【番外編】敬愛するあなたへ~ミスティーの過去~③
『――私、王族近衛騎士になりたい!』
ミスティーがそう宣言してから約ひと月――
両親による諦めさせる為の必死の説得は連日連夜続いたが、ミスティーの意志は堅く揺らぐことがなかった。
両親は共に精神的に参り、父親は疲れきったように窶れ、母親は顔色も悪く座っているのもやっとのフラフラ状態だった。
この日の夜は本物の剣を見せての家族会議が始まった――
「……ミスティー。兵に志願するって事は、こんな剣で誰かの命を奪う事があるかもなんだよ? 奪うからには奪われる覚悟もいる……。パパはミスティーにそんな危険な所に行って欲しくない」
「ママもパパと同じ気持ちよ。ミスティーはパパみたいにお城で働く人になればいいじゃない……騎士になって戦うなんて……そんな――」
ミスティーの母親はそこまで言うと、隣りに座る父親に凭れ掛かるように倒れ込んだ。
「「ママ!」」
「おい! 大丈夫か!?……パパはママを休ませて来るから待ってなさい……」
父親はそう言って母親に肩を貸し、痛々しい重い足取りでフラフラと部屋を出て行った――
静まった部屋にミスティーと姉が残され、ミスティーは姉の顔を見る事も出来ず俯いた。
(私の所為でパパとママが……。それでも諦めたくないと思う私は……悪い子?)
ミスティーは両親の具合を悪くさせてしまった事に責任を感じながら思い悩む。
すると、隣りに座った2つ歳上の姉が剣に手を伸ばした。
「……っ……重い。お姉ちゃんでも持てないのに……。お姉ちゃんが大きくなった時でも、きっと持つのがやっとで、振り回すなんて想像もつかないよ……」
(……お姉ちゃんも反対かぁ……。私よりもしっかり者で、何でもそつなくこなす憧れのお姉ちゃん……。私は今、そんなお姉ちゃんでも無理な事をしようとしてるんだ……)
ミスティーは、姉の現実味を帯びた言葉に一気に不安が押し寄せ、俯き黙り込んだ。
「……それでも、ミスティーが頑張るって言うなら、お姉ちゃん協力してあげる」
「…………え?」
ミスティーは姉の言葉に半信半疑に顔を上げると、姉は優しく微笑んだ。
「でも……ミスティーは茶会で体調崩す程身体が弱いから、まずはそこから治さないと! 好き嫌いなく栄養のあるもの食べて体力つけて健康に……それから、騎士になるなら礼儀正しく堂々と話せる自信もつけないと――」
しっかり者な姉の変なスイッチが入ったのか、ミスティーが今すべき課題を早口に述べていく。
「どう? 大変だけど頑張れる?」
「っ……うん!」
(……お姉ちゃんはやっぱりすごい。不安だったけど、憧れのお姉ちゃんに言われた事を頑張れば夢に近付く気がする!)
――その後、戻ってきた父親に当然猛反対されたが、姉の出した条件に渋々従った。
その条件とは“14歳で受ける兵士見習い試験に合格しなければキッパリ諦める”と、いうものだ。
「……ただし、この事はくれぐれも内密に……茶会でも絶対話さない事!」
そう言って父親は真剣な面持ちでミスティーを見つめた。
現状のミスティーでは到底無理だと誰もが思う絶望的な挑戦をする事を知られれば、ミスティーが心無い言葉によって傷付くだろうと思っての事だった。
「わかっ……はい! パ……お父様!」
早速ミスティーは、甘えた子供っぽい所を直そうと、憧れの姉のような“素敵なレディ”の振る舞いを心掛けた。
「とっても元気で可愛らしいからお家ではそれでもいいけど、茶会とかではもう少しお淑やかに微笑むイメージかな?」
「はい! お姉ちゃ……お姉様!」
少しずつ成長していくミスティーの姿を少し寂しげに見つめる父親と姉――(※主に呼ばれ方が変わった事が寂しい)
そんなふたりの思いにミスティーは気付く事はなかった――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日から、ミスティー9歳の過酷な挑戦が始まった。それは、同時に姉の挑戦の始まりでもあった。
ミスティーの食事は、朝昼晩と栄養バランスがしっかり考えられたものを――
その為に、姉は沢山の本を読み漁り、独学で栄養知識を0から学んだ。何でもそつなくこなす姉には、可愛い妹の為を思えば簡単な事だった。
一方、ミスティーは訓練に耐えれる身体になる為に、基礎体力を高める必要がある――
これについては今のミスティーに合った事から始めなければならず、姉の本の知識も当てにならない。
なぜなら、文脈で書かれた運動動作を正確な動きでそのまま再現するのは、運動というものに縁のなかった貴族のお嬢様には無理な話だった。
そこで父親はミスティーを連れ、最年少で王族近衛騎士になったと一躍有名になった人物――キール・クルスナーの下を極秘で訪ね、頭を下げて頼み込んだ。
当時キールは王族近衛騎士の勤めの他に、ビターとサンセの護衛でカイトのいる孤児院に通ったり、お城でビター達に稽古をつけてあげたりと、何かと多忙だった。
それに加え、最年少王族近衛騎士になった事で貴族令嬢達の猛アピールにあい、“貴族令嬢”と聞くだけで身構えるぐらいに苦手意識を持っていた。
だが、キールはミスティーの鋭い目を見て、“貴族のお嬢様の単なるお遊び”ではなく本気だと察した。
単にミスティーは初めて会う男の人に、緊張していただけなのは最早言うまでもない――
キールはミスティーの様子を見て、現状に合ったトレーニングメニューを考案し、月2回ランズベリー邸に顔を出して木剣での軽い手合わせ等をするようになった。
