第32話 心の異変と不穏な予兆
夕日も沈み夜が訪れたマカダミアの街の外れの廃墟では――
(ん……いい匂い……?)
昼寝をしていたメティーが、夕飯の匂いに反応し、寝ぼけ眼で目が覚めた所だった――
メティーは目を擦りながら起き上がると、薄暗い部屋の隅にサンセが寄りかかっているのを見つけた。
「しゃんしぇ! よくねんねしたー?」
そう言ってサンセに駆け寄ろうとしたものの、起きたばかりだから――
「あ!」
まだ寝ぼけていたのか、足がもつれて転びそうになる――
(痛いのやだーー!)
痛みを覚悟してグッと目を閉じると、ふわりと身体を持ち上げられた。目を開けると、サンセに抱き上げられていると判明した。
「メティーのがまだ眠そうだね?」
「……っ……もう! いじわるー」
サンセにクスクス笑って揶揄われ、頬を膨らませて返事しながらも、その笑顔に少し安心してしまった――
サンセはチョコランタ出発前ぐらいからずっとピリピリムードだった気がする。今思うと、冗談っぽく笑ってた時も作り笑いだったのかもしれない――
そう思う程に、今のサンセの笑った顔はなんだか自然な気がする――
(サンセがちゃんと笑ってる……よかった)
サンセに降ろしてもらって部屋を出ると、カイトもドアを開けてすぐの所に立っていた。
「カイト! ちゃんとねんねしたー?」
「…………うん……さっき……起きた」
(……うん、普段もそうだから寝起きとの区別つかない……)
苦笑いして反応に困っていると、丁度そこへクロウさんが階段を登って来た。
「あ……皆さんお揃いで……。夕飯出来たのでどうぞ召し上がって下さい」
クロウさんは3人の注目を浴びて少し気まずそうにそう伝えて微笑んだ――
――席に着いた私達の前にクロウさんが運んで来た夕飯は、野菜のスープだった。
「またこれだけで申し訳ないです……」
クロウさんはほんとに申し訳なさそうに頭を下げた。
「もう! きにしちゃめなのー!」
「そうだよ。僕らもここで暮らさせて貰うんだし、護衛以外にも買い出しとか行くから」
「っ! おかいもも!」
「……もちろんメティーはクロウと留守番だよ?」
「えぇ~(わたちもいきたかったのに……)」
「ダメに決まってるでしょ……ん? クロウどうしたの?」
サンセは私とサンセのやり取りに唖然と固まっていたクロウさんに声をかけた。
「……えっと……」
「……クロウさ、ちゃんと食べてないでしょ? こんなヒョロヒョロで……肉買ってこないと行けないね。……まぁ、クロウが作ってくれるご飯は美味しいみたいだけど」
サンセは言葉に詰まったクロウさんをフォローするようにあえて追求すること無く話を逸らし、最後にカイトへと視線を移した。
サンセの視線を追うようにカイトを見ると、いつの間にか食べ始めていたのか、すでに空っぽの器になっていた。
「…………あ、おかわり食べます?」
クロウさんは呆気にとられた後、思い出したようにカイトに尋ねると、カイトは黙って頷いて器をクロウさんに渡した。
「あー! カイトじゅるい! わたちもたべりゅー! いただきまーしゅ!」
私はカイトに負けじと、いい匂いのする湯気のたったスープを念入りに息を吹きかけて冷まし、パクリと頬張る。
「っ! おいちー!」
「……皆さんのお口に合ってよかった」
クロウさんの口元が、私の美味しい物を食べた笑顔が伝染するように微笑んだ。
――食事中は最初に疑っていた緊迫感が嘘のような和やかムードに終わり、その後真面目な作戦会議が始まった。
「ティス様は今どこにいるかわかる?」
「恐らく……研究所かと……いや、まさか……」
サンセの質問に対してクロウさんは言葉を濁して俯いた。
「……そのまさかの方はどこ?」
「…………マカダミア城……」
サンセの問答無用の低い声の追求に、クロウさんは声を震わせそう答えた。
私はその震えた声に心配してクロウさんを見つめると、クロウさんは拳を握り締め唇を噛み締めていた。
(……クロウさんまた研究所の人思い出して怖いのかな? それとも怒ってる?)
