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21  作者: 吹田栞
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第七章 7

 先程まで、感受性の高さが故に泣き出してしまった少女は、これまでとは別人のように、僕の目の前でソフトクリームを二つ同時に食べていた。


「その、おなか壊したりしないの?」

「平気平気! 私いつもこれくらい食べちゃうし!」


 僕の心配をよそに、栞はバニラ、チョコレート、バニラ、チョコレートと食べ進める。そのスピードはすさまじくて、僕が一本を食べ進めるより、栞が二本を食べ進めるほうが早い。無理やりフードファイトに付き合わされているような気分だ。


「急がなくて全然大丈夫だよ! 私が食べるの早いだけだから!」


 そう言われたって、気持ちは焦るばかりである。もとはと言えば、栞の気持ちを落ち着かせるために寄ったソフトクリーム屋。時間が進むほど僕の気持ちだけが揺れ動く。そうこうしているうちに、栞のチョコレートソフトクリームがもうあと一口というところまで来てしまった。僕は思わずそれを凝視してしまう。


「あれ、どうしたの?」


 それは栞から見ても、あからさまなものであった。僕は慌てて弁明する。


「いや、ちょっと、栞が食べ進めるのすごく早いなって......」


「ふふ、私には全部お見通しだよ、康平君?」


「え?」


「私があまりにおいしそうにチョコレート食べるから、うらやましくなっちゃったんでしょ?」


「や、ちがうちがう、本当に早いなって思っ」


「素直じゃないな~」


 なぜか栞は、僕のことを幼い子供のように言うことを聞き入れてくれない。しかも僕の発言を遮るほどにだ。こいつ、あからさまに調子に乗っている。


「栞、調子に乗っているといつかばちがあたるよ?」


「またまたそんなこと言っちゃって~、ほらチョコレートあげるよ」


「はいはい、遠慮せずにいただきますよ」


 そして、差し出された少しのソフトクリームとサクサクのコーンをがぶりと.....するはずだった。


 だが、そんなものどこにも存在しない。感じられたのは、歯と歯がかみ合う音、そして目の前の嬉しそうな栞の顔だった。


「ふふ、残念! これは私が食べちゃうよ~」


 そうして、あと少しだったチョコレートソフトクリームは栞が食べきってしまった。別に怒ってるわけじゃない。全然怒っていない。そう、本当に全然怒ってない。僕だって、もう高校二年生の十七歳だ。こんなことで怒るわけない。というか、栞が十七歳とは思えない行動をとるからだ。その思いをいかに効率よく栞に伝えられるか。考えた結果出た言葉は、

「......いつか後悔するよ」

だった。それを見た栞は、わざとらしく頬を膨らませた。そして、天罰はすぐに下った。


「あの......トイレが近くにないか探してくれませんか......」


「ん? もしかしてお腹壊したの?」


「あの、その、すみません......」


「ほら、言わんこっちゃない......」


 栞は、予想通りお腹を壊して、先程とはまた違う地獄を目の当たりにしていた。でも見放すわけはいかないから、辺りを見渡して一緒にトイレを探してあげる。全く、栞の保護者になったような気分だ。そのうちに見つけたトイレに駆け込んで、何とか事なきを得た。意図こそしていなかったが、保護者になってしまったものだから、少し離れた場所まで移動して季節外れのカイロを買っておいた。


「ほら、これ。効くかわからないけど」


「え、ほんと、ありがとう、気が利きますね......」


「まぁ、そんなでもないよ」


 驚きすぎて思わず敬語が飛び出してしまった栞に、少し冷たい反応を取る。わざととかではないけど、訂正する必要もないと思った。少しくらい栞にはお灸を据えたほうがいいだろう。


「あの、恥ずかしいので、見ないでください......」


「いや、言われなくても見ないよ。あと、関元のつぼってとこを意識するといいよ」


「へ?」


「へそから指幅四本下にあるから、そこに」


「そこに貼れば治る?」


「うん」


「なんでそんなこと知ってるの?」


 栞がそう聞くのも仕方ないだろう。普通の男子高校生が、全身のツボを知り尽くす凄腕マッサージ師なわけがない。僕はその理由を伝えた。


「......昔、叔父さんに教えてもらって」


 栞は、ハッとした顔で僕を見る。


「......そっか。その、今更なんだけどさ、こんな時に旅行に来てもらって、ごめんなさい」


「あぁ......まぁ、いいよ。来るって決めたのは僕なんだし」


「私、空気を読む、ってのが本当に苦手で......コミュニケーションが分からなくなる時があるんです、だから......」


 栞は深刻そうにうつむく。


「まぁ、確かに時期は良くないけど、やっぱり来るって言ったのは僕だから、大丈夫だよ、それに......」


✳︎✳︎✳︎


「......というわけなんだ、でもこの時期はやめといたほうがいいでしょ?」


 いつものように、食卓のご飯を食べ進めながら、僕は母に問う。


「まぁね......。なんでその子が康平を誘ってきたかはわからないし......」


「うん、それに、なんか母さん、やっぱりちょっと元気ないよ、だから」


「でも」


 母さんは、そう言って僕の話を遮った。


「でも?」


「女好きの叔父さんだったら、気にせず旅行行ってたかもね?」


「母さん、そういうのじゃなくて」


「母さんのことは心配しなくていいよ。それに、少し一人になってみたいし」


「......本当に? 辛かったら言ってね?」


「分かったよ。でも恋路を邪魔する趣味はないけどね」


「だーかーらー!」


✳︎✳︎✳︎


「まぁ、とにかく大丈夫だ。せっかくの旅行なんだから楽しもうよ」


「あ、ありがとうございます」


「敬語やめた方がいいって言ったのはそっちでしょ?」


「ふふ、そうだったね、ありがと」


「あとさ、僕も嫌だったら注意するけど、気遣わなくていいよ。空気読めないとか、僕もそうだし」


「ほんと?」


「本当だって」


「うれしい!」


「え」


 栞は思わず出た気持ちを、僕に抱きつくことで表現した。僕は想定していなかった事態に、戸惑うことしかできなかった。手をどこに置いたらいいんだろうか、とかそんなことも少し考えていたが、頭の大部分を占めていたのは違うことだった。


 それは、僕の目の前で、忙しなく移りゆく栞の感情。突然現れて消えてゆく、真夏の通り雨のようだった。


 広島は、雨など降る予感さえさせていなかった。

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