わず唇を噛み締める――
(っ……なんでクロウさんばっかりこんな……。早くティスさんを助けて苦しみのひとつを減らしてあげたい……)
「……だいじょーぶ! ぜったいたしゅけられるよ!」
「……うん、ありがと――」
私が意気込んで自信満々にニッコリ笑うと、クロウさんも微笑み返してくれた。
その後、私はクロウさんの体調を考え、長居は無用と部屋を後にした――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メティーがクロウの部屋から出ると、ちょうどサンセがアビスへ渡す忘れ物を持って自身の部屋から出てきた所だった――
「あ、ちょうど良かった。メティーにお客さんだよ」
「おきゃくしゃん?」
「メティーとふたりで話したいって」
(疑い深いサンセが私に会わせてくれるって……誰だろう?)
メティーは首を傾げてサンセの後を付いて階段付近まで行くと、下の階に思いがけない人物の姿が見えた――
「っ! めてぃしゅくん!」
メティーの脳裏に、精霊もどきに力を借りて力を使い果たした日の事が浮かぶ――
(倒れる私を抱き支えてくれたのに、目覚めた時にはいなくて……だから、お礼言わないと!)
メティーは再会の喜びのあまり、子供の姿なのも忘れて駆け出すと、階段直前でサンセに頭をガッシリ掴んで止められた――
「危ないからメティーはここで待ってて……。アビス様、お待たせしました」
「ん?……あびしゅ?」
メティーは少し不服な止められ方をしたものの、新しく聞く名前に気を取られ、それも気にならずに階段を降りていくサンセ越しに“メシス”を眺めた――
すると、アビスはふわりと柔らかな優しい微笑みを浮かべ、それを見たサンセは思わず苦い笑みを零す――
(……ここまで態度が露骨とはね……。でも……それはつまり、僕らの味方じゃなくてもアビス様がメティーを裏切るような事はしなそうって事だ……)
サンセはそう冷静に考えた後、アビスが再び機嫌を損ねぬよう、得意の猫かぶりで培った爽やかな微笑みを浮かべて声を掛ける――
「……念の為に中身の確認を――」
「いい……君はあいつらと違ってちゃんとしてそうだし?」
「……それは、褒め言葉として受け取っておきます……」
サンセが荷物をアビスに差し出すも、セルフィーの事を少し探れないかという思いから、すぐ手を離さなかった。
当然、アビスは不満そうにサンセを睨んだ――
「……何?」
「…………いえ……」
アビスが気だるげながらも冷たい目でサンセを見ると、サンセはその視線に威圧され、目を伏せ手を離した――
そんなふたりの気まずい空気を吹き飛ばして和ませたのは、舌っ足らずに声を掛けたメティーだった――
「ねー? なんで“あびしゅしゃま”ってよばれてりゅのー?」
「……あー……昔から僕が大抵の人にそう呼ばれてるから……かな?」
「え!? わたちには、おちえてくれなかった!」
頬を膨らませて拗ねるメティーに、アビスはふわりと優しく微笑む――
「メティーには好きに呼んでもらいたかったから」
(くっ……イケメンの微笑み強すぎる!)
結局、メティーはそれに反論する言葉が出て来ず、上手く言いくるめられてしまった――
「うぅ……ややっこしーから、わたちも“あびしゅくん”ってよぶ!」
「…………」
アビスは黙って意味深に微笑んだかと思うと、瞬く間に姿が消えた――
当然、メティーとサンセは驚くも、突然のあまり声も出なかった――
なぜなら、いきなり姿が消えた事はもちろんだが、アビスがいつの間にかメティーの横にいたのだから――
(っ……速い……全然目で追えなかった……。ほんと敵にはならないで欲しいね)
サンセは今の一瞬でアビスがここにいる全員の命を奪う事も容易だと理解し、冷や汗をかく――
アビスはメティーの頬の何かをジッと見たかと思えば、隣に座り込んでメティーを引き寄せた――
「(……どっかの誰かさんは“しーちゃん”なのに?)」
アビスはそうメティーの耳元で囁きつつ頬に優しく触れ、指でそれを拭う――
それとは、黒猫が舐めた痕跡の事だ――
(……え? え!?)
