【番外編】カイト③
――王族近衛騎士になって初めての仕事が休みの日、僕はあの人の様子をこっそり見に行く事にした。
『親から見たら子供はいつまで経っても子供なんだよ……今でもきっと心配しているさ』
前にブライ様が言ってた言葉が本当なのか……ずっと頭に残っていたから確かめたかった――例えそれで……後悔する事になっても――
――王族近衛騎士になって変わった事が3つある。
ひとつ目は、視線を感じる事。
どこへ移動するにも見張られてるようで落ち着かない。それで、13歳の頃サンセに貰った本に出てくる忍者のように、通路を使わず窓から出て、木や屋根を伝って移動するようになった。
休みの今日も例外ではなく、フードの付いたマントを纏い城下街側の城門へ向かうべく、窓を開けて飛び出した――
――屋根から城門を見下ろすと、早速ふたつ目の変化とも言える問題を見つけた。
それは、令嬢達の僕への関心。
視線を感じる事と通じるものがあるけど、明らかに試験の後から執拗に追いかけて来る人達がいる。だから、常に気配を消して木の上や、屋根の上に居る事が落ち着くようになった。
城から外出する時は門番に伝える決まりがあるから――令嬢達に見つからないように門番に声を掛ける方法を考えないと……。
いくら気配を消そうが視界に入れば見つかるし――どうしたものかと悩んでいたら、突然令嬢達が歓声をあげて騒がしくなった――そっと下を見下ろすと、サンセが令嬢達に囲まれていた。
そのサンセがチラッと屋根の上にいる僕を見て、視線を城門の方へ動かした。
今の内に行けという合図だと気付き、気配を消して令嬢達の背後に飛び降りて門番のもとへ駆け出し――何とか外に出る事が出来た。
サンセが偶然来てくれて助かった。サンセは僕と違って令嬢達に遭遇した後の対処方に慣れてるから、今頃は令嬢達を上手く撒いてるんだろうな……。
――あの人のいる貧民街へ向かうべく、平民達が暮らす城下街を歩いていると、前方から歩いてきたパトロール中の兵士ふたりが僕に気付き声を掛けてきた。
「あ! カイト様!」
「休暇のお出かけですか?」
これが3つ目の変化。
兵士達の態度が変わった事に困惑しながら、僕は黙って頷き返事をした(様呼びされて敬語を使われるの……慣れないな……)
王族近衛騎士が兵士達の中での最上位だからとはいえ、敬語や様呼びする決まりがある訳じゃないのに。
キール曰く「試験であれだけ目立てばしょうがない。皆に強さを認められたと思って諦めるんだな」と笑われたのを思い出した。
キールが最年少王族近衛騎士になった時は一般公開されてないのに、口コミで活躍が広がって注目され大変だったらしいから……僕のもその最年少ってせい?
サンセに試験前呼び止められ「実力を見る試験なんだから、本気で戦うんだよ?」って言われたから本気を出しただけなのに――
話しかけられた兵士達と別れようとした時、別部隊のパトロールの兵士が前方から走って向かって来るのが見え、すかさず兵士が声を掛けた。
「おーい!そんなに急いでどうしたんだ?」
「風で屋根の上に大事な物が飛ばされたらしくて城にハシゴを取りに……って、あぁ!カイト様!」
その兵士は息を整えながら、僕を見るなり大声をあげ、つい身体がビクッと反応する。
そんな大声で名前を呼ばれたら、試験を見に来ていた平民達にもバレてしまう――案の定ザワザワと騒がしくなり、視線が集まってきた。
「カイト様なら屋根の上なんてササッと楽勝ですよね!?」と、期待に満ちた視線で頼まれたら断れない(……解決してすぐ立ち去ろう)
――その現場の民家が見えてくると、走ってきた兵士のペアとなる兵士と、大事な物が飛ばされたという女の人が屋根の上を心配そうに見上げていた。
「おーい!偶然カイト様に会って取って下さるってさ!」
「おお!カイト様!ありがとうございます!」
また大声で……と思いながら、なるべく目立たないように俯く。
「……カイト?」
僕を呼ぶ思わず泣いてしまいそうになる懐かしい声に、瞬時にその呼ばれた方向を見ると――大事な物が飛ばされたという女の人と目が合い、驚いているのか目を見開いて僕だけを見ているようだった。
いつもビター達以外と視線が合うと逸らしたくなるのに、その人の視線からは逸らす事が出来ずに固まっていると――そよそよと風が吹き始めた。
いつまた突風が吹くかもわからない……早く取ってこよう。
僕は力一杯地面を踏み込んで軽やかに高く飛び上がり屋根の上に着地した。
「おお!さすがカイト様だ!」
「カイト様カッコイイ!」
兵士達の大声に、ガヤガヤと野次馬も集まって来た(こんなに目立つつもりなかったのに……)
気を取り直して屋根の上を見回すと、煙突の脇に古びた紙が落ちていた(……これかな?)