私は何とかしてあげたくてそっとクロウさんの手に触れると、クロウさんはビクッと反応して強く握っていた拳を開いた。
「……メティー……ありがとう」
クロウさんはそう言ってそのまま開いた掌を私の頭に乗せて撫でてくれて、ドキドキと胸が高鳴って呼吸が苦しくなる感覚に陥る。
(っ……私……なんか変……)
そんな私を他所に、クロウさんはどう伝えるべきか言葉を選ぶように慎重にゆっくりと語り出した。
「……マカダミアの……王女様が……ティスにご執心でね。……よく擦り寄られて……ティスは迷惑していた。……だから……ティスが操り人形状態だと知ったら……放っておかない気がする……」
眼鏡でクロウさんの表情はわからないけれど、声色からほんとにしかねない王女様なんだろう。
“好きな人を思いのままに操れる”なんて、私も背筋がゾワっとした。
「今の話だと、王女様が知ってたら城にいる方が有力候補かな? でも城じゃ僕らは容易に近づけないか……」
サンセは悩ましげに考え込むと、クロウさんも少し考えるように俯いた。
「…………その時はサンセさんとカイトさんは研究所へ向かってくれませんか?」
クロウさんの言葉に、サンセは一瞬目を見開いた後、目を細めて何か考えているのか黙り込んだ。
私はというと、作戦会議が始まってからは邪魔をしないように無言を貫いていた。
なぜならば、お子様故のたどたどしい喋りのせいでシリアスムードが台無しになると自覚していたから――
誰も話さないこの沈黙に耐えられず、サンセとクロウさんを交互にキョロキョロ眺めると、視線に気付いたサンセがクスリと笑った。
(はっ! この動きすら台無しになってる!?)
ひとりショックを受けて呆けていると、サンセは再び真剣に話し出した――
「研究者達の狙いはクロウ……それに神の力……。確かにそのままにしてはおけないか……」
そう言ってサンセは研究所の人達に苛立っているのか拳を握り締めた。
(サンセ、何事もなかったように……! さすがプロ!)
王族近衛騎士として数々の作戦会議をこなして来たであろうサンセに対し、そんなシリアスムード台無しの事を思っていると、再びその場に沈黙が訪れてしまった――
研究所に侵入するいい案を模索しているのだろう。お子様発言で台無しになる自覚はあっても、自分が除け者にされた役立たず感が寂しくてつらい。“神”のくせに守られるだけで何も出来ないもどかしさ――
「……わたちもてつだう!」
自然と私の口から出た言葉に、一斉に怖い視線が向けられた。
「神の力を使えるメティーが捕まったら何されるかわかって言ってる?」
今日1番のサンセの怖い顔……ううん、心配してくれてるとわかる顔で睨まれ、私は言葉を失った。
(わかってる……。きっと森で会ったウサギさんみたいにいろいろ実験される……。でも、何も出来ない役立たずになりたくない……)
私のその思いはサンセにとって迷惑にしかならない事もわかってる――
何も出来ないもどかしい悔しさに私の視界は涙で滲んでいく。
(それでも、私のいない所でサンセ達が怪我したら……出発したら戻ってこないんじゃないかと思うと……怖くて怖くてたまらない……っ……)
滲んだ視界から涙が零れ落ちた。
「……メティー泣かないで……」
そう言ってクロウさんが私の涙を優しく拭ってくれた。それでもどんどん溢れる涙に、クロウさんは困ったような溜息を吐いた。
「……泣き止んでくれないなら、メティーの涙食べちゃおっか?」
(え……食べ……え!?)