メティーはなんでアビスがその事を知ってるのか驚くも、突然耳元で囁かれるわ、頬を触られるわ、近いやらで呆然とするのが精一杯だった――
「(……やっぱり、壊しとくんだったかなぁ……)」
アビスはメティーにだけかろうじて聞こえるぐらいの小声でそう呟いた――
メティーは当然なんの事かよくわからず首を傾げると、アビスはニッコリ笑ってごまかすようにおどけてみせる――
「……ねぇ、別れる時は僕の足にしがみついて離そうとしなかったのに、久しぶりに会えた今は歓迎してくれないの?」
そう言われてメティーはお礼を伝える事を思い出し、吸い寄せられるように自然とアビスに抱きつく――
やはり、メティーはこのぬくもりに懐かしさを感じ、抱きつく手に力がこもる――
「あのひ、きてくれて……ありがと……」
「……メティーの為ならどこへでも……」
アビスもそれに応えるようにメティーを優しく抱きしめ返した――
サンセからすればそれは面白くない状況で、平静を装い遠慮がちに声を掛ける――
「あ、あのー……」
「…………せっかくの再会を邪魔しないでよ……ね、メティー?」
アビスは口先を尖らせ不貞腐れ気味にそう言った後、メティーに同意を促すように呟いたかと思えば、メティーの頬に口付けた――
「ひゃっ!?」
「っ!」
メティーは驚きのあまりに変な声をあげたのに対し、サンセは行き場のない苛立ちを堪えるように唇を噛み締めるしかなかった――
(ほっぺとはいえキスされるなんて! この世界にも挨拶のキスの文化でもあるの!? いやいや、だとしたらサンセ達もしてるはずだし……じゃあ、なんで――)
メティーは人生初の大事件にパニックになり、脳内では忙しない思考が渦巻くも、外見は石のように固まり放心している――
そんなメティーをよそに、アビスとサンセは尚も睨み合う――
「……何か言いたげに見られても……僕はもう聞く義理もないよね?」
アビスは素っ気なくそう伝えると、未だに放心して固まったままのメティーを抱き上げ踵を返す――
「っ……申し訳ございません……」
(……アビス様にまで醜い僕を晒しそうになるなんて…………とりあえず、今は……頭を冷そう――)
サンセは不服な苛立ちを堪えるように拳を握りしめ、メティーの部屋に消えゆくふたりを見送るのだった――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ティー……ずっと固まってるなら、またしちゃおっかなぁ……」
「ふぇ?」
我に返ったメティーが見たものは、ドアップのアビスくんの顔で、咄嗟に自分の口の前に手を出してガードする――
「……ざーんねん……」
アビスくんは寸前で止まり、そう言ってクスリと笑った。
(くぁー! これだからイケメンは! 自分がしてる事の破壊力をわかってない! これで世の女の子はどれだけ心が振り回される事か!)
私はイケメンの偏見めいた考えでアビスくんを冗談っぽく睨んでから、心を静めて気になった事を聞く――
「……ねー? しゃっき……どーちて……ほっぺにちゅーちたの?」
アビスくんは一瞬キョトンとしてから意味深に微笑むだけだった――
「こーゆうの……ちゅきなひとにしかしちゃだめなの!」
「……僕、メティーの事好きだけど?」
「なっ! しょんなこと、かるがるちくいっちゃ――」
「軽々しく言ってないけど?」
「っ!」
(こ、これだからイケメンは! これは勘違いされちゃう女泣かせのやつだって!)
アビスくんに真顔でそんな事を言われたら、私は動揺のあまり、再びイケメンの偏見めいた考えで視線を彷徨わせる――
すると、アビスくんはクスクス笑い出した――
「っ! からかったの!? ひど――」
「僕がメティーの事好きなのは本当だよ? ただ……メティーの反応が可愛いなって思って」
「なっ!」
好きやら可愛いなんて言われたら、私が恥ずかしさで言葉を失い、顔が茹でダコ状態になるのは必然だった――
(こんな風に言われたらなんて返すのが正解なの!? 私の圧倒的な異性に不慣れな知識じゃ対応不可なんですが!?)
