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「最初はとても楽しかった…私も『エタウイ』の大ファンだったからね。だが、1年経った辺りから…苦しくなってきたんだ…」
「………」
「世の中の評価は相変わらず高くて、全く人気に陰りは見えない。もしや…私じゃなくても同じなんじゃないかと思い始めた。一度そう思うと、もう毎日がつらくて仕方ない。それまではそこまでじゃなかった自分オリジナルのマンガを描きたい気持ちも猛烈に湧き上がってきた」
「………」
「私は編集部に『重松要』を辞めたいと申し出た。他の身代わりを捜して欲しいと」
「………」
「彼らの答えは『NO』だった…」
「………」
「それどころか彼らは私をこの地下室に監禁した。どんなことをしてでも『エタウイ』を続けようとしたんだ。彼らは『エタウイ』の産み出す利権に魅入られて、頭がおかしくなってる。『エタウイ』のためなら、何をしても良いと思ってるんだよ!!」
監禁されてる…だと?
確かにこの地下室…扉の鍵…ユニットバス…。
俺はそこで、ようやく先生の足首に金属製の輪がはめられてるのに気づいた。
輪に付けられた鎖がとぐろを巻いてる。
これが床に打ち込まれてるのか?
鎖の長さしか動けない?
ユニットバスには行けるが、部屋の外には出られないのか?
「奴らの法律さえ無視するやり口に私は絶望した…何とかこの状況から脱出したい。それで思いついたのが」
「………」
「『エタウイ』の人気を落とす作戦だよ」
「何だと!?」
俺は思わず大声を出した。
「君がさっき言ってた通りだ。レオンは絶対にそんなことはしないし、そんな台詞は言わない! エリシアも同じだよ!!」
「じゃあ…わざとやってたのか…」
「ああ。最初は編集の奴らにバレるのじゃないのかとヒヤヒヤしてた。でも出来上がったネームを見ても、奴らは何も言わなかった。私は重松先生の右腕的な存在だし、個人的にもかわいがってもらってたから、生前に何かアイディアを聞いたと勝手に思い込んだのかもしれない」
「………」
「私はいくつも人気が落ちる仕掛けをした。読者が読むのを辞めるように仕向けた。人気が落ちればアニメや映画も無くなって『エタウイ』の巨大な利権も消える。そうすれば私は自由になれる」
「………」
「それなのに!!」
先生が鼻血の付いた顔を俺に近づけた。
両眼が血走ってる。
「どうなったと思う!?」
「………」
「何も変わらなかったんだよ!!」
「え…」
俺は呆気に取られた。
変わらなかった…?
「そりゃあ少しはアンケートの順位が落ちたりした。私は効果があったのかと喜んだ…だが、すぐに元に戻るんだ。どういうことか分かるか?」
「………」
俺は答えなかった。
ひとつの考えが頭をよぎりはしたが、口に出すのは恐ろしかったからだ。