拾いあげ、その紙を見て固まった。
綺麗な字で『カイト3歳』と、約13年前の日付けが書かれ、僕の13年前の歳と一致している――裏返すと幼い子供が描いた落書きだった――
ドクンと身体を脈打つ音が、まるでこの絵を――この名前を書いた人を知ってる筈だと告げているかのようだった――まさか……でもそんな筈ない――
「――カイト様ー!ありましたー?」
紙を見たまま固まって動揺していた僕に下から声が掛かり、ハッと我に返る。
――偶然同じ名前の子供なのかもしれない……偶然僕と同い年なのかもしれない……だからこの懐かしさも偶然――そう言い聞かせても動揺が消えない――
屋根の上から飛び降りる際、大きな歓声が上がり注目を浴びているのに、動揺が残ったままの僕には何も聞こえず視線すら気にならない――
「……どうぞ……」と僕が女の人に古びた紙を差し出すと「……ありがとう……ございます……」と、涙を流してお礼を言われた(……どうして……泣いてるの?)
それを見て、兵士達や野次馬の人達も「良かった良かった」と一件落着とばかりに散って行く。
僕も早く行かないとなのに――足が離れたくないと言っているかのように動かない――
「……少し……昔話をしてもいいかしら?」と、女の人が家のドアを開け中へと促す。
普段の僕なら警戒して即断るのに、この人の話を聞きたいと思ってしまい、自然と家の中へと足が動いた。
――家の中へ入ると見覚えがあるような、ないような……不思議な懐かしさと香りがして――昔よく抱きついていた……今では顔も思い出せない人の香りと記憶が蘇ってくる――
「……母さん?」
その呟きと共に自然と涙が頬を伝っていた。
女の人――母さんも僕の言葉にまた涙を流した。
「カイト……ずっと……ずっと会いたかった……」
母さんに泣きながら抱きしめられた――突然で驚いて戸惑ったけど、引き離そうとは思えなかった――
――涙が落ち着いた所で母さんの昔話を聞き、あの真実を知った。
あの人が横領の濡れ衣を着せられたにも関わらず信じて貰えなくて、離婚だと母さんが無理やりじじ様に連れて行かれた事。
それでも母さんは、3年掛けてじじ様を説得して僕らが暮らしたこの家に戻って来た事。
ここに住んでいた父子の事を聞いても誰も行方を知らず、チョコランタにはもういないのかもと途方に暮れながらも働き、お金を貯めて他の国に探しに行くつもりだった事。
(……こんなに探してくれてたんだ……)
――すぐには言葉が出てこなかった。
「……あの人は……貧民街にいるはず……」
僕がやっと伝えた言葉に母さんは驚いていた。貧民街は治安が悪く、そこに踏み入ろうとする物好きはいない恐ろしい場所だ――母さんがそこに探しに行こうとしなくて心底良かったと思う。
「……それでカイトは表情を……っ……大変だったのね……」と、突然泣き崩れた母さんに僕は驚いた。
今の伝え方じゃ誤解させてしまった? 僕はビター達のおかげで平気だから……本当に大変だったのは……あの人だから――ちゃんと全部話すのはあの人に会ってからだ――
母さんにあの人に会いに行って来ると伝えると、母さんも行くと言って、僕が危ないからと言っても聞かず、それなら僕が守ればいいだけかと一緒に行く事にした。
――貧民街入り口まで来た時――
「――頼む! 返してくれ!」と叫ぶ懐かしいあの人の声が聞こえた。
声の方に視線をやると――最後に見た記憶よりも苦労が窺える風貌のあの人が、路地裏通りで5人の如何にも悪そうな人相の男達に囲まれていた。
あの人の窶れた姿を見て、心臓を鷲掴みされたような苦しさと同時に、そんなあの人から奪おうとする男達に怒りが込み上げる。
「……母さんはここに隠れてて」
怯えて震える母さんに物陰を指差しそう伝えると、僕は自然と走り出した――
「財布盗られる方が悪いんだ……よっ!」
男があの人を殴ろうと拳を振りかざし――僕は怒りを堪えてその手首を掴む(堪えなければ……腕を折ってしまいそうだ……)
「何だお前は!」
全員僕に意識が向いたのを確認して掴んだ手を離すと――男達は今度はジリジリと僕に詰め寄ってきた。
「邪魔する奴はやっちまえ!」
指示する奴以外が一斉に向かってきたから――ひとり目を鳩尾を突き動けなくさせ、ふたり目の攻撃をかわしながら手刀で気絶させ、その流れのまま3人目の脇腹に回し蹴りして4人目の方に飛ばし――その4人目も飛ばされてきた奴の直撃で壁まで吹っ飛ばされぐったりした。
