第35話 醜い僕の執着と厄介な後輩の執着②
スケッチブックを同年代ぐらいの令嬢が受け取ると、その周りを取り囲む様に他の令嬢達も集まった。令嬢が慎重にスケッチブックを開くと、茶会で聞き馴染みのある黄色い歓声があちこちで上がる――
(あれを……マカダミアでも見せるとか……何考えてんの……)
僕は呆れ果て現実逃避のごとく天を仰いだ――
あのスケッチブックの中身――
それは、チョコランタの王族と王族近衛騎士をこよなく愛すランスならではで、ランスはまさに、それらの絵を描く事が趣味だった――
その出来事は、5年前の春に遡る――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
僕がつい最近王族近衛騎士になり、ランスが兵士見習いになって約ひと月が過ぎたとある日――
ランスは休憩時間がもうすぐ終わるというのに準備もせず、熱心に何か書いているのが気になり、僕は声を掛けた。
「ランス、何書いてるの?」
「っ! うわぁ! サ、サンセ様!」
ランスは急に声を掛けられた事に驚き、更にそれが王族近衛騎士である僕だったから余計に驚きも増し、慌てて書いていたものを後ろ手に隠した。
「ま、まさか、サ、サンセ様に名前を知ってもらえてたなんて……ここ光栄っす!」
「え……」
ランスは緊張しながらも目を輝かせて僕を凝視し、僕はその反応に戸惑って言葉に詰まった。
(あー……王族と王族近衛騎士が好き過ぎて面接で熱弁したんだっけ? まさか……まだなって間もない僕もその対象?)
僕は内心苦笑いしつつも表面は爽やかな笑顔を貼り付けた――
「同じ訓練場でひと月も稽古してれば名前くらい知ってて当然じゃないかな?」
「わぁー!………………」
ランスは感激の声を上げたかと思えば、そのままぽっかり口を開けて僕を凝視したまま固まった。
「え? ランス? どうし――」
僕がそう声を掛けた瞬間、ランスは僕を凝視するあまりに指先の力が緩んだのか、後ろ手に隠したものが下に落ちそうになる――
そこは事もあろうか水汲み場のそばで、訓練で熱くなって兵士の誰かが水をかぶったのか、水浸しで土もドロドロだ――
(あぶな――)
僕は咄嗟に体が動いて地面寸前でキャッチする事に成功した。
そして、それがスケッチブックだと認識した際に描いていたものが視界に入った。そこには、まだ記憶に新しい僕とバトスとカイトの3人で話している光景が描かれていて、僕はキャッチした体勢のまま固まった――
(……これ……さっき休憩入る前に少し話してた時の僕ら?)
すると、我に返ったランスが慌ててスケッチブックを取り返そうとしてきたのでサッと避ける。
「わわっ! 返して下さいっす!」
「これ……何で僕らを描いたのかな?」
「そ、それは……えっと……その……」
ランスは口籠もったまま言葉に困った様に考え込んでしまった。
僕らが描かれていて驚きはあったものの、怒る訳でも責める訳でもない、にこやかな笑顔を貼り付けて尋ねたつもりだったけど――
(……よっぽど緊張してる? 醜い僕を敬う必要ないのに……。僕でこの反応じゃ、試験で圧倒的強さで目立ったカイトの前じゃどうなるんだか……にしても――)
ランスの返事を待つ間に再び絵に視線を落とすと、バトスのバカっぽい笑い方も、無関心の無表情でボーッとしてるカイトもそっくりで見事な腕前だと思う――
絵に描かれた僕は、バトスに呆れた視線を送っていて、それは僕の本性の腹黒さが少し滲み出た表情だった――
(……確かにバトス達の前では素に近いけど……それだけ気が緩んでるって事か……。気をつけないと……)
そう思いながら再びランスに視線を戻すと、ランスはキラキラと目を輝かせて僕を見ていて、僕は無意識に1歩後退る――
(え……何?)
