第36話 聖なる夜に贖罪の誓い~サンセの過去~①
チョコランタでは16歳で夜会デビューし、その時パートナーになって初めてダンスを踊った者同士が結ばれる可能性が高い――
そんな言い伝えのせいで、日頃の茶会から必死に目当ての相手に媚を売る貴族達が多いのだが、16歳で夜会デビューと言っても誕生日がそれぞれ異なる問題が生じる。
その為、明確には古い文献を参考に“聖なる夜”と呼ばれる日こそ夜会デビューに相応しいと、その年度16歳を迎える者を集めて聖なる夜の冬に行われていた――
一見貴族にしか関係ない行事だが、その日は平民も家族や仲の良い者達で集まり、こじんまりとしたパーティーが家々で行われる――
普段の日と比べて豪華なご馳走を食べたり、大切な人にプレゼントを贈ったりと――
聖なる夜の日は、チョコランタの民達が1番浮かれる日と言えるのだが――
そんな、聖なる夜の当日――
今年16歳のサンセは、城の地下の暗い牢獄の中で過ごして3日目を迎えていた――
サンセは“夜会デビューなのに何を考えてるんだ!”と言う両親の反対の声に耳を傾ける事なく、自ら望んで手枷や足に重りを付けて地下牢に入ったのだ――
サンセが虚ろな眼差しで手枷で繋がれた綺麗な手を眺めた――
(……赤い……)
サンセには1週間前のあの日の血の残像で汚れた手に見えていた――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
聖なる夜の1週間前の朝――
兵士と衛兵で兵舎は少し離れているものの、この時期は早くもどちらの兵舎からもソワソワと浮かれる声が聞こえる中――
今年の春兵士になったサンセは普段と変わらず、兵舎内に貼られた今日の任務内容や組分けの紙を眺めていた――
任務は王族近衛騎士程の実力があれば単独任務の時もあるが、兵士や衛兵は常に誰かと組んで行う――
新人の場合は、例えそれが王族近衛騎士だろうが必ず先輩と組むのが決まりだった。
任務の内容はというと、強さでランク分けされた底辺の兵士の役職、それも16歳の新人となれば、安全な外に出ない街のパトロールといつも決まっていた。
サンセはその兵士達の中では上位の強さという事もあり、治安の悪い貧民街のパトロールを任される事も度々あった――
(今日は貧民街担当か。誰と……ゲッ……今日もうるさいのかな……)
サンセは自分の名前の横に書かれた先輩の名前を見て思わず眉をひそめる――
――ライアン・ホレスト、26歳――
サンセは任務で組む大抵の先輩とは猫をかぶって友好的な関係を築いていたが、その中でも貴族兵(※貴族の衛兵と兵士の総称)の事は嫌いな部類、ライアンは苦手な部類に入った。
「あららー、サンセは“万年衛兵止まり”と一緒かー。ご愁傷さま……まぁ頑張れよー」
「……はい、頑張ります」
サンセに馴れ馴れしく肩を組んで声を掛け去って行ったのは先輩の貴族兵士――
ライアンは貴族兵士達に“万年衛兵止まり”と陰で囁かれていて、人柄は良好なのに王族近衛騎士なる程の強さでは無いと嘲笑う意味の隠し名――
要は平民の癖に兵士より上位職の衛兵で、自分らは兵士だという事への不満の現れだ――
サンセは同じ“貴族兵士”と言えども、そんな彼らと連むことは一切無く、話しかけられても猫をかぶって軽く受け流す程度に距離を置いていた。
(……くだらない……。そんな先輩に勝てない貴族兵士は“万年兵士止まり”って言ってるようなもんなのに……)
サンセは去りゆく先輩貴族兵士の背中を冷ややかな眼差しで眺めて鼻で笑った。
(……ほんとくだらない……。本試験で手を抜かなければその“万年衛兵止まり”と言われる先輩にも余裕で勝てたのに……まあ、それは仕方ないんだけど……)
サンセが手を抜いた理由は、大きく分けてサンセの都合と、カイトの為のふたつがあった――
