第14話 軋み
えーん、えーん。
どこからか、泣き声が聞こえる。
夜も更け、与えられた部屋で明日の準備を済ませあとは寝るだけとなったギルベルトは、扉の前の気配に剣を取った。
我ながら物騒な癖だとは思うが、この癖のおかげで何度も助かった口なので直す気はさらさらない。
「殿下、王様の侍女が参っております」
「通せ」
入室の許可を出すと、見たことのある侍女が入ってくる。以前王に気に入りだと紹介された侍女だった。
「失礼します。ギルベルト殿下、陛下が内密にお話があるそうでございます」
「・・・・・・・・・陛下が?わかった。すぐに行こう」
夜は早めにご就寝になる陛下にしては珍しい。そう思いながら、侍女の手をかりて手早く身支度をした。
「陛下のご体調は?」
「はい、今日はいつもよりよろしかったようで、さきほどまで執務をなさっておいででした」
今日の午後に王に会ったときには不在だったが、王の傍に大抵は補佐をするべく異母兄レフェントがいる。
王がこの時間まで執務をしていたならおそらく兄もいるだろうと、少し気が沈んだ。
兄レフェントはギルベルトを嫌っている。これは王宮にいれば誰でも知っている話だ。
王太子として兄は大貴族出身の教師たちから何から何まで教えを受けていた。それに対して身分が低い母から生まれたギルベルトは母の意向に従い実力主義の武官たちに教えを受けた。身分差別と言えば簡単だが、ここには文官と武官の激しい対立という背景もあり、いろいろとややこしい。
武官は軍事に携わり、文官は軍事以外の行政事務に携わる。戦をする上でこの両者の連携が必要不可欠になってくるわけだが、実力主義の武官は戦のなんたるかをしらないと文官に怒り、文官はいちいち話につっかかってくると武官に憤る。と、現在はうまくバランスがとれていない。ギルベルトが近衛隊長だったときは文官の筆頭に立つレフェントとの対立の緊張が最高潮にまで達し、ギルベルトは親しくしていた今は亡き公爵に爵位を譲ってもらい隊長の位を降り、それを収めたのである。
はあ、と物思いに耽っていると、いつのまにか目的地に到着していたようで侍女が扉を開けてさっさか進んでいた。急いで追いかける。
なにか少し違和感があったが、すぐに忘れてしまった。
寝室の扉の前で侍女が待っていた。
「どうぞ、お入りください」
それに頷いて部屋に入る。入った途端に長年の勘が叫んだ。これは――――――血臭。
「陛下!?」
反射的に剣を抜いた。
どういうことだ。陛下はご無事なのか!?護衛官は何をしている!とパニックに陥りかけたが、ふと思い至る。――――――護衛官が、いなかった。
最悪の事態を想像してしまった。
扉を開けてすぐの上質の真白であったはずの絨毯は、真っ赤な色に染め上げられている。
その色を辿ると、護衛官が二人倒れていた。もう既に死んでいる。
広い寝室の真ん中にある寝台の近く。そこに3体の死体が転がっている。逸る鼓動を抑え、顔を見ていった。寝台の傍近くでうつ伏せで倒れているのが宰相。寝台に縋るようにして毛布を血の色に染めているのが雑用を引き受ける小姓。もう一人は仰向けで倒れており顔は見えていたため王でないことが分かった。震える手で天蓋をどかす。王は守護の魔法がかかっている。だから、きっと大丈夫。とにかく、王でないことだけを祈った。
しかし、その祈りは神に届かない。
寝台で、虫の標本のように剣で腹を刺し貫かれ事切れている王がいた。
「へい・・・・・・・・・か」
王を殺した剣は、王にのみ受け継がれる守護の魔法を破る唯一の剣。「聖剣」、別名「王殺しの剣」。
呆然とし、愛剣が手からすべり落ちた。カラン、と無機質な音がする。
聖剣は神殿に保管されているはず。普通の暗殺者がおいそれと持ち出せるような物ではない。持ち出せるのは、王の濃い血族のみ。
母上が、死んだ。殺された。―――――――誰に?
「・・・・・・・・・うぐ、ぁっ!」
「!・・・・・・・・・何をしているっ!!」
はっと、悲鳴に思考から引きずり出された。
振り向くと、侍女が、ギルベルトの手から離れた剣で自分の腹を刺している。
そのまま崩れ落ちる。ギルベルトが急いで駆け寄ったが、既に遅かった。
白が赤で染められていく。
ピンと張り詰められた空気の中、ギルベルトは一人立っていた。
生者は、ひとり。
そこで、気づいた。
「・・・・・・・・・兄上・・・っ!」
どたどたと床を踏む音がする。その足音は寝室の扉の前で一度止まると、勢いよく扉を開けた。
何人もの文官と護衛官を引き連れたレフェントは、部屋をぐるりと眺め回すと口を開いた。
「見たか、この惨状を。王は王殺しの剣で殺され、侍女はギルベルトの剣で殺されている。そして、生きている者はただ一人。誰がやったかなど明白だ、なあ弟よ。――――――ギルベルトを、捕縛せよ」