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episode.4 兎と犬のワルツ ─後編─

それは3メートルほどの巨体だろうか

人間の様に二本の足で立ち、二本の腕が付いている

だが、その体は分厚い筋肉で覆われ

さらにそれをこげ茶色の毛皮が覆っている

首周りと腕の燃え盛る炎のような色合いの飾り毛が目を惹く。


太く逞しい腕には一本の棒が握られている

棒と言っても私からすれば両手で抱えないと持てなさそうなほど

太く長いものだ。


そしてその巨体の上に乗るのは

あらゆる外敵を竦み上がらせるような鋭い目をした

猟犬のような見た目の頭部である。


先程の怪物より大きいその怪物が見据えるのは私の姿

その目には、明確な敵意が宿っている

今更話し合いで済ますことも、謝って見逃してもらうことも

出来るような雰囲気ではない。


だとしたら、斬る

それ以外の選択肢は考えられない。


怪物が先に動く

早い!

が、巨体の分だけか先程の怪物よりはまだ目で追えるスピードだ

振り下ろされた棒を冷静に回避する。


横目で見ると棒が振り下ろされた場所には

舗装された地面であるにも関わらずひびが入っている

あの重さ、あの威力

とても受け切れるものではない。


相手が次の動作に入るより早く

私は懐に潜り込みナイフを一閃させる

怪物の毛を一房切り落とし、その下の皮膚に細い傷を入れる

が、分厚い筋肉に阻まれそこで刃が止まってしまう。


「ちっ。」


舌打ちをしながら一回、二回とバックステップをして距離を取る

小型のナイフではあれにはまともにダメージすら与えられないらしい

少々隙を見せることになるが

もっと切断力の高い武器を生み出さなければ

攻撃すらままならない。


ビルの壁際に置かれていたポリバケツをつま先で引っ掛け蹴り上げる

中のゴミを撒き散らしながら怪物へと飛んで行くポリバケツ

鬱陶しそうに飛んできたそれらを手で振り払う

一瞬でいい、こちらか視線は外れた。


両手に持ったナイフの形成を解除する

ただの魔力の塊に戻ったそれを二つ押し合わせ

さらに魔力を足して天高くへ放り投げる。


「ヴォーパルチェーンソー!」


左回りに華麗に三回転のターン

そしてスカートのすそをつまみ優雅にお辞儀をする

その間に空中では投げられた魔力塊が変貌を遂げる

箱のような形の無骨な本体には前後に二本のハンドルが

本体からは薄い板状のパーツが伸び

その板の縁には無数の小さな刃が並んでいる。


私は軽く跳躍し落ちてきているそれを

空中でくるりと前転しながら受け取る

左手は前ハンドル、右手は後ハンドルへと

右手で本体に装着されたスターターを思いっきり引っ張る。


ギュオオオオォォォォン!