サンセの都合は、兵士になる事を快く思っていない両親に、ちゃんと勉強と両立していると装う為――
最年少王族近衛騎士の称号による令嬢達の注目を避ける為――
そして、カイトをみんなに馴染ませ、あわよくば令嬢の注目を分散させる為――
そう見せかけつつ、サンセには他にも心に秘めた理由があった。
サンセは日頃のカイトの様子から、父親の事を気にしてるのではと薄々感じていた――
それならば、3人同時に王族近衛騎士になる歴代初というインパクトなら、離れ離れになったカイトの両親の耳にも届くかもしれないと――
(……そのせいで、自分より弱い偉そうな先輩相手に愛想振りまかないといけないっていう、思わぬしわ寄せが来る事までは頭回らなかったな……)
底辺の兵士に、最高位の王族近衛騎士が先輩として付く事はない。
だが、サンセはいつも通りキールに教われる気でいた為、日頃の境遇に甘え過ぎていた自分に呆れつつ、パトロール用の装備(※重い鎧ではなく胸当て等の軽装備と剣)を装着して兵舎を出た――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
毎朝衛兵は朝会がある為、サンセは先に平民街側の城門の前でライアンを待っていた――
「よおサンセ! 今日はよろしくな!」
「……よろしくお願いします。先輩」
ライアンが高めのテンションで声を掛けたのに対し、サンセはペコリと頭を下げて低めのテンションで挨拶して微笑んだ。
「うんうん、礼儀正しいのはいい事だぞー! でも元気ないなあ! 今日は貧民街だから緊張してんのか? 大丈夫! 後輩を守るのが先輩の役目だ! 大舟に乗ったつもりで安心したまえ! ふははははー」
「………………」
ライアンと組む度に必ず言われる口癖と、いつもより異様に高いテンションに、サンセはウンザリ呆れるように押し黙った――
(……先輩も聖なる夜の日間近で浮かれてる? 早くも先が思いやられるんだけど……)
サンセの予想通り、その後もライアンは貧民街までの道すがら、何かとサンセにペラペラと話しかけた。
それは、ライアンと組んだ時の確定事項の宿命で、サンセがライアンを苦手な理由の大半を占めていた――
主な話の内容は、兵士としての心構えや教訓等の仕事関連が1割、貴族兵達の愚痴関連が4割、予定では聖なる夜前後に産まれる我が子が早産だった等のプライベート関連が5割――
つまり、サンセにはどうでもいい話ばかりという事だ――
「いやぁーサンセと組む日はいつも楽しいんだよなー! サンセは他の貴族兵士みたいに生意気に偉ぶらないし、ニコニコして感じ良くて話しやすいし! それに、聞き上手だからついペラペラ喋っちまう!」
(……それは僕が猫かぶってるからで、残念ながら本性は先輩が思うような奴じゃないよ……)
サンセはライアンの素直な称賛に対し、先輩を騙しているようで内心居た堪れなくなりつつも、称賛を喜ぶような愛嬌のある笑顔を浮かべた――
その後もライアンはペラペラと話し続け、勤務地の貧民街に着いても止まる気配はない――
「そういやさ、今年はサンセも聖なる夜に夜会デビューってのするんだろ!? パートナーとか決まってんのか!? やっぱサンセはモテるんだろ!? このこのー教えろよー」
ライアンは平民故に興味津々で、肩を組み揶揄うようにサンセの頬をつついて、質問攻めしてきた。
(……ウザ。先輩酔ってないよね? シラフでこのテンションって……)
サンセは浮かれるライアンに内心苦笑いしつつも、可愛い後輩を演じて困ったように笑みを浮かべた――
「……夜会は出ると思いますけど、パートナーとか別にそんな事どうでもいいじゃ――」
「夜会でダンスした人と将来結ばれるってのにどうでもいいだぁ!? んなわけないだろ!?」
ライアンは、サンセの興味なさげの態度が納得いかないのか、食い気味に反論してきた――