「サンセ様! 今のサンセ様と、さっきのサンセ様の絵を書いてもいいでしょうっすか!?」
「は?」
ランスの無理に敬語にした変な言葉使いの突拍子もない発言に、思わず僕は猫をかぶらず返事をしてしまった――
「その時の光景は俺の脳内にインプットしてあるっすから、モデルになるお時間をもらわなくともふたつ共描けるっすです!」
ランスは僕の不安をよそに、変な言葉使いのままペラペラと話したかと思えば、今度は唐突に目を閉じ、絵の構想を脳内でしているのかヘラヘラと不気味な笑顔を浮かべている――
(……脳内インプットって……。てか、僕が許可出さずともこっそり描く気満々って顔してるし。そもそも、今とさっきの僕って?……もしかして、さっき固まってずっとこっち見てた時の事?)
僕はにこやかな笑顔を貼り付けて考えているつもりだったが、正直ちゃんと貼り付けられていたか自信がない――
「(……うわぁ……)」
何故なら、僕はランスに聞こえないぐらいの小声で、無感情の棒読みの叫びを零す程にドン引きしていたのだから――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(……よりによって変な事思い出した……)
現実逃避で思い返してしまった過去に、思わず苦虫を噛み潰したような顔になる――
これこそが、ランスが変人と言われる発端の出来事のひとつ――
誤解がないように言うと、絵を描きたいと思う程の憧れを向ける事自体はドン引きしないし、みんなは嬉しいと思ってると思う。
要は、“隙あらばどこでも絵を描く事”や、更にのちに判明した“絵を描く為の対象への追跡癖”が問題で、それが変人の由縁とも言える――
でも、あんな事件を起こした醜い僕には、ランスの憧れの視線は苦痛でしかなく、いっその事本性を晒せばランスの憧れ対象から外れるかと、僕の本性を見せたのが間違いだった――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――ウザイんだけど。僕はランスに憧れられるような奴じゃないし、いつもジロジロ見られていい迷惑。……金輪際やめてくれる?」
いつも誰に対してもにこやかに笑う僕しか知らないランスは、冷たい目で睨みつけた別人のような僕を見て、最初は当然ポッカリ口を開けてマヌケ顔で驚いていた、が――
「っ……かっけーっす! それが仕事時のサンセ様なんっすね!?」
「は?」
「いつもニコニコ優しいサンセ様が悪人とどう接してるのか謎だったっすけど、これなら悪人もビビるの納得っす! 今のサンセ様の絵も描きた――」
「だから! さっきやめろって言ったよね?」
「……あ、今のサンセ様はお仕事用っすもんね……絵に描いたら有難みが減っちゃうっすもんね……わかったっす! 今のサンセ様描くのは我慢するっす!」
(……いや、そうじゃない……)
ランスは変な解釈で誤解したまま話を進めていき、それを訂正するのも余計な労力を取られそうで、僕は反論する気力も失せた――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それ以降、僕がキツめの本性で接しても、ランスはめげるどころかむしろ喜んでしぶとい――
(ほんと……厄介な後輩だよ……)
「――ランス君! この絵欲し――」
「ダメっす」
「お金なら払うから――」
「いくら高値を言われても売る気はないっすから」
再び聞こえてきた会話は、マカダミアでもランスの絵が人気だとわかる内容だった。
ランスの絵はチョコランタでも評判で、度々声を掛けられていると兵士達から聞いた事がある。
それでも、ランスは同様に頑なに断っていたらしいから――
(その意志は評価するけど……。そもそも、不特定多数の人に見せる事をやめて欲しいんだけど)
僕らの場合、絵姿が広まれば情報収集に支障が出る。それはランスもわかってるはずなのに――
「――じゃあまた見せに来てね?」
「もちろんっす!」
(……ほんっと有り得ないんだけど。……最初“いつもの”って言われてたから、頻繁に見せに来てたっぽいし。……僕もメティー達と同様で、堂々と出歩けないって思った方がよさそうか……)
かぶっていたマントのフードを更に深めにかぶり直していると、別の令嬢が話の輪に加わった――
「ねえ、私にも見せて」
「あら? あなた今日はお城にお勤めの日って言ってなかった?」
「そうなんだけど……姫様に追い返されちゃって――」
(っ! ティス様にご執心の姫!? 確か歳はティス様より3つ下だったはず……)
僕は貴族の嗜みで詰め込まされた知識を引っ張り出しつつ、思いがけない城内部の情報に聞き耳を立てる――
「え!? あのワガママ姫様を怒らせたの!? 何やらかしたのよ!?」
「違うわよ! 今日は私、裏の離れの掃除番だったんだけど、部屋に入ったら“綺麗な殿方”が居て、あまりに綺麗な方で少し見とれてたら姫様がちょうど来たの」
(綺麗な殿方って……まさか……ティス様!? クロウの読み通りすでに城に?)
