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21  作者: 吹田栞
4/21

第四章 4

投稿がしばらく遅れてすみません。久しぶりなのであらすじをば。

叔父の葬式で、佐々木康平は上村栞と出会う。二人は急激に仲良くなり、栞に突然の旅行に誘われる。

今回はその旅行が始まるところです。よろしくお願いします。

1.2.3も手直ししたのでもしよろしければよろしくお願いします。

 学校の夏休みが始まった土曜日、いつもなら自分の部屋で本を読んだり音楽を聞いたり夏の暑さに参ったりしていた。こんな暑いのに外に出るなんて愚の骨頂だし、ましてや休みだからって旅行に行くのはただ何者かの掌の上で踊らされているだけで楽しいのだろうかとすら思っていた。いや、今だって思っている。自分がやりたいことくらい、誰にも流されずにやりたい。


 だが、今となってはそんな意気込みも、自分を虚しくするだけ。無理に思える誘いに結局乗ってしまった自分が情けない。空港に来ること自体初めてだったし、そもそもここに来るまでに母に説明するのも大変だった。ことの一部始終を母に説明した後から、母は僕のことをマセガキとして見ている気がする。根拠こそないが、常に見られているような感覚がする。母さんにいくら心配されようが、されまいが、変なことは絶対しないと誓ってもいい。


 しかも、栞にはお金の件は一切心配するな、むしろ出させないと言われてしまった。母も僕もそこまで非常識でないから、断ろうとした。だが、栞はお金はもう払ってしまったものが大半だと言い、一切聞き入れてくれなかった。そこまでして彼女が僕を誘うのは逆に不安である。気があるどうこうの行動ではない。まぁ、不安こそあったが遠い親戚だろうし、お互い悪いことはできないだろう。


 僕は、女性と休日に会う経験さえなかったから、約束の時間の三十分前に到着した。空港の外で待つのもおかしいから、空港の中に入って待つことにした。初めて入る空港は、近未来感があって、ものすごく新鮮だった。でも、新鮮すぎて、飛行機の乗り方もよくわからない僕は、壁に寄りかかってソワソワするくらいしかできなかった。


 約束の時間から一分半遅れて栞が来た。栞は物語に出てくるような優雅な雰囲気で、タッタッと小走りでやってきた。麦わら帽子をかぶったその姿はどこからどう見てもお嬢様そのもので、この旅行にもボディーガードがつくんじゃないかと不安になるほどだった。


「遅れちゃってごめん!」


「ううん、いいよ、気にしないで」


「本当にごめんね、電車遅延しちゃってさ。」


 その格好で電車に乗ったのか。夏休み中の電車に乗るには不相応すぎる格好に、僕は少し笑った。


「というか、康平くんと会うの久しぶりだね! お久しぶり!」


「うん、久しぶりというか会ったのは二回目だし、まだ六日前のことだけどね」


「そうだね! 二回目で旅行ってドキドキするね!」


「誘ったのは栞の方でしょ?」


「そうだけどさ!」


 栞とは毎日連絡をとってはいるが、現実世界でもこんなに話しやすい相手だとは思わなかった。インターネットを介したコミュニケーションと何ら変わらない接しやすさを感じる。その人懐っこさが彼女の長所なんだろう、一人で何かに納得した。


 こうなると尚更、栞が僕と関わりを持って旅行に誘うのが、全くもって理解できない。普通、一度しか会ったことのない異性を、旅行に誘うことなんてあるだろうか。一瞬金目当ても疑ったが、そんなカモに金を払ってまで旅行に連れて行くのは全く筋が通らない。この数日間、ずっと頭の中を占めていた疑問をまた思い浮かべたせいで、ますます頭の中はごちゃごちゃしていった。


 でも一番気になっていたのはそんなことじゃない。僕はその行先をいまだに知られていなかったのだ。


「で、結局行き先はどこなの?」


「ふふふ、それをまだ言ってなかったね? まず今回の旅の目的を発表します!


 今回の目的はね、修学旅行の下見、だよ!」


「え?」


「だーかーら! 修学旅行の下見! なので、まず広島に向かうよ! ほら、いこ!」


「え?」


 僕は強引に手を引かれ、初めての飛行機に乗る手続きを行った。といっても、ほぼ全部栞にやってもらっていたから、何をしていたかとかは全然よくわからない。多分、同じことをもう一回一人でやってみて、と言われても早々にギブアップするだろう。それほど目まぐるしく、場面が変わっていった。


 そして、気づいたら後は機内に乗るだけ、という状況にいた。僕が考えていたことはただ一つ。


 修学旅行に下見って必要なものなのか?