(はぁ……うるさいしめんどくさいし、ほんと疲れる……)
サンセはそんな内心を全く感じさせず、にっこりと微笑んだ。
「……そういうの気にするなんて先輩って案外ロマンチックなんですねー。……僕はむしろ、平民がするパーティーの方が気になりますけど」
「お? 気になるならいくらでも教えてやるぞ! まずは――」
サンセが上手く話題をすり替えると、お喋り好きの血が騒ぐとばかりにライアンがペラペラと話し出すのは、サンセの思惑通りだった――
ライアンが言うサンセの“聞き上手”とは、裏を返せば、自分の事を話さないで済むようにした結果そうなっただけだった――
ライアンの平民の聖なる夜についての話は、サンセは本の知識でだいたい知っている為、軽く聞き流して聞いていた、が――
「――プレゼントと言えば俺も娘に買ったぞー! 予定より早く産まれるせっかちさんで……きっと早く俺に会いたかったんだろうなー」
ふと気付くと、娘の話をメロメロな様子で語るライアンに、サンセは内心苦笑いした。
(……また始まった……子供の話は何回同じ話を聞いたかわかりゃしない……)
サンセはそんな内心を隠し、再び可愛い後輩を演じて笑顔を浮かべる――
「へぇー。プレゼント何買ったんですか?」
「ふっふっふっ……よくぞ聞いてくれた! じゃじゃーん! 聖女誕生祭の時期を過ぎて安く負けてもらったメシア様モデルの逸品だー!」
サンセが“メシア様モデル”という言葉にピクッと反応したものの、ライアンが自慢気にサンセの前に差し出したのは、プレゼント用のラッピングがされた小さな箱だった――
(じゃじゃーんって言われても見えないし……どう反応しろと? てか、何で職務中にプレゼント持ってきてるんだか……)
サンセの困惑をよそに、ライアンは早く渡したくてしょうがないという浮かれた様子が表情から見て取れた。
(……先輩わかりやすすぎ……。大切な物だから肌身離さず持っていたい気持ちもわかるけど、ここは貧民街って事忘れてない?)
サンセの不安はすぐさま現実のものとなり、後方から走ってきた男が勢いよくライアンにぶつかり、男は謝りもせず走り去って行く――
「っ! なんだよあの野郎! ぶつかってきて詫びもなしか!? まあ、貧民街じゃそれが普通――」
「先輩! プレゼントは!?」
「え……あ! っ……ちくしょう……」
ライアンはサンセに言われてプレゼントがない事に気付き、悔しげに拳を握りしめたが、男を追おうとはしなかった――
そんなライアンを見てサンセはすぐ逃げた男を追いかけようとしたが――
「追うな!」
「っ…………何でですか?」
サンセは少し唇を噛み締めた後、スッと感情が消えたように冷静にライアンに尋ねた。
「アイツはたぶん、街の外に根城がある盗賊の一味だ。それは新人兵士の仕事の域じゃない」
「っ……」
ライアンに言われた言葉に、サンセはピクッと身体が反応して黙り込む――
「俺は一旦城に戻って盗賊の事を報告してくるから、サンセは俺が戻るまで平民街の他の組に同行しててくれ……いいな?」
「…………はい」
ライアンはサンセの肩に手を乗せ、サンセの返事に安心したように笑って頷くと、急いで城へと走り出した――
ライアンが走り去った途端、サンセが猫をかぶっていたが故に抑えていた感情が溢れ出した――
それは悔しさなのか、無力な自分への怒りなのか、身体の震えがおさまらず、サンセはその場に立ち尽くした――
(っ……何で……先輩だってほんとは追いたそうな顔しといて――)
『――後輩を守るのが先輩の役目だ!』
『――新人兵士の仕事の域じゃない』
サンセの頭の中に、ライアンに以前から口癖のように言われていた言葉や、さっき言われた事が響いた――
(っ……後輩の……兵士の僕がいるから? っ……僕が試験で本気を出してたら…………追えた?)