その際、姉も分析するように眺めてミスティーの改善点や、キールに注意されてる部分をメモにとり、今後のトレーニングに活かすという徹底ぶりだ。
最初は緊張で動きが硬くなっていたミスティーも、徐々にキールに打ち解けていった――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トレーニング開始から約4年の月日が経ち、ミスティーは13歳になった――
当初ミスティーは走り込みで邸宅の外周(周囲にバレないように塀の内側)を1周する前にバテてしまったが、今では5周して少し息が切れる程に成長していた。(※およそ1周1kmぐらいで、速さも全力疾走を10としたら7割ぐらいの速さ)
筋力面も、当初腹筋3回から50回を3セットに、腕立て伏せに至っては1回も出来なかったのが、40回を3セットこなすまでになった。
そんな身体の成長も相まって自信も付き、振る舞いも“素敵なレディ”らしくなってきた。
そんな絶好調なミスティーに、茶会で大事件が訪れた――
「ねえ、ちょっと一緒に来てくれない?」
いつも令嬢に群がられている人気者のサンセが、令嬢達を撒いたのか単身でミスティーに声を掛け、人気のない庭へと連れ出したのだ――
(な、なんでサンセが……。私に何の用?)
ミスティーは庭に着いてからというもの、“近付く事勿れ”の教訓に従い、サンセを直視せずに視線を地面に彷徨わせて戸惑っていた。
「――単刀直入に聞くけど、キールと何してるの?」
「……え?」
ミスティーは聞かれた内容にも驚いたが、サンセに少し違和感を感じた。
実際、普段令嬢達の前で優しく微笑むサンセとは思えぬ程、腹黒い微笑みを浮かべていたのだが――
普段ビターばかり見て、サンセの事は遠目でしか見ていなかったミスティーは、その違和感の正体に気付くことはなかった。
ミスティーはサンセの聞きたい事がわかっているものの、茶会ではその事は話してはいけないと言われている手前、言葉に詰まって黙り込んだ。
(そもそも……なんで知ってるの? キール様はバラすような人じゃないし……)
「……知ってる? キールロリコン説」
「へ!?」
ミスティーはキールのイメージとあまりに掛け離れた言葉に、思わず“素敵なレディ”らしからぬ返答をして声も上擦った。
「“月に何度かランズベリー邸に通う……あの令嬢に囲まれたくなくて初の夜会にも出なかったキールが、そっちの趣味に目覚めたらしい”……って、兵士の間で噂になってるの聞いちゃったんだよね……」
サンセが可笑しそうでいてどこか意地悪そうにクスリと微笑む中、ミスティーはまるでハンマーで打ち砕かれる程の衝撃に崩れ落ちそうになるのを何とか堪え、平静を装うにもピクピクと顔が引きつっていた――
(……な、なんて事に……。お世話になってる人に……何より、秘密をちゃんと守ってくれてるキール様に、そんな良からぬ噂が出回る位なら……全部話そう……)
意を決してミスティーは事情を全て話し、キールの潔白を証明すると、サンセは最初は意外そうな顔をしたものの、最後まで口を挟む事なく真面目に聞いていた――
「――なるほど、健気だねー。ビターのそばにずっと居たい為とか」
「へ!? ななな何を急に――」
「今の事情聞く限り、僕にはそう聞こえたけど?」
サンセの口から出てきた言葉に、ミスティーは動揺してみるみる真っ赤な顔になっていく。
「ビターの事好きなんでしょ? じゃなきゃ、そんな苦労する道選ばなくない?」
「っ!」
サンセのダメ押しの“好き”という言葉や、的を得た客観的な意見に、ミスティーの火照って熱くなった頭は混乱していた――
(私がビター様を好き?……そりゃ確かに“好き”は“好き”だけど……私のこの気持ちは――というか、何よりビター様にはお似合いの婚約者がいるのに何を言い出すのサンセは! だから、これは変な意味の“好き”じゃない!……はず……なのに……。客観的に言われると、まるで私が本当にビター様を好きなように聞こえて――)
ミスティーは突如として押し寄せたやり場のない恥ずかしさに、思わずしゃがみこんで顔を伏せた。
サンセがクスリと微笑み、ミスティーに近付き耳打ちする――
「(後、さっきの噂は僕の中だけの噂だから)」
「っ!? なななな……っ……」
ミスティーはサンセに不意に囁かれた事に驚いて耳を押さえながら尻もちをつき、聞き捨てならない内容に唖然と言葉が出てこない――
「…………ど、どういう事?」
「ん? さっきの言い方じゃわかりにくかった? つまりは噂なんかなくて、全部嘘って事」
楽しげにクスリと笑うサンセの姿に、ミスティーは言葉を失いワナワナと怒り震えた。
(嘘で秘密を聞き出すなんて最っ低! サンセ信者絶対騙されてるわ! こんな性格悪い人だったなんて……)
ミスティーは立ち上がり、敵視剥き出しでサンセを睨んだ。
「なんなら、手合わせでもする?」
「誰があなたなんかと!」
「でも……手頃な木の枝も落ちてないし、また今度かな」
「っ! だから! 手合わせなんてしな――」
「あ、聞き出しちゃったからには秘密はちゃんと守るし、協力するから」
ミスティーは売り言葉に買い言葉の要領で、最早“素敵なレディ”ではなく“素の状態”で応えていたが、思わぬ言葉に黙り込んだ。
(え? 案外良い人だったり――っ!)
