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俺は先生の頭を引き上げた。
「い、痛い…」
そう言った先生の鼻から、血が流れ出てる。
ああ!!
しまった、生原稿に飛んでないだろうな!?
良かった、大丈夫だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
先生が叫んだ。
「君の『エタウイ』愛が本物なのは、よく分かった!! ここまでやって来た熱意も素晴らしいと思う!! だが、これには深い事情があるんだ!!」
先生が必死の形相で言った。
今さら何の言い訳だ!?
「とにかく、とにかく私の話を聞いてくれ!! そうすれば納得してもらえるから!!」
先生が続けた。
「エタウイ」をこんな風にしてしまったのを正当化できるとは思えないが、先生の真剣な様子に俺は思わず黙った。
それを自分の要求が受け入れられたと思ったのか、先生がここぞとばかりにまくし立てる。
「まず最初に言っておくが、私は『重松要』じゃない!!」
はあ?
今さら何を…。
「私は『重松要』先生のアシスタントだったんだ!! 本物の先生は3年前に亡くなられてる!!」
3年前…「エタウイ」の画が変化し始めた頃だ…。
「先生は急な病気で亡くなられた…でもその頃には…君も知ってると思うが、すでに『エタウイ』は巨大になりすぎていた。アニメや映画、ゲームまで…いわゆる『エタウイ』マネーはものすごい額だ。もう『エタウイ』は『じゃあ終わりましょう!!』って簡単に言えるようなマンガじゃなくなってたんだ。だから編集部の奴らは…表向きには先生の死を公表せず、代役を仕立てて『エタウイ』を続けようと考えた…」
「………」
「奴らはまず、先生のご遺族に計画について説明した。どんな条件で折り合ったかは知らない。けど両者は何らかの形で合意に至った」
「………」
「そして先生が倒れたときに、たまたまいっしょに居たアシスタントの私に眼を付けた。先生は極度の人嫌いで私以外のアシスタントは全員、近くの別の仕事場で作業していた。だから、先生が倒れた事実を知るのは私と、原稿を持って2つの仕事場を行ったり来たりする編集部の奴らしか居なかったんだ」
「………」
「編集部の奴らは私に先生の身代わりになってくれと頼んだ。国民的人気マンガ『エタウイ』を自分で描けるという魅力、そして奴らの約束した多額の報酬が私の首を縦に振らせた」
「………」
「その日から私は2代目『重松要』になった」
「………」