女は非力?ならば言葉で殴るまで
前世を振り返った時、最も反省したのは己の非力さだった。
女は庇護され、男を立てるもの。
妃教育により弱味を見せない姿勢は学んでいたが、結局は夫となる皇帝を支える一番の臣下としての心構えを刷り込まれただけだった。
どうしてそうなったか。
受け取るばかりで、自ら学ばなかったからだ。
武力は、護身程度しか身につけられない。
貴族の子女に許されているのは、逃走一択。
ならば、今世では学ぶのみである。
「今日は図書室にいくわ。」
「かしこまりました、お嬢様。」
幸い、今はまだ五歳である。
皇太子の婚約者となるのは五年後だ。
それまでに回避する方法を探せばいい。
「それではお嬢様、お茶はこちらに用意させて頂きました。どうか、根は詰めないで下さいませ。」
「もちろんよ。ありがとう、ジル。」
そっと執事が壁に控え、侍女は高い所にある本などを取るため着いてくる。
「あの本と、あの右端の本、あとはなにか法律についての入門書などないかしら。」
「こちらの本ですね、法律については…少々お待ちくださいませ。」
何冊かの本を抱いて机に戻り、ぱらぱらと捲る。
カモフラージュの為に読み書き計算等の本も取ってもらったが、やはり難なく読めた。
前世への確信を持ちながら、しかし五歳の子供が軽々と専門書を読み始めると怪しまれる事を危ぶむ。
その後、部屋へ徐々に運び込まれる専門書の数々を誤魔化すために、年齢相応の物から大衆小説まで収集し、気がつけば読書が趣味となっていた。
前世は皇太子への首ふり人形で、求められた役割をこなす為に刺繍等に励んでいただけであった事に比べると大きな躍進だ。
読書と勉学に没頭し、あっという間に五年の月日が過ぎた。
「お嬢様、今日はもうお休み下さいませ。」
「あら、もうこんな時間。ありがとう。」
侍女から声をかけられ時計を見ると、針はもう頂点を越えようとしていた。
就寝前の紅茶だけお願いし、紙やペンを片付ける。
「もう、この年になったのね…。」
明後日には皇后様主宰のお茶会に招かれている。
皇太子が御年十三歳となり、婚約者を選別する為に開催される茶会である事は周知の事実だ。
「お茶はこちらに。」
「遅くまで悪いわね、いつもありがとう。」
「恐悦でございます。」
無駄に長く婉曲的な物言いが苦手な主人に合わせ、端的に話すようになった侍女を見ながらこの五年を思う。
結局、これといった解決策は見当たらなかった。
どれだけ学を身につけようと、皇族の権力の前には無力である。
ただひとつ、微かな抜け道は見つけた。
何て事はない、先に婚姻を結んでしまうのだ。
貴族にとって、顔も見ずに結婚するなどよくあることだ。
明日、父の学友である侯爵が三人の子息を連れて訪ねてくる。
確か、長男には許嫁がおり、次男と三男は交際している者もおらず婚約もしていない。
次男は十四歳、三男は九歳のため当たり前ともいえるが、そんな事はどうでも良い。
目指すは次男!
後も継げない彼からすればこれとない良縁のはず!
失礼かもしれないけれど、貴族社会は残酷だ。
立場が己を作るのである。
旧交をあたためる父らを除いて、子供のみで行われた昼下がりの茶会。
目の前には戸惑う美青年に、今にも泣きそうな美少年、笑みが堪え切れない様子の美少年がいた。
「いいこと?」
壁に手をつき、泣きそうな美少年を見上げると、それ以上下がりようもないのに後退りしようとする。
「いいことって…それ君にメリットないんじゃ…。」
「私のメリットはさておき、あなたの意志よ。どうなさるの?」
「こ、これ以上ない提案だけど、父上に聞かないと…!」
震える美少年から目を離し、いつの間にかこちらに来ていた父と侯爵の方へ顔だけ向ける。
「ですって、お父様。」
「ミ…ミ…ミリアが、望むならいいぞ。」
「ありがとう、お父様。」
風変わりな令嬢となった後も変わらずに愛してくれている父は、人前にも関わらず泣きそうになっているが構っていられない。
「侯爵様はいかが?」
「…ジョゼフが望むならば、喜んで受けよう。」
「有り難うございます、マザラン侯爵様。」
実質的な権力者である二人を押さえ、再び腕の中の少年を見やる。
追い詰められた小鹿に負けず劣らず手足を震わせながらも、決意した表情で私の目を見る。
「分かった…!君との婚姻を結ぼう!」
なにか言葉がおかしいような気はしたが、承諾を得られたので良しとし、早速用意していた書類や婚姻届にサインをさせ早馬で提出する。
怒濤の勢いで結ばれる婚姻と少女の手際に唖然とする一同を前に、令嬢は満足気な笑みを溢す。
「次は、目指すは官吏ね!」
「何が!!?」
残り2ページほどで終わります(仮)!
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