「えーそんなに綺麗な方なら私も見てみたい!」
「それなんだけど……どこかで見た顔だったのよね…………」
そう言って悩ましげな令嬢の視線が輪の中心にあるランスのスケッチブックに注がれた時、令嬢は「あっ!」と声を上げた――
「そうよ! ランス君のスケッチブックの中で見たんだわ!」
令嬢のその発言で、さっきまでヘラヘラしていたランスの表情が真剣な鬼気迫るものへと変わった。それは、ティス様を守りたいと言った約半年前と同じ顔だった――
(え……僕ら以外は留学してるとしか伝えられてないはずなのに……。ランスはティス様の事、何か知ってる?)
令嬢がスケッチブックをパラパラと捲り「あ! この方よ!」と言うと、令嬢達の噂好きに火が着いたようにあちこちで噂話が囁かれる――
「この方……姫様が一目惚れしたっていう――」
「随分と追いかけ回してたらしいじゃない――」
「こんな早い時間からお城にいるって事は、姫様の想いがついに実ったのかしら――」
僕の位置から誰が描かれていたか見えないが、令嬢達の噂の内容や、ランスの真剣な表情が崩れない時点で、自ずとそれは判明した様なものだ――
クロウの話じゃティス様はかなり迷惑してたっぽいから、自らの意思で城に行くとは思えないし、姫の想いが実るとも思えない――
(生きた人間を“操り人形”にだなんて、にわかに信じ難いとは思ってたけど、ティス様が城にいる時点でクロウの話の信憑性が増した事になる……)
僕がそう推測していると、ランスは無言で令嬢に近付き、乱暴にスケッチブックを取り上げた――
先程“大事な物だから丁寧に”と言ったランスとは思えない粗雑な行動に、令嬢達が静まり返ってランスを見つめる――
「あ……いきなりすいませんっす……急ぎの用事あったの思い出したから……もう行くっす」
ランスはそう言って無礼を詫びるように深々と頭を下げたかと思うと、マカダミア城の方向へと走り出した――
「(チッ……あのバカ!)」
僕は小さな舌打ちと共に物陰から飛び出し、ランスを全力で追いかける――
ランスの後ろ姿があの日の僕の行動と重なった――
(そう……あの日の僕は勝手な行動をした。だからあんな事に――)
再び一瞬過ぎったあの日の血の海の光景に、今は亡き先輩の口癖を思い出す――
(……“後輩を守るのが先輩の役目”……でしたっけ?)