(……あれ?……強く蹴りすぎちゃった?……これでも加減したんだけど……)
「な、な、何だお前!……い、今何をした!」
最後のひとりが僅か1秒程の瞬く間の出来事に、怯えて震えながら僕を見た。
(どうやら速すぎて僕が何をしたのかわからなかったみたいだね)
僕が殺気を放ち睨むと「ひっ!」と、そいつは逃げようとするが――当然、僕は逃がすつもりはないから男の腕を掴む。
「ひっ! 悪かった! 悪かったから! 返す! 返すから! だから命だけは! 命だけは!」
怯えながら男に財布を渡された。
(命? 殺気で威嚇しただけなのに……よくわからないけど返してくれたし……いいか)
僕は不思議に思って首を傾げた後「……そう……忘れ物……」と、男の倒れいる仲間達を指差す。
「お、おい! しっかりしろ! 死にたくなかったら起きろ!」
男は慌てて必死に仲間達を揺さぶり起こし――気絶したひとりを担いで逃げて行き、なんとか起きた男の仲間達もフラフラな足取りで逃げて行った。
「――カイト?」
久しぶりにあの人に名前を呼ばれ、僕はビクッとして振り返った。
「あ……あぁ……カイトだ……」
あの人は泣いていた(……どう……して?)
あの人は涙に震えながら僕に手を伸ばし、フラフラした足取りで僕のそばまできたと思ったら、強く引き寄せ抱きしめられた。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
「っ……大きくなったなぁ……あの日から突然いなくなって……ずっと……心配……していた」
あの人は涙を零しながら震える声で話す。
あ……ほんとに心配してくれてた――僕はぼんやりそう思いながら、未だに抱きしめられてる事にどうしていいか戸惑っていた。
「あの頃は……ごめんな……っ……ごめんなぁ……っ」
――何でこの人がこんなに泣いてるのか……謝るのかわからない。僕がちゃんとできなかったから……怒ってたんでしょ? 僕がいない方が……笑えてると思ってたのに――なんで泣いてるの?
――殴られるのは……正直最初は痛かった。
けど、それが唯一僕に触れてくれる時だったから。僕を見てくれる時だったから。
この人の心が……この痛みぐらいに辛いんだと思ったから。
――殴られるのを避けるのは、唯一この人と一緒に遊んでるみたいで――避けれること……ビターがすごいって笑ってくれて……役に立ってよかったと思うのに……っ……。
――なのに僕は今……っ……なんで泣いているんだろう――なんで涙が出たのか……わからない――
「……父さん」
僕が自然と口から零れた言葉に、父さんはまた号泣して僕を更にきつく抱きしめた――
――その後、一部始終見ていた母さんまで号泣しながら駆け寄り、当然父さんは何で母さんがここに居るのか混乱状態に陥る。
――落ち着いて話す為に一旦家に帰ろう……貧民街の家じゃなく……昔3人で暮らした……あの家に――
【おまけの会話~ビター&サンセ~】
※もしこの話をふたりが見たらどんな反応をするか(あくまで客観的に見たのであって、実際にはお互いの気持ちや、カイトに起こった詳細な出来事をふたりは知らないです)
ビター「うわぁ……サンセ最低だな」
サンセ「最低って言い方は心外だなー」
ビ「だって令嬢達をカイトに押し付ける為だろ?どう見たって最低じゃないか」
サ「僕はただ……カイトがもっといろんな人達に馴染むようにしたかっただけで……でもまさかあれ程までの本気で戦うと思ってなくてね……」
ビ「あー……まあな。それに3人いっぺんに王族近衛騎士になるなんて史上初の事だったし、三馬鹿の事知らない奴はいなくなったもんな」
サ「ボソッ(それは思惑通りだったけど……)」
ビ「ん?なんか言ったか?」
サ「ううん、何でもないよ?」ニッコリ
ビ「……その笑顔怪しい……絶対なんか企んでたろ!?」
サ「企むなんて酷いなぁー。お詫びも兼ねてちゃんとカイトを助けてるんだし、酷くないでしょ?」
ビ「お詫び?なるほど、それはやっぱり企んでたと?」ニヤリ
サ「うっ……もういいでしょ!この話はここまで!……いやぁーカイトがお父さんとお母さんに会えて良かった良かった!……って事で僕は任務に戻るよ」
――サンセ逃走――
ビ「おいっ!……ったく。まぁ……ほんと良かったな……カイト」(嬉しそうに微笑む)
――おまけおしまい――
次回は、とある人の怒りが爆発!?




