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21  作者: 吹田栞
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第五章 5

ぜひご覧ください。

 数時間ばかりの雲の旅を終えて、興奮冷めやらぬ僕は、隣でずっと寝ていた栞の肩を、とんとんたたいて起こす。栞はウトウトして、目をこする。その姿は、エコノミークラスでは考えられないほど高貴であった。麦わら帽子なんて、子どものかぶるものだと思っていたけど、着けているだけで庶民とは一線を画しているような印象を与える。案外侮れないなと思ってしまった。


 栞を起こして、飛行機から降りようとする。でも搭乗していた人は、穏やかに、でも我先にと入口へ進んでいくから、寝ぼけていた栞と飛行機に疎い僕は、最後のほうまで残ってしまった。


「よく眠れたかい?」


「ううん、もっと寝たかった」


「夜寝なよ。ほらいこ。僕行き方わからないけど」


「わかった、ついてきて」


「到着! んー、ここが広島? あまり実感わかないね」


 気の抜けたように栞が言葉を発す。確かにここは広島だ。本当に広島に来てしまったことを実感する。僕はこんな遠くまで旅行に来たことなんて一度もない。ましてや、六日前に初めて知り合った女の子と一緒に。外に出て看板を見ても、スマホを見てGPSに聞いても、この地は広島。信じられない。そんな心配をよそに栞が近づいてきた。


「んじゃ、早く目的地行こっか」


「え、あ、うん」


「もしかして動揺してる?」


「そりゃ、するさ、はじめてだし」


「そうなんだー、私もするけどそれより楽しみが大きいかも。じゃバス乗る?」


「え、うん、そうだけど栞はなんでそんなに落ち着いてるの?」


「だって、動揺している暇あるなら移動したほうがいいんじゃない?」


「そ、そっか」


 分かっていたけど、栞は物怖じしなさすぎる。見ている僕が不安になるほどだ。時々彼女が危ういと思ってしまう。そして僕らは、ある場所への送迎バスに乗り込んだ。広島に来た目的は、その場所に向かうことただ一つだった。


 僕の席は栞の隣で、未だに栞の横顔に慣れていなかったから、窓からの景色はあまり見ることができなかった。バスの行き先は、栞が一番行きたがっていた場所だ。その地には負のイメージが渦巻いていて、でもそれは人々を排斥するようなものでなく、むしろ行かねばならないという使命感さえ思わせる地である。普段能天気な様子を見せている栞が、この場所を選んだことを最初は不思議に思っていたが、今思えばむしろ妥当であるといえよう。そんな考え事をしていると、栞が僕に話しかけてきた。


「見てみて! 結構広島って都会だね!」


「まぁ県庁所在地だし。でも街並みとかは想像したことなかったな。」


 栞は、突然そのトーンを下げて言った。


「本当にここで戦争が起きてたのかな。」


「そうじゃないかな。」


 栞は、何か思い出したように考えこんだ。


「今から見るものも、ここらへんにあったものなのかな。」


「そうだと思うよ、きっとここだって焼け野原だったんだし。」


「あのさ、魂の重さの話、知ってる?」


「え?」


 栞がいきなり突拍子もない話をしてきたから、僕は間抜けな声で答えてしまった。魂の重さ? そんなの考えたこともない。


「もしかして、初めて聞いた?」


 僕が黙ってうなずくと、丁寧に話の続きをしてくれた。


「どっかの研究者が生きている人の体重を測って、何も食べないまま死んじゃっちゃったその人の体重を測ったら、元々の体重から21g痩せてたんだって。


 それで魂が抜けた分の重さが21gだって話なんだ。頭が良くて偉い人たちは血管がどうとかいろいろ言ってるみたいで、きっとそれが本当なんだけどさ。でも、そんなのすぐ信じてたら楽しくないでしょ?


 でも、もし、もし本当に魂が21gで抜けていってたら、どうなるのかなって。ここら辺にも魂がいっぱいあってさ。私のおばぁちゃんとかも魂として存在してて、勝手に消えたりしないはずなんだ。


 死んでしまった人と私みたいに生きている人、何が違うかよくわからなくなるときがある。肉体に含まれている元素をかき集めても、それを人型にうまい具合にくっつけたとしても、それでできるのは所詮気味の悪いマネキンだよ。肉体は何も変わらないのに、でも確かに、人間は存在する。命が存在する。じゃあ、その違いって?


 その違いが魂の存在なのかなって、私思うんだ。」


 栞は神妙そうに、独り言をつぶやくように、そう話した。話しているときは、彼女は別世界にいるようで、話し終えるとすぐに現世に戻ってきたような感じがした。


「ごめんね! なんか落ち込む話しちゃって。」


「ううん、大丈夫だよ。それがもしかして死後の世界の話につながるの?」


「そう! もし魂に重さがあったらそれが行き着く先もきっと存在するはずでしょ? きっと魂の安らぐ場所みたいなのがあるんだよ」


「確かに、それが天国地獄の考え方にあるのかもね」


「かもね。あ、もしそんな世界があったら、魂にも保存則とか成立するのかな」


「難しそうな話、しないでよ。ついていけなくなるから」


「ふふ、ごめんね」


 僕と栞は、これから過去の惨劇を見に行くとは思えないほど明るく、でもその準備をするように、会話をしていた。僕も栞の話を聞いてから広島の栄えた街並みが、過去の残酷な光景を思い出させないようにしていると感じた。


 でも、確かにそれは存在していた。忘れてはならないもの。そして、残すべきもの。広島が、それをちゃんと残して、いつでも見返せるようにしているのと、今の僕らの行いはなんとなく同じような気がした。


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