第8話 これからの
短いです
空が白み始めた頃。
涙でびちゃびちゃになった布団から顔を離して、さっきまで縋り付いていた腕の持ち主を見やる。
男は気まずくなったのか、う、と声を漏らすと、ぽんっという音をたてて猫に姿を変えた。心なしか垂れ下がっている尻尾をふよふよ揺らし、私の腕に擦り寄ってくる。にゃあ、と鳴いた。機嫌を直せということだろうか。
「…」
無言で上からワシッと猫の首を掴むと、自分の目の高さまで持ち上げてみる。掴まれたときはビクッとしたようだが、今はされるがままだ。ぶらーんと子猫の肢体が揺れる。
目を合わせようと子猫の目を覗き込むが、こいつ視線を合わせようとしない。根性なしめ。
男と同じ金色の瞳。まあ同一人物?が変化してるわけだから、おかしくはないのだけれど。その瞳をじっと見て、口を開く。
「クロ」
きょとんと目を瞬かせる黒猫。
死んでしまったということは、もう私はあの『私』ではないということ。こんな突拍子もない世界に転生してしまったけれど、ここにはあの世界になかった温かさがあった。あの怠惰の中に埋もれてた私が、今はとても生き生きしてる気がする。
「一緒にいてよ」
けれど、この世界で異質なのには変わりない。3歳で19歳並の頭脳。あのまま生きてたら、大学だって行ってたかもしれない。3歳で流暢に話すなんて異質以外の何にでもないから、舌足らずにしゃべって。勉強だって世の中の3歳児がどのくらいのレベルなのか知らなかったけど、足し算引き算が出来るくらいにした。
それでも。
隠しきれない事だってあるんだ。体に染み付いてきた動作なんてとても隠しきれない。現に使用人の何人かは私のことを不気味がっているし、家族だって私が普通とは違うっていうぐらい気づいているだろう。前世の記憶、ましてや異世界の記憶だなんてのを持っているだなんて、告げたとしても気がふれたと思われるか、子供の戯言だろうぐらいにしか周りは受け取らないと思う。
私は全然おかしくなんかないっ!って叫びたかった。
ずっと3年間一人で全部ぶちまけたいのを我慢していたから。
もう甘えても、いいんじゃないかなあ?
「一緒にいてよ」
『私』を返してなんて言わないから。
もう、頑張れるから。
秘密を、共有してください。
「ああ…」
これが、私とクロのはじまり。