第18話 記された神は
――どう伝えればいいのかグルグルと思考を巡らせるものの、現に何もわからない事には、わからないとしか言いようもないわけで――
「――ビター……顔怖い。メティーが怯えてる」
そう言って、サンセが私の目線に屈んで頭を撫でてくれた。サンセに言われて、初めて自分がビクビクと怯えたような表情をしていたと気付く。
「……怖がらせて悪い――とりあえず、俺の話を聞いてくれるか?」
ビターさんは、気持ちを静めるように息を吐いて語り始めた。
――ビターさん曰く、王族に代々受け継がれる【伝記】という物があるらしい。絵本【メシアとメシス】のお話よりも、より詳細な事が記されているらしく、その内容は王になる者しか見てはいけない極秘事項なのだという。
その一部を、ビターさんの独断で特別に教えてくれた。
神は眩い光で辺りを照らし、青白い光――【聖なる道】で降り立ち――その姿は、見た目3~4歳ぐらいの白銀の髪と宝石のような青い瞳の幼い女の子だったという事。
「え、光って……3年前の女神誕生祭の日の光の事?」
話の途中でサンセが戸惑いつつビターさんに尋ねると、ビターさんは頷いて答え出した――
「ああ。一部の者しか見てなくて、ひと月もせずに大半の者が光の事を忘れ、聖なる道に至っては神の加護持ちしか見れていない謎の光……だけど、この伝記では両方誰でも見れたと書かれてるんだ」
「え!?」
「……違いはそれだけじゃない、見た目3~4歳の姿という点。でも、メティーは赤ちゃんの姿だったと言ったな?」
視線が再び私に集まり、居心地が悪く思わず俯くと――
「悪い、俺の言い方が悪かった。メティーの言う事を信じてないって事じゃない……この違いが何か関係あるのか気になるだけなんだ」
「……おきたりゃ、あかちゃんでこのしぇかいにいたかりゃ……ほんとに、なにもわかんにゃいの」
「……この世界の事や、神の事を教えてもらったって言ってたもんな……魔法を見て驚いてたようだし、記憶がないって事か?」
ビターさんが、私に憐れみの視線を落とした。
ビターさん達の事は、信用出来ると思ってる。でも、さすがに転生したなんて言えない。この世界に転生者って概念があるのかも謎だし、仮に打ち明けるなら、もう少し様子を見てからの方が無難だと思う。
実際に、前世の私の記憶すら思い出せないわけで、嘘ではないから肯定する意味で頷いた。
「……わからない事は、なんでも聞いてくれていいからね?」
「……しゃんしぇ、ありがとう」
何もわからなくて不安だった。夢で見たあの子に記憶を消されるのが怖かった――話せない事があって後ろめたい程に、優しさが身に染みて泣きそうになるのを堪えて精一杯微笑んだ。
「メティーが寝てたんなら、あの光は無意識化で使われた力だったんだろうな……」
「……ひかりは、わかんないの……」
「意識がなかったんだから、そんな顔しなくていい」
申し訳なく思った顔もビターさんにはやっぱりお見通しだった。少しでも役に立つ為に、答えられる事はせめて嘘偽りなく話そうと決意して頷いた。
「……記憶がなくても、癒しの力や願いの力は使えたのか?」
「なおしゅのは、けがなおちてあげたいっておもったりゃ、できたの……」
「……違いはあれど、今のその姿や神の力を使えてる点から、メシアである事は間違いないか……」
その発言にサンセがジロッとビターさんを見ると、ビターさんは察したように「あー……悪い、疑ってる意味で言ってるんじゃないぞ? 考えを整理してて――」と慌てて弁解された。
サンセがすぐ「だからって、メティーの目の前で誤解招く言い方はないでしょ」と仲良し故の言い合いが始まった。
確かに違いがあるのなら私も気になるし、それだけ真剣に考えてくれてると思うと、むしろありがたいと感謝すべきだよ。
それにしても、ほんとにこの3人は仲良しなんだなぁ(カイトは相変わらず黙ってぼんやりふたりを眺めてるけど)普通は王様にこんな態度とれないもんね?
やり取りをニコニコ楽しんで見ていると、急に爆弾を投げ込まれたようなサンセの言葉が聞こえてきた。
「――大臣はメシス様も探しているんだよ? メシス様の事は記されてないの?」
メシスくんの顔がよぎり、まだそうかはわからないけど、メシスくんも狙われてるかと思うとギュッと心臓が締めつけられるようで苦しい。
――そっか、絵本ではふたりの神の力で【魔法】を授けて、授かった者が後に王になったって話だもんね……利用しようとする人が考えそうな事だ――
「メシスの事は書かれてない。だから、メシアと一緒に降り立ったのか、元から居たのかは謎なんだよな……メティーは何かメシスの手掛かりを知らないか?」
体がビクッと反応し、明らかに驚いて俯き黙り込む私――そんなわかりやすい私の反応に「……会ったのか? どこにいる?」とビターさんに両肩を強く掴まれ、真剣な面持ちで尋ねられた。
ふと、メシスくんの哀しげな微笑みが脳裏に浮かんだ。あの絵本を読めば、メシアとメシスがどれだけお互い大切な存在だったのかわかるのに――異世界転生した私は前世の自分の事も、この世界のメシアの事も覚えてない――メシスくんの事が思い出せなくてほんとに申し訳なくなる。
だから、ビターさんに伝えたら何かわかる? 思い出せる?
そんな微かな希望の光に、私は縋り付く思いで重たい口を開き、メシスくんの事を伝えた――
――16歳ぐらいの少年の姿だけど、白銀の髪と宝石のような赤い瞳で、闇の力を使っていた事。マカダミアの研究所に戻って行った事。『メシスだけど、メシスじゃない』と言っていた事。それでも、私はメシスくんに懐かしさを感じている事を――
「――少年か……とはいえ確かにメシスの特徴で闇の力を使っていたとなるとメシスっぽいけど……メシスじゃない? どういう意味だ?」
ビターさんはブツブツと誰に言うわけでもなくそう呟き、しばらく黙って考え込んでしまった。
サンセはそんなビターさんの言葉に同感のように頷いてから私に視線を移し呟く。
「それに……研究所?……メシス様はなぜあんな所に……」
「しゃんしぇ、しってりゅのー?」
「……うん。出来ることなら、メティーには一生関わって欲しくない最低な奴らがいる……」
サンセの声は怖いと思う程に、その人達の事をよく思っていないとわかる声だった。
ラビくんのお父さんに生物実験して異形生物にしたり、ロウさんの家族も生物実験の末に死んでしまったような口振りだった。ロウさんを異形生物にしたいようにも言っていた――
「うん……ひどいひとだった――」
「会ったの!?」
今度はサンセに両肩を強く掴まれ、真剣な目はみるみると陰って暗いオレンジ色――最初会った時のような怖い印象のサンセになった。
「あ! めてぃしゅくんや、じゅうじんしゃんがまもってくれたかりゃ……ちゃんとかくれてたし、へーきよ?」
誤解がないように慌てて伝えると、サンセは深く息を吐きながら手で陰った目を隠すようにして「……メシア様がご無事で何よりです」と普段より低く感じる声で呟いた。
ほんとにこのサンセは別人のよう。また平気で人を殺してしまいそうな冷酷な印象で、それだけ研究所の人達を許せないと思ってるのかも。
獣人のみんなや、獣達の事を思うと研究所のやっている事は許せないと思う心で――それでも、サンセに人を殺して欲しくないなんて思ってしまう心は、まだ自分がこの世界に順応してない甘い考えなのかな?――