ミスティーは我に返ってその思考を追い出すように頭を振り、再びサンセを睨んだ。
「……あ、あなたの協力なんて頼んでない!」
「ふっ……面白っ……ビターにもそのぐらいの勢いで声掛けないとまた逃げられちゃうよ?」
「な!?」
サンセの言葉にミスティーは驚いて再び言葉を失った。
(な、何で知って……? そういえば、この人はビター様の友達……っ……つまりは、私の数々の逃げられっぷりを横で見てたかもな訳で……)
ミスティーはビターに話し掛ける際、ビターに声を掛けるだけで精一杯で、横に誰がいたかうろ覚えな程にビターしか見ていなかったのだと、その時やっと自覚した――
ミスティーは真っ赤になって再びしゃがみこんで顔を伏せた。
「……大丈夫?」
「っ! いいからもうあっち行って!」
「……はいはい、嫌われ者の僕はビターの所に行こっかな――」
(っ!……自分はそばにいられていいだろって私への当て付け!?……っ……ずるい……)
サンセが揶揄うようにミスティーのそばを去り、ミスティーはまんまと乗せられるように苛立ちつつも羨ましく思え、余計に対抗意識が湧き上がった――
この日を境にミスティーから見るサンセの印象が、“人気者の近付く事勿れな人”から、“近付く事勿れな要注意人物”へと変わったのだった――
【おまけ会話~ビター&サンセ&バトス~】
ミスティーが遠目からビターを見ていた際のビター達の実際の反応編
※ミスティーの睨みの恐ろしさが少しずつ周知されてきた頃の茶会での一幕
バトス「うわっ! すっげーこっち睨んでる子いる……怖っ!」(※当初から気付いていたビターとサンセに対し、バトスはこの時初めて気付いた)
ビター「……バトス、いいからあんまりあっち見るな」(※男の視線は嫌がられるぞという意味)
サンセ(ふたりともあの視線の違いに気付いてないの? 他の男にはあからさまに嫌そうに睨む感じだけど、ビターにだけは遠目じゃ少しわかりにくいけど頬を染めて睨んでるのに)
サンセがやや呆れ気味の視線でふたりを見て溜息を吐く。
ビ「サンセ? どうした?」
サ「……ううん、何でもないよ」
バ「あ! さては早く飯食べに行きてぇのか!?」
サ「……それはバトスでしょ?」
バ「お! よくわかったな?」
サ(誰だってわかるでしょ)
ビ(誰だってわかるだろ)
バ「調理場行ってちゃんとしたの作ってもらおうぜ?」
ビ「自分の家感覚に言うのやめろ。てか、十分食ってたよな!?」
バ「お茶に合うデザートじゃ食った気しねぇもん」
そんなやりとりの横で、サンセは微笑み顔で聞き流して別の事を考えていた。
サ(ミスティーとミルク様(※①
)も苦労するね。ビターは僕の事はニヤニヤして揶揄うくせに(※②)、自分の事は全然気付かないってさ……。まぁ、あの子等は想い人が実在するだけ僕よりマシか……)
バ「――おい! サンセ聞いてんのか?」
サ「……もちろんちゃんと聞いてるよ?」(※全く聞いてない)
ニコリと爽やかに笑って隠されたサンセの本性を、この時まだ誰も知らない――
――おまけおしまい――
~おまけ補足~
※①“ミルク様”はビターの婚約者の名前。
※②サンセが絵本のメシアを見ている時にビターに揶揄われ、ビターは厄介なビターの両親にも悪気なくその事を伝え、のちに作中でサンセがグレイに揶揄われる事に繋がる。
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次回、いよいよ迎えた試験内容は? ミスティー絡まれる!? ピンチを助けてくれたのは……?
※サンセはミスティーに話し掛ける際、通常の令嬢に対する“優しい微笑みの絶えない接し方”でもなければ、ビター達に対する“あえて気付いてないフリ”もせず、素を晒してます。その理由は次回のおまけSSにて明らかに!?