脳裏に浮かぶ当時の先輩の面影に向かってそう伝え、ふっと懐かしく微かな笑みが零れた――
先輩の教えをちゃんと守って引き継ぐのも、あの日の償いのひとつ――
(ったく……ランスの奴……追いかけられてたら普通気付くでしょ!? 相当余裕ないらしいね……。こんな時カイトがいればすぐ捕まえられたのに――)
後輩と言えども、ランスも王族近衛騎士の端くれだけあり、走る速度はほぼ互角でなかなか追いつけない――
先程の令嬢達からだいぶ離れたのを確認して僕は大声で叫ぶ――
「ランス!」
僕の声にランスはビクッと反応して足を止めて振り返った。
「え……? サ、サンセ様? ど、どうしてここにいるっす?」
王族近衛騎士の森のパトロール任務では街の中まで入る事はない為、ランスは僕がここに居る状況が飲み込めないのか唖然と立ち尽くしている。
(悪いけどメティーとティス様の任務の事を言えない以上、シラを切らせてもらう……)
「来た事がなかったからどんな所か気になってね……。それより、ランスは今日休みでこっちに来てるんだよね?」
僕がにこやかにシラを切ったあと、低い声で言い放って冷たい眼差しでランスを見据える――
「……そ、そうっすけど……俺、また何かやらかしたっすか?」
それは変人ランスにはお馴染みの本性の僕で、僕が本性を見せる時は大抵がランスを叱る時だったのもあり、ランスはまた怒られると思ってビクビクと怯えながら返事をした。
「心当たりあるんじゃない? 例えば……それとか?」
僕がランスの持っているスケッチブックを視線で促すと、ランスはわかりやすく慌てて後ろ手に隠した。
令嬢から乱暴に取り上げたページのままなのは見てたから知ってる――
「そのページ見せて?」
僕がそう言いながらゆっくりランスに近付くと、ランスはゆっくり後退る――
「……後ろ危ないよ?」
「え?」
ランスが後ろを振り返った瞬間、僕は一気に距離を詰めてスケッチブックを奪い取る――
「あ! 嘘つくなんてずるいっす!」
「嘘じゃないよ? ちゃんと教えてあげたのに……後ろが危ないって」
つまりは、ランスが振り返るとランスの後ろにいるのは僕になるという悪戯――
「っ……だって……前それで信じず後ろ見なくて、俺が水浸しになった事あったじゃないっすか……」
「それは僕を信じないランスが悪いね」
「えー……俺にどうしろっつーんすかぁ……」
ランスが諦めた様にガックリと項垂れ、僕はその隙にスケッチブックを見ると――
そこには思った通りティス様が描かれていた――
現在19歳のティス様にしては、絵のティス様はやや幼い――
(ビターの王位継承と婚姻の催しの際に戻られた当時17歳ティス様を遠目で見たけど……これよりは少し大人びた雰囲気だった気がする……)
恐らく、この絵はランスとティス様がチョコランタに居たのが重なる時期――
ティス様が15歳の時の絵と推測できる――
(……つまり、ランスはそれ以来ティス様に会っていない?)
瞬時に見た光景を“脳内インプット”できるランスなら、最近会っていれば最新のティス様を描きたがる変人なのは知っている――
(だとしたら、なんで――)
「ねえ……ずっと気になってたんだけど、ティス様にそこまで執着するのは何で?」
「っ……言えないっす……」
「それがチョコランタに仇なす疑われる言動だってわかって言ってる?」
「っ! チョコランタに……ティス様に害なすつもりなんてないっす! 信じて欲しいっす……」
さっきまでビクビク怯えていたランスが、必死に訴えかける眼差しで僕を見た――
ランスのその濁りのない綺麗な眼差しも約半年前と変わらず、ランスを信じる以外の選択肢は端からなかった――
「……当然ランスの事は信じてるよ? 僕もビターもね……。ランスが王族近衛騎士になれてるのがその証拠。だから、その信用裏切る事しないでよ。……ティス様の事ビターに命令されてない……そうだよね?」
僕の機嫌が悪いとすぐわかる低い声と冷たい目に、ランスが何も言い返す事も出来ずにビクッと体を震わせた――
ランスが言い返せないのをいい事に、僕は鬱憤を晴らすがごとく尚も捲し立てる――
「……なのに、勝手にひとりでどこ行く気? まさか、ひとりで解決出来ると自惚れてる? ランスの勝手な行動に気付いた先輩がどうするかわかる?……心配で駆けつけるに決まってるでしょ? 先輩であり、仲間なんだからさ……。ランスの勝手な行動は、必然と誰かを巻き込んで自分以外の他の人を危険に晒すかもって……肝に銘じなよ」
それは、僕にとってもどの口が言ってるんだかと耳の痛くなる、あの日の自分に言ってやりたい言葉だった――
「っ……すんませ……した……っ……」
そんな僕の真剣さが伝わったのか、ランスは唇を噛み締め泣きそうな顔で俯き、かろうじて聞こえる声でそう呟いた――
(……命令違反で罪を背負うのは、僕だけでいい――)
次回もサンセ関連ですが、三人称視点で何話かに分けてお送りします!
ついにサンセの過去――当時16歳のあの日の詳細が順を追って明らかになっていく!? 16歳といえばサンセの夜会デビューはどうなった!?