 それだけが頭の中で渦巻いた。渡されたチケットに書かれた席を探すと、エコノミークラスのシートだった。安心した。栞なら、ビジネスクラスを予約しているんじゃないかと疑っていた。飛行機に乗ったことのない僕でも、ビジネスクラスに乗る意味は分かる。ファーストクラスほどでないが、快適な席のことで、芸能人専用シートみたいな、あれだ。一応怖くなって、


「あのさ、エコノミーってリーズナブルな方だよね?」


 と確認をとった。すると栞は、


「うん! あ、でもせっかくの旅行ならビジネスのほうが良かったかな? あ、旅って言った方がよかった?」


 と、同じ手口で僕のことを茶化してきた。だが手に持った黒光りするクレジットカードが、急に説得力を持たせる。普段なら、切れ味鋭いコメントができるんだろうが、人間は想像していないシチュエーションにはめっぽう弱い。結果として僕は、


「や、エコノミーでお願いします」


 としか言えなかった。


 さて、僕には一つ不安なことがあった。栞の金銭感覚だ。別に知ったこっちゃないと言えばそれまでだが、多分金銭感覚が狂っている。平気で他人の分の金を払うし、僕がもし、ビジネスクラスに乗りたいと言ったら、すぐに予約を済ませてしまうところだったはずだ。もしそうだったとしたら、それまでだけで十万円弱は飛んでいってしまうだろう。心配する僕をよそに栞は子どものように空港を歩き回っていた。僕は、不慣れな土地ではぐれたら恥ずかしいので、栞の様子をのぞいていた。


 すると、栞の近くに小さい女の子がいた。落ち着いた桃色に包まれたその子は、やがて栞に近づいて行った。きっと迷子でいたんだろう、栞はすぐその子の元へ向かいしゃがんであげ、その子の頭を撫でてあげていた。僕ならあんな咄嗟に、幼子のためにそこまでの行動取れていただろうか。やはり、育ちが良いということは、人間として立派であることに大きく関係しているんだろう、と他人事のように考えていた。


 すると、突然その子は泣き出してしまった。あのくらいの年齢の子であれば、人見知りして泣いてしまうのも仕方ないだろう。栞もちょっと運が悪かった。そうこうしていると、小さな女の子に駆けよる女性が現れた。母親だろう。


 母親も栞と同じように、自分の娘をなだめてあげている。当然だが、栞と目を合わせ軽い会釈をした。最初は、母親も栞も笑顔で談笑していたようだ。その様子は、第三者の僕から見ても、何とも微笑ましいものであった。変わってはいるが、栞も当然優しい一面を持っていることに安心した。


 だが、突然その様子が変わった。その母親は別人格のように、栞から離れるような動作をとる。そしてついには、栞にお辞儀もせず、娘の手を引っ張りその場を立ち去ってしまった。一瞬とはいえ、迷子を優しく扱っていたお礼もなしに、ひどい態度を取るなんて、非常識な親子もいたもんだ。栞の優しさをドブに突き落とされたようで、見ていた僕まで腹立たしかった。栞は少しの間、その場にしゃがんだまま上を向いて、そのあと立ち上がってこちらに向かってきた。向かってきたときは、僕は栞と目を合わせないように下を向いていた。だが、あまりにかわいそうで、僕も腹が立っていたから、顔を上げた。


「大丈夫だった?」


「うん、なんか何も言わずに行っちゃった」


 栞は少し引きつったように笑う。無理もないだろう。


「あんな人たち、気にしない方がいいよ、行こう」


 栞は少しうなづいた後、伏し目がちにしていた。

 

 それからというものの、初めて乗る飛行機の手続きに戸惑いつつ、栞に助けられながら、なんとか飛行機に乗ることができた。チケットに書かれていたシート番号を見つけると、ほっと胸をなでおろした。だが、席についても、終始ソワソワしてしまう。


 一方の栞は飛行機に慣れているのか、疲れていたのか、席に座りシートベルトを装着すると、すぐ眠ってしまった。頭をこちらによりかけてくるから、嫌でも栞のことが気になってしまう。いつもと違って、鼓動は不規則に乱れ打つ。


 きっと周りから見たら彼氏と彼女に見えてしまうだろう。なんだか少し申し訳なくなった。僕は窓側の座席だったから、右肩に確かに伝わる重量感をそのままにして、ずっと窓の景色を眠ることなく眺めていた。


 次第に姿勢が崩れようとしたので、栞を起こして正しい姿勢で寝かせた。栞の体、特に手に触れてはいけないような気がしてすごくぎこちなく肩を叩いて起こした。


 静かに滑走路の上を動き出す飛行機は、僕ら二人を乗せて飛行準備を整える。十分くらいに感じる三分のあと、飛行機はジェットコースターのように急発進する。こんな挙動を取るなんて知らなかったから、思わず声が出そうになる。だが、周りに人がいたから、必死に口を手で押さえ、僕は人生で初めて空を飛んだ。


 上空から見た景色は本当にきれいで、自分が本当に雲の上にいることを実感させた。このまま墜落しないでくれと心の中で祈りながら、びくびくしながら、自然体の青と白を眺めていた。帰りの景色も何も変わらなかったはずなのに、僕が鮮明に思い出せるのは、行きの景色だけだった。


 帰りの景色で覚えていることは、何もない。


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