アビスくんは私が困ってるのを察したのか、優しく微笑んで話を戻し、質問のヒント的な返事をくれた――
「……なんでキスしたか、いずれわかるよ。まぁ、一生わかんないに越したことないんだけど……」
「う~ん?」
(少なくとも揶揄う為じゃなく、ちゃんと何か意味があるって事なんだろうけど……。それ以上は教えてくれなそうだし……)
私がそう頭を悩ませていると、アビスくんは再び話題を変えた――
「あ、そうだ……僕にもなんか名前付けてよ」
「え?」
私の脳裏に“ややっこしいからアビスくんと呼ぶ”と言った時のアビスくんの意味深な微笑みが過ぎり――
(その話あれで終わりと思いきや、まだ続いてたんだ!? 何でアビスくんがしーちゃん呼びを知ってるかの疑問もあるけど……そもそも、そんなにあだ名欲しいもの!?)
しーちゃんの時も、頭の頭文字とちっちゃい頃の可愛いイメージから“ちゃん付け”になっただけの安易なあだ名だと言うのに――
アビスくんは期待が混ざったような微笑みで私を凝視していて、私は謎のプレッシャーをかけられ、そんな言い訳すら言える空気じゃない――
(んーっと……アビスくんはどう見ても“ちゃん付け”のイメージではないし――)
「じゃあ……“あっくん”は!?」
まだそう呼ぶと決まったわけじゃないしと開き直り、私はまたも安易なあだ名を提案する――
アビスくんは一瞬キョトンとした後、嬉しそうにふわりと微笑み、私の内心は複雑だった――
(え……決まり? こんな安易なのでいいの? 舌っ足らずな私には呼びやすくなったけど……ネーミングセンスない私を許して……)
懺悔するように項垂れた私に、あっくんは更にとんでもない爆弾発言を投下する――
「名前も付けてもらったし……じゃあ、僕と寝よ?」
「……ふぇ!?」
あっくんは妖艶に甘く囁くと、私をベッドに押し倒した――
先程から話題もあっくんのペースでコロコロ変わり、合わすのがやっと並に振り回されてのこれだ――
当然、私は理解が追いつかずパニックに陥る――
(今の言い方は明らかに幼児向けの言い方じゃないよね!?……そ、そうだよ、私は今は幼児! 単に一緒にねんねって意味が、あっくんの無駄な色気ダダ漏れのせいで脳が混乱してるんだ!)
私が自分にそう言い聞かせていると、妖艶なあっくんの顔が間近に迫って来ていた――
「ちょ、まっ! すとーっぷ!」
「……?」
あっくんは私が慌てふためく理由がわかっていないのか、私を安心させるように微笑んでくれたけど、それも今は逆効果だ――
「大丈夫……痛くないようにするから……」
「っ!?」
(いいいい今、いいい痛くしないって……アウト! これは完全アウト! よくあるお約束展開で妖しく見せかけて、実は健全な方の“寝る”パターンだと思ったのに――)
私の頭はパニックになりすぎてフリーズし、目は見開かれ、身体は硬直する事しか出来なくなった――
あっくんは押し倒した私の隣りへ肘を付いて横になり、私の顔を眺める――
「……寝ないの?」
「っ!」
(寝れるかぁぁぁぁぁ!)
私の脳内ではあっくんの頭にバシッとツッコミを入れたけれど――
実際、触れる事すら烏滸がましいぐらいのイケメンに、そんな事出来る度胸はない――
「もしかして……まだ眠くない?」
(え……眠く?……やっぱり単に一緒にねんねしよってお約束展開!? 紛らわしい!……って当然でしょ!? 子供の私に何かされるわけない……じゃあ痛くないようにって……何が!?)
私の思考は止めどなく溢れるばかりで、パッチリ見開かれた瞼は重くなる事はなく、眠気すら起こりそうもない――
「んー……メティーには使いたくなかったんだけど……仕方ないか…………僕の目をよく見て?」
(使う? あっくんと目を合わせるなんて、余計寝れなくなると思うんだけど!?)
