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21  作者: 吹田栞
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第一章 1

 数年前に登録されたツイッターのアカウント。ツイートの頻度こそ、三日か四日に一回とそう高くはなかった。だが、その内容は目をそらしたくなるものばかりだった。


「死んだら私はどこに行くの、どこに行けるの」


「私はいつ幸せになるの」


「私の価値っていったい何なの」


 彼女が挙げる写真は、腕に蛇腹模様が増えていく様子のみ。動画はその模様付けの様子のみ。異常そのものだった。


 だが僕は目をそらしてはいけない。


 ある程度まで投稿を遡ると、その内容はどんどんありふれた投稿になっていく。


「高校生活楽しみだな」


「新盤、絶対初回で買わないと!」


 嘘みたいに訪れた平和もつかの間、ひとたびブラウザバックするとすぐに地獄に塗り替えられてしまった。


 この地獄は彼女そのものだ。


 *


 それは叔父さんの葬式の日のことだった。急に訪れた死の悲しみに暮れる僕には目もくれず、空は文字通り雲一つない快晴。その日はいつも通りなら、汗をたくさんかきながら走って家に帰って、シャワーでその汗を流した後、冷蔵庫でキンキンに冷やした炭酸水でも飲みたくなるような、そんな爽やかな日だった。


 叔父さんも、こんな日にみんなとお別れできて幸せなんだろうか。きっと叔父さんなら幸せだと笑いながら言ってくれるだろう。叔父さんの明るい性格と自然体の水色を重ね合わせた。


 だがそんな爽やかな一日も今日は全く違う。叔父さんの寝顔に花を添え、配られた缶の緑茶を飲み、暗いとも明るいとも言えない気分のまま、ただ何も考えていないくせに、物思いに更けるかのように過ごしていた。


 叔父さんは僕に優しくしてくれて、色々なことを教えてくれた。小さい頃シャイだった僕が同級生と遊べなくて寂しそうにしていた時、僕と手を繋いでその同級生のところまでついてきてくれた。友達と喧嘩して、僕はもう本だけが友達だと強がっていた時も、ちゃんと話を聞いてくれた。その友達と仲直りしたときは、いっぱい頭を撫でてくれた。サッカーチームの人数が足りない時は我先に、と付き合ってくれた。でも叔父さんは大人げなくて、ハットトリックを決めてから叔父さんが出禁になってたことは言えなかった。さすがに小さい頃の僕でも、それを伝えるのは酷だと理解していた。叔父さんが妙にきれいなサッカーシューズを手入れしていた時に、幼いながらに心を痛めたのを覚えている。


 父親を早くに亡くした僕にとって、叔父さんが僕の父親だった。叔父さんからの影響で一番大きいのは音楽だろうか。叔父さんは楽器を演奏することはあまりしなかったが、ジャンルを問わず色んな音楽を聞き僕にもいろんな音楽をよく聞かせてくれた。叔父さんは若い頃に流行った音楽や洋楽にも詳しくて、流行に疎い高校生の僕よりも流行の曲に詳しかった。学校で音楽の会話についていけたのも実はおじさんのおかげだった。きっと叔父さんがいなければ今頃僕は若者に人気な曲を見下して、一人で強がってインスト曲でも聞いていただろう。叔父さんのおかげで色々な音楽を聴くことに抵抗がなくなった。


 今、生きている中で叔父さんが教えてくれたことが、自分の中でちゃんと生きている。叔父さんがいなくなっても、叔父さんとの記憶は無くならない。それがほんのちょっとだけ嬉しくなった。その叔父さんが最後にくれたものが、初めての骨拾いの体験と、真白な無機物だったのは本当に寂しかった。


 最後に連絡したのは一か月前だった。今度会ったら一緒にご飯でも行ってまた音楽の話をしようと言っていたばかりだった。自分のことなんて棚に上げて、僕の体調のことばかり心配していた。どうせ近いうちに会えるからと何も言わなかったことにひどく後悔した。