サンセの悔しげな表情がスッと感情が消えた真顔になり、その瞳は暗く陰っていく――
「(…………僕は先輩より強い……盗賊なんかに負けない――)」
サンセは暗く濁ったオレンジの瞳でボソリと呟やいたかと思うや即座に走り出した――
それは、ライアンに行けと言われた平民街とは真逆の、街の外へと続く盗賊の男が逃げた方向だった――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サンセは追うタイミングが遅れた事もあり、盗賊の男を見失ってしまったが、感覚を研ぎ澄ませて離れた気配を無我夢中に追いかけた――
追いかけているうちに、自然とサンセの瞳の色は普段の淡いオレンジへと戻っていった――
そして、ついに森の中でその男を視界にとらえ、木陰に隠れ様子を窺うと、その男の奥に更にふたりの男がいるのが見えた――
(……全部で3人か……)
「お頭! お宝盗んできやしたぜ! 案の定、聖なる夜の恋人へのプレゼントを持ってる奴が彷徨いてやした! なんかの逸品だってほざいてたから、中身はきっと大層な宝石でしょうよ」
盗賊の男がヘラヘラと報告した内容に、サンセは呆気にとられた。
(……恋人? あれは子供へのプレゼントなのに……。まさか、勘違いして盗んだ?……まぁ、先輩があれだけ自慢気に話せば遠目から見てれば勘違いもするか……)
お頭と呼ばれた男が、中身が宝石だと期待する汚い笑みを浮かべ、プレゼントの包装をビリビリと破いて箱を開けた――
「っ! 宝石? これのどこが宝石だ!」
盗賊の頭が怒り狂うように中身を乱暴に男へ投げつけた。
「っ……ぬいぐるみ!? そ、そんな!」
盗んだ男は中身を見て驚愕の声を上げる――
(中身はぬいぐるみなのか…………メシア様モデルのぬいぐるみ?……あいつらは必要なさそうだし、それなら返してもらえないかな)
サンセはライアンの言っていた事も過ぎり、まだ見ぬ中身に少しばかりの興味が湧いたが、事態はサンセが軽く思うよりも切迫していた――
盗賊の頭は尚も怒りがおさまらず、ジリジリと男に詰め寄っていく――
(え……こんな些細な事で仲間割れ?)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、城への報告が終わったライアンは、平民街に戻ってサンセを探した、が――
平民街をパトロール中の兵に聞いて回っても、誰もサンセを見ていないと言うばかりだった――
ライアンは最後に見たサンセの様子に違和感を感じていた――
大抵他の者はわかりやすく悔しがったり、不服そうな顔をして反論する声を上げたりと、説得するのに苦労を強いられるのが普通だった――
だが、サンセに至っては冷静で聞き分けが良く、静かな事が逆に異様で引っかかっていた――
(……っ! まさかサンセのやつ――)
ライアンは近くにいたパトロール中の組の兵に言伝ると、すぐさま走り出した――
それは、サンセがいなくなりこれから探しに行く事と、夕方になってもライアンが戻らなければ王族近衛騎士に森にある盗賊の根城に向かうよう要請するものだった――
その組の兵とは、サンセと同じく今年兵士になり、安全な地区を任されていたミスティーのいる組だった――
ミスティーは事態を未だ信じられない様子で呆然と立ち尽くす――
(……サンセットさんが……いない? 盗賊の根城に……ひとりで向かった? っ……なんでそんな無茶を――)
ミスティーはいても立ってもいれず、一緒にいた先輩の制止を聞かずに城の方に向かって走り出した――
(夕方まで待つだなんて……サンセットさんに何かあったらビター様が悲しむでしょ!?)
現在、昼まで数時間もあるのを踏まえると、夕方まで待って戻らない事になれば最悪の事態が想像され、それだけは避けなければと必死に走るミスティーの脳裏に浮かんだのはただひとり――
(ビター様に教えれば夕方まで待たず、すぐに動いてくれるはず――)
次回、逃げた盗賊を追ったサンセは想定外の展開に大ピンチ!? “金色の化け物”の意味が明らかに!? ミスティーからサンセがいないと報告を受けたビターは大層な勘違いをする!?
※アルファポリス版だけこの話の下部におまけ解説付いてます(解説系は好き嫌いが別れる為なろうでは載せない事にしました)




