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21  作者: 吹田栞
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第九章 9

 さすがに二時間半で十七年間を埋めることができなかったが、今までより心の距離は縮まったと思う。こんなに楽しいと思えたのはいつぶりだろうか。少なくとも、行列に並んでる時では一番楽しかった。普段特に何もない日常の先に、光が差し込んでいる。大袈裟だけど少しだけ、そう思えた。


「大変長らくお待たせいたしました! お席をご案内いたします!」


 先程の店員さんが、そんな時間に終わりを告げた。僕は一瞬、ちょっと待って、と思ってしまった。違う、僕たちはお好み焼きを食べに来たんだ。そんな間違いする奴なんて僕くらいじゃないかと、一人でプチパニックを起こしていると、栞が返答した。


「ごめんなさい、もう少し待っててもらっていいですか?」


「お好み焼き食べに来たのにそれ言ってどうするんだよ」


 先程の恥ずかしい自分は奥底にしまって、栞に軽く突っ込んだ。でも心の中は、変なところまで通じ合ってることに安心した。それではっとした栞は、店員さんに頭を下げて謝罪をした。店員さんはよくわかっていない様子だったが、すぐに何もなかったように席へと案内してくれた。


 席に着くと店員さんが、注文すると目の前でそのお好み焼きを作ってくれるシステムであることを説明してくれた。その後、この店は魅せることに抜かりがないなと、僕が若輩者ながら関心していると、栞は何の前触れもなくこう言った。


「ね、あのさ、私、今回の目的が修学旅行の下見って言ったじゃん?」


「うん、言ってたね。本当ハチャメチャだよ」


「それ、実はちょっと嘘だったんだ」


「え?」


 僕はこれ以上のハチャメチャなことを言われたら、どんなリアクションを取っていいかさっぱりわからず身構えていた。何かもっととんでもない目的のために僕は連れてこられたのではないか......。でも、そんな心配は幸運にも杞憂に終わった。


「実は下見、じゃなくて二人だけの修学旅行に行きたかったの」


「......というと?」


 先程の心配が不要になったことはうれしかったが、リアクションの持ち合わせがないことに変わりはない。僕は詳細を尋ねた。


「修学旅行ってさ、確かに学校の中で一番楽しい行事だし、もしかしたら一生忘れられない出来事になるかもしれない。でも、それは、学校で仲良い人がいて初めて成立するものだと思うんだよね」


「なんだかそんな言い方だと、栞が学校に友達いないみたいじゃん」


「......うん、いないよ」


「......え?」


 僕は思わぬ地雷を踏んでしまって、無礼な発言を後悔する。最近も後悔したばかりの失敗を繰り返すのは本当に情けない。だがそれより、栞の発言の内容が、信じられなかった。こんなに人間として魅力的なのに、何がいけないんだ。その理由が僕には本当に分からなかった。


「ごめん、そこまで考えていなかった僕が悪かった」


「......なんてね! んなわけないじゃん!」


「え?」


 また栞の罠に引っかかってしまったようだが、今回は罠で本当に良かった。出かかってた冷や汗も止まった。


「友達はちゃんといるよ! ただその友達と離れた班になっちゃってさ、すごくショックでさ。ダメもとで自分が好きに選べる修学旅行ってできないかな...って考えてたら康平君に会ったの」


「なるほど、そう考えるといいタイミングだね」


「本当にそう! 私って昔からラッキーガールだからね! ジャンケンとか負けたことなかったし!」


「お、言ったな? じゃ今ジャンケンしようよ、僕はパーを出すよ」


「そんな揺さぶり通用しないよ! じゃんけんぽん!」


「......今はラッキーガールじゃなかったみたいだね」


「む、昔は揺さぶりなかったし......」


「はは」


 子供のように拗ねる栞は、気持ちを入れ替えてさっきの話の続きを話し始めた。僕は黙って聞き役に徹した。


「多分、修学旅行だったら今日みたいな体験はできなかった。修学旅行だったら、戦争の体験とか見たりしても、自分の世界に起きていたことだと思えなかった。だから他人事だと思っちゃって、悲しいとか辛いみたいなことしか考えられなかったと思う。そして、すぐに忘れてしまう記憶になっていたと思うんだ。


 だけど、今日は違う。きっと一生残る体験だったと思う。初めて写真の中の世界を目の前に感じられたよ。私の目の前でね、泣いている人もいれば、泣くこともできない人、いろんな人がいたんだ。写真が白黒だったから、その世界も白黒だったけど、たぶん本物の世界も白黒だったと思う。あれが没入って言うんだろうね、没入しないと知らなかったと思う。


 でもね、ずっと世界に入っているとすごく怖くなっちゃったんだ。これも今まで知らなかった感覚。たまーに俳優さんが役に入り込むとかあるけど、あれも同じ感覚なのかな。もしそうだったら、私は絶対やりたくない。 ......あ、ごめん、話しすぎちゃったね」


「いや、その話すごく興味があるよ、栞の話したいこと全部話して」


「わかった。じゃあなんで私が絶対やりたくないかから教えるね、それは」


「お待たせしました、お客様のお好み焼きが出来上がりましたよ」


 本当にいいところで、メインディッシュが来てしまった。いや、だから、来てしまったではないんだけど。目の前に出されたお好み焼きは、もはや美しいほど輝いていて、鰹節もお好み焼きの上でいつもの三倍くらいキレのある踊りを見せていた。自分でもよくわからないことを言っているが、それくらいの高揚感があった。


「それじゃ、さっきの話はあとでしてあげるね」


「そうだね、今だったら多分頭に入らないと思う」


「それじゃ、いただきます!」


「いただきます」


 僕は優れたコメンテーターなどではないから、あまり気の利いたこととか、興味をそそるようなコメントはできない。だが確かに言えることは、こんなにおいしいお好み焼きは食べたことがなかったということだ。

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