 先週ふと叔父さんのことを思い出した時があった。その時も今日みたいな出来すぎるほどの快晴だった気がする。でも僕は何も気に留めなかった。今更叔父さんにもっと多くのことを教えて欲しかったと考えても遅い。叔父さんの体を焼いたときに発生する、異臭ではないけど二度と嗅ぎたくない匂いが嫌でもそれを乱暴に伝えてきた。


 お骨を拾い叔父さんが箱に入れられると、この中に入っている叔父さんが少し前まで人間だったことなんていよいよ分からなくなってしまう。あんなに明るくて、優しくて、色んなことを教えてくれたあの叔父さんの面影はもうどこにもなかった。変にきらびやかな布に包まれた木箱を見ても、正直これは悪い夢なんじゃないかと考えてしまう。でもその空想は、やっぱり空想のままだとは薄々気付いてはいた。


 人間は大成功して大金持ちになっても、失敗してホームレスとなってしまっても、どちらともいえない平凡な人生を送ってもいずれはこの箱に入って静かになってしまう。人生の中で作り上げたキャリアや功績など関係なく人は死ぬ。そして僕もいずれこの箱に入ることになる。どうせみんなこうなってしまうのに、人は必死に生きている。なんだか必死になっているのが無意味のように思えてしまって、生きる意味とは何だろうって考えてしまう。でも今はそんなことをうじうじ考えてられる状況じゃないから、その時は一旦考えるのをやめた。


 納骨を終え、精進落としの場になって、僕はようやく叔父さんの死を実感し始めた。その時くらいから、それまで気がつかなかった周りの様子がわかり始めた。動揺してひたすらに涙を流す女性。自分だって大変だろうに、みんなにお茶くみしてあげている女性たち。無理して笑うおばあさん。同級生と思われる地元の人間。死ぬことがよく分かってない子供たち。勤めていた会社の上司らしい人に部下らしい人。繋がりすらわからない人もいっぱいいた。


 叔父さんは誰にも壁を作らず、優しく接していたんだろう。その人柄だから、みんな叔父さんのことを偲んでいるのだろう。そう思うと、やっぱり生きる意味はある気がしてきた。いずれ、小さな箱に入ってしまって、時が過ぎて忘れられても、その意味だけはきっと無くならない。また大事なことを叔父さんに教えてもらってしまった。


 ふと、見渡してみると一人、制服姿の女性がいた。制服を着ているのは僕とその人だけで、あとは喪服を着た大人と無邪気な子供たちのみだった。僕はもうやることもなく、時間をただひたすらに持て余していた。持て余していた、というと不謹慎だが、叔父さんを失ったというショックが非常に大きくて一人でいることが得意な僕でも誰かと話していたかった。かといってお母さんもお茶くみに忙しそうだし、お母さんだって弟を急に失って悲しみに暮れていると想像するのは理解に苦しまない。


 それに、女性に対して特に人見知りをするようなタイプではなかった。全く誰のおかげなんだか。同じ年齢くらいの人と、他愛もない話をして気を紛らわせたかった、ただそれだけだった。そしてその子に近づいていった。その子が何をしているかは後ろ姿だけでは判別できない、多分スマートフォンを弄っているか本を読んでいるかだろう。もし彼女が自分の世界に没入してるようだったら話しかけないでおこう。

 もう後五メートルほどのところまで来た。この子が何をしているのだろうと気になって首を少し伸ばして彼女の様子をうかがう。だが、彼女はびっくりするほど何もしていなかった。視線の方向にある時計をただ眺めているように見えた。ここまで非生産的な時間の使い方をする人間を久しぶりに見た気がする。だが、むしろ今ならこちらも話しかけやすい。僕は驚かせないように、その女性の横から挨拶した。


「こんにちは、何されているんですか?」


 僕はそう問いかけると、こちらを振り向いたその子がこう言った。


「いえ何も。あの、死後の世界って信じますか?」


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