激しい駆動音を撒き散らしながら

無数の刃が板の形に添って高速で回転を始める

着地した私は電動鋸(チェーンソー)を構えて怪物に対峙する。


ちなみに電動鋸ではあるが

電気やガソリンと言った動力は作ることが出来ないため

過分に注ぎ込んだ魔力を消費することで稼動している

とは言え精密な機械であることには変わりない

極力敵の攻撃を受けるのに使うのは避けた方がよさそうだ。


そうなると出来うる限りかちらから仕掛けた方がいい

大きな音を立てて唸る武器を警戒してか

動く様子を見せない相手に向けて

一直線に走って行く。


もう少し軽く作れればよかった

と、思う程度には重量のある電動鋸を持ち上げ

怪物の頭部を目がけて一気に振り下ろす

単純なその一撃は容易く持っていた棒によって阻まれる。


ギギギギギギ・・・・・・


金属同士が擦れ合う嫌な音が鳴り

回転する無数の刃が棒の表面に傷をつける

が、そこまでが精一杯で

棒ごと相手を切断すると言った芸当は出来ない。


ならばと角度を変えながら何度か振るってみる

しかしどの攻撃も棒によって阻まれる

重量がある分素早く振れない電動鋸では

あの防御をかいくぐることは出来ない。


武器の選択を誤ったか

いや、あの巨体を倒すには

これぐらい威力に特化した武器が必要だろう

だとしたらあの防御をいかに突破して

刃を本体に届かせるか。


一度攻撃の手を止めて数歩の距離を空ける

その動きに合わせて今度は相手が距離を詰め

その手に持った棒を振り回す。


横に振るわれた棒を身をかがめて回避

縦に振るわれた棒を半歩体をずらして回避

さらに怪物は棒を振り上げ

慌てて後ろへ跳んで棒の射程から逃れる。


このまま防戦一方では勝ち目がない

だがこちらから仕掛けても防がれる

自分の手の中にある獰猛な唸りを上げる武器を見つめる

この凶器の使い道は、何も斬りかかるだけではない。


腕を曲げて体の脇に寄せるように電動鋸を構える

怪物は荒い息を吐くと

再び棒を振り上げてこちらへ迫って来る。


(今だ。)


私は上半身を傾けて棒による強打を避けつつ

電動鋸を前へと突き出す

無理な体勢からの突きには攻撃と呼べるほどの力が乗らなかった

だが、それでも十分だった

電動鋸の回転はそれ自身を振り回す勢いがなくても

柔らかいものを斬る程度なら問題ないほどの破壊力を秘めていた。


攻撃と呼べるほど勢いもなく出された刃に

振り下ろした腕がかする

僅かにかすめただけであったが

その瞬間に毛皮と皮膚が切り裂かれ

その奥にある血と肉が回転の勢いに巻き込まれ宙を舞う。


「ギャオオォォォッ!」


悲鳴を上げて傷を負った腕をもう片方の手で押さえる怪物

その隙を私は見逃さずに一歩踏み出し電動鋸を振るう

毛皮と血飛沫がさらに飛び散る

たまらず後ろへと下がる怪物

私もそれを追って前へと出る。


しつこく追いすがってくる私を見て怪物が足を止める

そして大きく息を吸い込む

しまった、この動きは

私は相手の狙いを察して咄嗟に耳を押さえて身をかがませる。


「ぐおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」


耳を押さえていても頭に響くような咆哮が放たれる

声と共に吐き出された空気が衝撃波となって前から吹き付ける

耳鳴りと衝撃が相まって立ってすらいられない。


咆哮が止んでもすぐに耳鳴りは治まらない

何とか体勢を立て直そうと顔を上げると

私を見下ろすように怪物が立っている

完全に隙を見せてしまっている

何とかして逃げないと。


立ち上がろうとするが三半規管が狂っていて

よろめいて再び倒れてしまう

そこを容赦なく怪物の腕が襲った。


腕に吹き飛ばされて軽々と体が宙を舞う

さらに、爪による裂傷が体を走る

その前に受けていた傷と合わせて多くの血が流れ落ちる

どさりと音を立てて地面に落ちる体。


(ここで終わるの・・・・・・?)