クロウさんの顔が間近に迫って来て、私はびっくりして涙が止まると同時に、顔から湯気が出るという言葉の意味をまさに体感して固まってしまった。
「メティー大丈夫? 驚かしてごめんね? 僕も小さい頃にこれやられて泣き止んだ事あったと思っ――」
「クロウ……どういうつもり?」
クロウさんの発言にサンセが背後から割り込み、クロウさんを冷たく睨みつけている。
けれど、私の頭の中はそれどころじゃなかった。
(小さい頃……。そっか……私お子ちゃまだもんね……)
クロウさんは恐らく顔が真っ赤になって固まった私を心配してくれてたのに、子供扱いに何故かショックを受けてる自分がいた――
間近に迫ったクロウさんに心臓がドキドキ高鳴ったのに、今は何だかズキッと胸が痛い――
(私……ほんとに変……)
「――サンセさん! 落ち着いて! 涙を止めたかっただけで……ほんとに舐めてないです!」
呆然と立ち尽くした私の耳に聞こえてきたクロウさんの声にハッと我に返る。
クロウさんを無言で睨みつけるサンセのこの怒りぶりと、クロウさんの今の発言から、サンセのいた位置の角度的に実際舐めたと誤解してるのかもしれない。
サンセのギラついた無言の視線が私へ事実を確認するように移り、私はクロウさんの言ってる事が合ってる意味で必死に何度も頷いた。
「そもそも、サンセさんがメティーを泣かせておいてそのままにする気だったとでも言うんですか!?」
クロウさんに痛い所を突かれ、サンセはやっと冷静になり、クロウさんはホッと胸を撫で下ろした。
その後作戦会議が再開され、話し合いの結果、お城に本当にティスさんがいる核心はないし、研究所にしても闇雲に突っ込むのは危険極まりない――
だから、情報を集めたり、準備をする必要がある――と、至極当然な結論に至った。
(作戦を立てるならまず敵を知れって事ね! 確かにゲームだと強敵と戦う為にレベル上げたり、装備揃えたりするもんね! 私も役に立つ為に強くならないと……)
内なるやる気がメラメラと燃え上がる――
「カイト! わたちに たたかいかた おちえて?」
私がやる気満々に意気込むと、その場の空気がビシッと凍りつき、3人の冷たい視線を浴びて反対されたのは言うまでもない――
サンセからの散々な反対の言葉に拗ねて凹んでいると、クロウさんが私の元へ屈み耳元で囁く――
「(メティーにもちゃんと手伝って欲しいことあるから……手伝ってくれる?)」
「っ!」
私にも手伝える事があるのが嬉しくてクロウさんを見つめると、その口元が優しく微笑む。
クロウさんは私の役に立ちたいけど立てないもどかしい気持ちをわかって言ってくれてる――
それがすごく嬉しくて「うん!」と、満面の笑みで答えたのだった――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ほぼ同時刻の夜半、マカダミア研究所の入口に人影が3つあった。
「知らせたら即馬車を寄越すとは……さすが王女といった所ですねぇ……」
「「…………」」
長い黒髪の男、ロイドが他のふたりを見てニヤリと嗤うも、マントとフードを被ったふたりは黙り込んでいる。
マカダミア研究所の周りは森で囲まれており、研究所から街道まで続く道は馬車で通るには幅も狭く足場も悪い。その為、馬車の待つ街道まで歩いて向かわなければならない――
「……セルフィー、ティスを頼みますよ?」
ロイドが柔らかな言葉と裏腹の冷たい視線でニヤリと嗤う。
「……ええ」
フードを目深く被り口元しか見えないセルフィーと呼ばれた女が、短く返事を済ました。
「任務は送り届ける事だけですが……長居して裏切り者に会っても構いませんよ?」
「……いえ、すぐ戻ります」
「真面目な良い心掛け……実に素晴らしい……。どうやら、いらない心配だったようです」
「……っ……」
ロイドの何か含みのある言動に、セルフィーはグッと拳を握り堪えるように震わせた。
「……行きましょう」
「…………」
セルフィーは、セルフィーの後ろにいた人影――ティスに声をかけると、ティスは黙ってセルフィーの後に続いて歩き出した。
フードを被っていてもティスの綺麗な顔立ちは目を引くものがあるが、その瞳は生気を失っていた――
「……待ちなさい。ついでにもうひとつ頼まれてくれますか?」
ロイドはそう声を掛けてセルフィー達を引き止めると、その目は愉しげに嗤っていた――
【おまけ会話~マカダミア組~】
~省略した夕飯中の4人の会話の一幕~
メティー「しょーいえば、くりょーしゃん なんしゃい?」
サンセ「ティス様と勉学を学んだって言ってたから、ティス様と同い年って事?」
クロウ「あ……はい。19です」
サ「それじゃあちなみに、僕が23で、カイトが21。歳も近いし、別に敬語じゃなくてもいいよ?」
それを聞いてカイトもクロウを見て黙ったまま頷く。
ク「あ……いえ、僕は目上の人にはこれが通常というか……落ち着くんです」
サ「あぁ、なるほど。確かにそういう人もいるね……ん?」
ウズウズと何か言いたげなメティーに気付き、皆の視線がメティーに集まる。
メ「……わたち 3しゃい!」
メティーの満足気な無垢な笑顔にその場が微笑ましい空気に包まれ、その後も和やかな食事の時間を過ごしたのだった――
――おまけおしまい――
次回は前に予告した通り【ミスティー番外編】を三人称視点でお送りします。でも“番外”と言いきれない微妙な立ち位置のお話です(笑)
書きたい事書いてたら、ミスティーのもカイトの番外編のようにいくつかに別れて長くなりそうです(汗)
まずはミスティーとビターの出会い編!?




