第5話 お子様は眠るのがお仕事です
「ルツ様じゃないですか。こんなところに何用で?」
―シュベルツ・パートン…推定20歳前半。
なんでこいつがここにいるんだ。都に行くとか言ってたくせに!都にはここから1週間はかかるんだぞ?予定を変更して戻ってきたのか?
「…なんでせんせいはここにいるの?きのうしゅっぱつしたばかりじゃない」
我が家の家庭教師はモノクルの上にかかった自身のさらさらストレートな銀髪を上品な仕草で横にわけ、口を開いた。
「ちゃんと都には行ってまいりましたよ?移動魔法を使ってですが」
あ、移動魔法を忘れていた。ち。こいつ、移動魔法に強いのか。移動魔法は術をかける人にはあまり負担はない中級魔法だけど、術をかけられた側の生命力をものすごく使うから、あまり使う人はいない。ほとんど虫の息になってしまうのだ。それに耐えうるとは…。ゴキブリ並みの生命力ってやつだな。あなどれん。
「ところで…、どうしてお一人でいらっしゃるんです?アルベルト様はどうしました?」
来た。ここで奴を食い止めなければ、お説教の餌食は兄だ。がんばれ私!
「あにさまは!「ああ、あちらにいらっしゃいましたね」…」
ごめん兄様。私、兄様の役に立てなかったよ…。フォロー?なにそれ美味しいの?
あれだけ賑やかだった市場が、空が赤くなるごとにどんどん人通りも少なくなっていく。
中身は高校生でもこの幼児の体は正直で、歩き回ったおかげで蓄積された疲労が、この幼い体を蝕む。
「んー…」
やっぱりこの体は不便だ。と、目を手でごしごし擦る。ねーむーいー。
そんな私に、兄にねちねちと説教をしていた家庭教師はいち早く気づいた。
「ルツ様?…おつかれですか?」
「ん…」
おつかれなのですよ。
あー、だめだ。もう寝る…。と思ったその時、いきなり私を浮遊感が襲った。持ち上げられたのだ。
「しょうがないですね」
落ちないように慌ててシュベルツの服を掴む。い、いきなり持ち上げるなよ!吃驚したじゃないか。仕返しに肉も掴んでやろうと思ったが、こいつには無駄な肉がなかった。残念。
シュベルツは、私がうまい位置にいくように抱えなおすと、「行きますよ」と兄を伴って屋敷方面へ歩き始めた。
「僕が持つ」
家庭教師に先を越されたアルベルトは、妹を取り返そうと、手を伸ばした。
シュべルツはそれを難無くかわすと、多感なお年頃の少年に言い放つ。
「アルベルト様には無理ですよ。ルツ様も重くなってきましたし、仮に持てたとしても、お屋敷まで運べるのですか?そういう事を言う前に、余裕を持って剣を振り回せるようになって下さい」
兄は貧弱だ。
シュベルツに抱えられたまま、先程の言葉に心を容赦なくえぐられ項垂れている兄を伴って歩きだす。
兄はあまり剣を扱う事に長けていなく、なかなか筋肉がつかない体質らしい。父様が筋肉ムキムキで武芸に長けているので、なおさら劣等感を感じているようだった。いや、だけど、兄様には父様みたいな筋肉馬鹿にならないでほしいぞ。あんなのは家族一人で十分だ。汗臭いし。
「お二人とも、聞いてください」
ぽつり、とシュベルツが言った。
まぶたが落ちようとするのを必死に堪えながら、首を上げる。
ああ、それにしてもこいつも綺麗な顔してるなあ。
切れ長な目。その奥にある瞳は深い蒼で、吸い込まれてしまいそうなほど綺麗だ。さらさらの銀髪を肩の辺りでゆるくしばっており、腰のほうまで届いている。
兄が華やかな美貌とでもいうのなら、こちらは冷ややかとでも言っておこうか。怜悧って感じだ。
「今度からは、お二人だけでの外出は控えて下さい。出かけたいと思ったときは私にご相談を。私がお供をしましょう。―――最近、少々厄介なものがうろついているようです」
その言葉から、何か不穏な気配を感じ取った。