怪物が近付いてくる足音が聞こえる

ビルの谷間から見えていた真円の月を遮り

大きな影が私を見下ろす

その姿は逆光のせいでとても、暗い

怪物はそのまま左腕を振り上げる

月明かりに反射して、長い爪が煌いた。


私は渾身の力を振り絞って電動鋸を持ち上げる

それと同時に振り下ろされる怪物の左腕

この時、怪物は重大なミスを犯していた

棒を持つ方の腕に傷を負っていたために

正常な何も持っていない手で攻撃を仕掛けた

そしてそれは・・・・・・。


パキンッ


防御のために構えていた電動鋸の回転する刃に触れ

長く鋭い爪が一瞬にして砕けて夜空に舞う

怪物が一瞬動揺する

私はその隙を見逃さなかった。


痛みをこらえて足を振り上げ

それを振り下ろす反動で一気に飛び起きる

痛むが体はまだ動く

どうやら致命的な部位に傷は負ってないみたいだ。


慌てて引こうとした怪物の左腕を目掛けて

電動鋸を振り上げる

手を引くのが動揺の分だけ遅れて腕の一部が刃に触れて裂ける

さらに追い討ち

振り上げたばかりの電動鋸を今度は顔面を目掛けて振り下ろす

怪物が後ろに跳ねた。


後ろに逃げる怪物

それを追う私

さっきと同じ構図だ。


再び怪物が息を吸い込む

このまま突っ込んでは同じ手で迎撃されてしまう

だからこそ。


兎々神殺絶刃うさうさゴッドスカッター!」


放出された魔力が腕を通して電動鋸に流れ込む

そして、回転する無数の刃の外側に

さらにもう一回り巨大な刃を形成する。


「いやぁぁぁぁっ!」


気合を入れて電動鋸を持ち上げ

全身全霊を込めて振り下ろす

その刃は一回り大きくなった分だけ

咆哮をあげる前に怪物の頭に届いた。


毛、頭皮、頭蓋骨

巨大化した刃はあらゆる部位を無慈悲に切断していく

その頭が原型を留めなくなった辺りで

残された首より下の部位がほどけるように消滅し

夜の風に流されていった。


倒した・・・・・・

体力も、気力も、魔力も

どれも使い果たした気がする

だが、何とか勝つことが出来た。


「お願い、死なないで

 私を一人にしないで

 返って来て、もう一度! マイフェイバリットケルベロス!」


怪物を倒して安堵していた私の耳に

叫ぶような声が聞こえて来る

うずくまっていた少女の声だ

それに気付いて少女に近付こうとするのと

周囲の空間から私と少女の間に魔力が集まるのはほぼ同時だった。


さらに少女の体から魔力が立ち上る

それをも吸収して集まった魔力が一瞬膨張したかと思うと

そこには先程と寸分違わぬ姿の犬頭の巨人が立っていた。


「そう。そうだったのね・・・・・・。」


その姿を見て私は呟く

この怪物は魔力で作られている

魔力について詳しくは分からないが

「生き物を作る」そう言った能力もあるのだろう

そしてそれを行使しているのが

あそこでうずくまっている少女だ。


魔力で作られているのならこの怪物を相手にしても何も変わらない

魔力を操っている根本を止めない限りはいつまでも続いてしまう

それならば戦い方を変える必要がある。


私は電動鋸を水平に構える

そして体の奥に残った魔力を振り絞って叫ぶ。


兎々火炎走輪うさうさブレイジングスピナー!」


回転する刃から火花が飛び散る

それは瞬く間に回転に巻き込まれて

高速回転する炎のリングとなる。


燃え盛る電動鋸を構えたまま私は前へと走った

素早い突進を怪物は棒を地面に立てるようにして防ぐ。


ギギギギギギ・・・・・・


回転する刃と棒が擦れ合う音が響く

しかし、すぐに最初に阻まれた時とは様子が変わる

纏った炎の熱によって柔らかくなった棒へと

少しずつ刃が食い込み始める。


異変を察知した怪物が慌てて棒を引き上げる

怪物に一瞬だけ隙が出来た

私はさらに前へと出る

怪物の横を素通りしてさらに走る。


私の視界が少女を捉えた

走りながら思いっきり踏み切り

身を捻りながら少女の方へと跳躍する

そして、未だ火を吹く電動鋸を自身の回転の勢いに合わせ

真横へと振り切った。


振るわれた刃が少女の体へと吸い込まれる

触れた場所からその体を物言わぬ肉片へと変えつつ

真一文字に駆け抜けていく

一瞬遅れて、上下二つに分かれた少女の体は炎に包まれた。


背後で怪物が消滅する気配がする

少女が死亡したことによって制御が失われたのであろう

今度こそ完全な勝利である

ただ、その勝利には何の感情も湧かなかった・・・・・・。


戦って、傷ついて、必死になって

何のためにそこまでしているのだろうか?

人間やこの街を守りたい

なんて高尚な精神は持ち合わせていない

ただ、目の前で起きているから見過ごせない程度の

ぼやけた動機しか私にはなかった。


刃を振るう理由

自分の道行きすら不明瞭な少女にとってそれは

解く事の出来ない難題であった・・・・・・。


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