半信半疑にチラッと見ると、相変わらず綺麗な宝石のような輝きの赤い瞳に、私は吸い寄せられるように目が離せなくなった――
すると、そのあっくんの瞳が赤く光る――
「……おやすみ、メティー――」
あっくんにそう言われると、頭がボーッとしてきて、さっきまで全然眠くなかったのに瞼が重くなっていく――
「ごめん……メティーの――――もらうね――」
遠のく意識でかろうじて聞こえたあっくんの声を最後に、私は深い眠りに落ちてしまった――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
辺り一面真っ白なメティーの深層世界に横たわるメティーのそばに、顔が黒い靄で見えない女が現れた――
女の顔を覆う黒い靄はまた薄まり、鼻もぼんやり確認出来るようになっていた――
「フフフ……アノ子ハ、コノ子に夢中ミタイネ」
顔が黒い靄で覆われた女がクスリと笑うと、突然背後から聞こえるはずのない声がした――
「――まぁ……狂ってるアンタとは違うしね」
「ッ!?」
驚愕して振り返った女が見たものは、ここにいるはずのないアビスだった――
「久しぶり……随分驚いてるみたいだね? 僕の力を応用すれば、アンタに会えるかと思って」
そう言ってニヤリと笑ったアビスに、女は声も出ずに唇を噛み締めた――
「……随分メティーを甚振ってくれたみたいだね?」
アビスは冷たい目で女を睨むと、アビスの指先から闇の魔力がバチバチと迸る――
「ナッ! ココデ暴レルツモリ!? ソンナ事シタラ、コノ子ガドウナルト思ッテ――」
「……そーだね……だから――」
女の焦ったような声に、アビスは冷静にそう言うや否やサッと姿を消したかと思うと、女の背後に現れた――
「こーするんだよ」
アビスは冷静に冷たく呟いたかと思えば、次の瞬間、女の頭を掴んで地面へひれ伏させるように乱暴に押し付けた――
そして、女の頭の中に直接電流のような魔力を流すと、女の苦痛の叫び声が空間に響き渡った――
「――グッ…………コレハアノ日ノ逆恨ミノツモリ!?」
「っ……黙りなよ」
女の一言にアビスは気が触ったのか、先程よりやや強めの魔力を流すと、女は再び苦痛の叫び声を上げて気を失い、深層世界に溶けるように姿を消した――
すると、アビスの後方でドサリと音が聞こえて振り返ると、そこには女とよく似た目元を布で隠した女が頭を押さえて座り込んでいた――
「あー……ごめん、君にも少しダメージいっちゃった? 確か…………シオン……だっけ?」
「っ!? やめて!」
シオンと呼ばれた女は動揺して叫ぶと、慌てて横たわるメティーの方を見た――
「……大丈夫。深層世界の声はメティーには届かないから」
「っ…………どうして私を知って……?」
「ここに来る前に、メティーの記憶見せてもらったからね……」
「っ!…………もう…………どうしたらいいか……っ……わからないの……っ……」
シオンは全てを知っているであろうアビスを前に取り乱し、今にも泣きそうな声で抱えた膝に顔を埋めた――
アビスは隣に座ると、宥めるようにシオンの頭を優しく撫でた――
「ひとりで……よく頑張ったね……。あの状況下であの判断が出来たのは称賛するし、正しかったんじゃない?」
「っ……」
シオンは思わず顔を上げると、布で隠された目元から堪えきれずに溜め込んだ涙が溢れ出した――
「……ずっと……ひとりで……怖かった……っ……」
「…………さっきのでアイツの力が弱まって多少楽になったとは思うけど……ひとまず今は少し休んだら? さっきのダメージでまだしんどいんでしょ? まぁ、これは一時凌ぎだし……しんどくさせた僕が言うのも変だけどね」
アビスが悪びれもなくおどけてそう言うと、シオンはクスリと微笑んで深層世界に溶け込むように消えた――
それを見届けたアビスは小さく溜息を吐く――
「……で? いつまで盗み聞きしてるつもり?」
アビスは一連の様子を聞いていた気配に声を掛けた――
すると、横たわるメティーの中から、球体状の白い光りがふわりと浮かび上がった――
「……心配しなくても、貴方の悪いようにはしないから安心してよ……」
アビスの言葉が終わったタイミングで、その光は再びメティーの中へと消える――
その直後、アビスはふらついて膝をつくと、アビスの身体は透け始めていた――
深層世界にいるアビスは実体ではなく、現実にいるアビスが意識のみを送り、メティーの中に潜入していた――
「っ……予想以上にこの身体を保つのしんどいな……早く戻らないと――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――うぅん……」
「……起きた?……と言っても、メティーが寝てからちょっとしか経ってないんだけどね」
メティーの未だぼんやりする脳裏に、赤く光る瞳のあっくんの顔がぼんやり浮かぶ――
(……あの後……私、寝ちゃったんだ?)
「……ねぇ、メティーはどこも痛くない?」
「……ん? なんのことー?」
「よかった……大丈夫そうだから気にしないで」
あっくんはどこかホッとしたように微笑む――
(“痛くない?”って――)
あっくんとの寝る前のやり取りが思い起こされ、それはつまり、寝てる間に何かされたって事になる――
「……わたちに――」
「ごめん…………今は何も聞かないで……。時が来たらちゃんと話すから……」
あっくんは哀しげな表情で口を噤んだ。その表情を見たら、何故かしーちゃんの哀しげな表情と重なり勝手に涙がポロポロ零れた――
「え……メティー?」
「っ……あっくんも……しーちゃんみたく……だまってどっか……いっちゃうの? わたち……あっくんにきらわれりゅこと……しちゃった?」
内心自分でも何を口走ってるんだと思うぐらい、しーちゃんの事を未だに気にしてトラウマになってるんだと再認識する――
「っ……僕がメティーの事嫌うわけないでしょ?」
あっくんはそう言って、私を宥めるように優しく抱きしめてくれたけど、一向に私が泣き止む気配のないのを見かねてこう囁いた――
「……メティー……シアに会いたい?」
「……え?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アビス様が来た翌日、サンセはチラチラとメティーの部屋のドアを眺めていた――
(昨夜からドアが開いた気配はなかった……アビス様は一晩中ずっと部屋の中に?――)
その後、朝食の時間になっても開くことのないドアに、僕は仕方ないと理由を付けてメティーを呼びに行くと、部屋の中に気配を感じなかった――
「っ! メティー!?」
慌ててドアを開けると、部屋の中はもぬけの殻だった――
「そ、んな……」
動揺のあまり目の前が暗くなっていく――
僕が起きて部屋の前を通った時は、寝てるであろうと深く気にもしてなかった為、いつから居ないのか定かではない――
(まさか、アビス様が裏切ってメティーを研究所へ? いや、アビス様はメティーに害ある事はしないはずだ……。だからって勝手にいなくなる?)
僕はそう苛立つと、昨日のメティーのほっぺにキスをしたアビス様が頭に浮かび、余計に苛立ちが増した――
(っ……思い出したくもないのに……こんな時こそ冷静にならないと――)
しばらくして落ち着いた後、僕はカイトとクロウにこの事を伝えると、ふたりも当然驚いた……と言っても、カイトは相変わらずわかりにくい驚き方だけど――
護衛対象がひとりになったわけだから、クロウの事はカイトに任せ、僕はこの機会に一度チョコランタに戻る事にした――
カイトとクロウに、ビターやキールに会って確認する事があると伝え、僕は足早に廃墟を後にすると――
マカダミアの街入口付近でランスとバッタリ鉢合い、戻る場所は同じだからと道中を共にする事になった――
次回、アビスがロイドに頼まれ大臣に届け物!? ロイドは狂気的に嗤い、クロウは嫌な予感で苦しむ!? まだ謎に包まれたアビスとシアの関係性も垣間見える!? メティーとシア再会!?




