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episode.4 兎と犬のワルツ ─前編─

新しい年を迎えた

と、言っても兎達の生活に何も変化はない

多くの店とビルの入り口の張り紙と

ここ数日の人の往来の少なさから

新年が来たことを知ったぐらいだ。


「明けましておめでとう。」

「あ、あけ。えっ?」

「この時期の人間達の挨拶だよ。」

「へぇ、よく知ってるねぇ。」

「この前偶然通りかかった人間がやってただけだけどね。」


と、まぁ

こんな感じでそこらの野良兎に新年の挨拶をしてみても反応が薄く

新年祝賀を祝うと言ったムードではない

やはりそう言うところに意識がいくのは人に近い習性なのかもしれない。


あの夜、自分がただの兎だと言い切れなかった

そのことが未だに心につっかえている

ここにいる野良兎達とは違うのは分かっていた

でも、普段からこのオフィス街を利用する人間達とも違う

どっちからしても中途半端な私は

一体何なのだろう・・・・・・?




それから数日

やっとこのオフィス街にも人が戻り始めた

休暇明けだからか

道行く人も皆どこか気だるそうだ。

仕事の有無に一喜一憂したり

人間の生活はそれはそれで面倒くさそうだと改めて思う。


その日の昼

久々に食堂街へと寄ってみる

オフィス街に人が戻ったこともあり

こちらも順次店が開いている。


私はここ数ヶ月ですっかり顔見知りになった

店員のいる店の裏側へと回る。


「お、茶太郎か、明けましておめでとうだな。」


明けましておめでとう

と、返したいところだが生憎この姿では喋ることが出来ない

仕方がないので気持ちだけでもお辞儀をして返す。


「今年も元気そうでよかった。っと、ほれ。」


そう言ってゴミ袋を抱えた若い兄ちゃん(アルバイトだと思われる)は

店で使ったであろう人参の切れ端をこちらに投げ渡す

何度もこの店に顔を出しているから

捨てる分とは別に私にくれる分の人参の切れ端を

取っておいてくれているのだ。


「さて、それじゃあ仕事に戻らないといけないから。

 またな、茶太郎。」


そう言って彼は足早に立ち去ろうとする

食料を分けてくれるのはとても助かるが

毛並みが茶色いからって勝手なあだ名をつけるのだけはやめて欲しい

私にはカフェモカって飼い主様から貰った名前があるんだ

と、抗議の意味を込めてブゥと、鼻を鳴らしてみるが

気付かなかったようでそのまま去っていった。


兎の姿のまま人間とコミュニケーションを取るのは難しい

相手は私が人間の言葉を理解するとは思ってないだろうし

こちらから意思を伝える手段が限られすぎてるし

でも、変に人間の言葉が分かってしまうせいで

つい人間と関わりたくなってしまう。


店の中へと戻って行くその背中を

寂しい気持ちで見つめる

・・・・・・ここに長居しても仕方ない

公園に戻って食事でも摂って気持ちを切り替えよう。




それからさらに数日が経過した

この日は日が落ちてから私は人間の姿へとなった。

そう言えば何度かの戦いで破れたり焦げたりしたコートは

姿が変わるたびに洗い立てのように綺麗になっている

おかげで人の姿の時に毎回服装に気を使わなくていいのは助かる。


この姿なら人間達に混じって生活できるのだろうか?

ふと考えてしまう

だが、残念ながらこの姿は一晩しかもたないし

それにビルの窓に写る私の姿は

頭の上の大きな兎耳が明らかに周りの人間と浮いている

これでは奇異の目で見られるだけだろう。


「はぁ・・・・・・。」


ため息を一つつきながら

人通りの少ない路地へと向けて歩く

既に夕食時も過ぎ、帰宅ラッシュも終わっている

そうなるとこのオフィス街もかなり静かなものだ。


真円の月の煌々とした光に照らされ

私は独り人気のない路地を歩く

そうしていると余計に寂しさが募ってくる。


(私は一体どうしたいんだろう?)


唐突に野良兎になって

そこからとにかく生きるために毎日を過ごして

そんな慌しい中だったから気付かなかったけど

自分はこの先どうするのだろうか

ずっと野良暮らしをするのか、それとも・・・・・・。


「がああああぁぁぁぁぁっ!」


そんな考えを引き裂くかのように悲鳴が聞こえる

こんな人気のない場所で一体誰が?

私は暗い考えを振り払って

声の聞こえた方向へ走り出した。




ビルとビルの谷間の薄暗い路地

そこには私の敏感な鼻でなくとも分かるぐらいに

濃密な血の匂いが漂っていた。


目に映るのは血だらけになって壁に張り付くように倒れた男

下半身から辛うじて人間だったと分かる肉片

頭を抱えてうずくまる少女に

最も奇妙なのが、人間の様に二足歩行で立つ

犬の頭をした怪物としか形容の出来ない生き物。


どう考えても尋常な生き物ではない

それを真正面に見据えつつ少女の方へ目を向けてみる。


「怖いよぅ、怖いよぅ

 助けて、『忠実なる番犬ファイスフルガーディアン』!」


うわ言の様に何かを呟いている

これだけ凄惨な状況だ、それも仕方ないのかもしれない

それよりもこの犬頭の怪物だ

この惨状を作り出したのだとしたら相当危険である。


怪物を喉を鳴らしながらこちらを威嚇している

どうする? 戦うべきか

いや、迷う必要はない

超常の生き物を放っておいていいわけがない、斬る。


決心すると同時に『首刈兎(ヴォーパルラビット)』の魔力を体の奥から引き出す

両手をピンと伸ばし頭上へかかげる

そして一本ずつ順に振り下ろし

大きく回すようにして両手を胸元へ

体の奥から溢れてきた魔力を手に受け取り

左右へと大きく伸ばす。


「ヴォーパルナイフ!」


一瞬にして両手に一本ずつのナイフが納まる

私が敵意を向けたのに反応してか

怪物は威嚇をやめて一気にこちらへ走り・・・・・・。


ギイィィィィンッ!!


甲高い金属音が狭い路地に鳴り響く

とっさに眼前に構えたナイフが振り下ろされた爪を防いでいた。


(早い、反応し切れなかった。)


冷や汗が頬を伝う

さらに怪物が両腕を振るう

辛うじてそれらをナイフで受け止める

受け止めた衝撃を流しながら左足を軸に半回転

その勢いを乗せて右足を蹴り出す。


腹部に強烈な蹴りを受けた怪物が数歩分後ずさる

この相手に後手に回ってはいけない

怪物が体勢を立て直す前に今度は私の方から距離を詰め寄る。


横に、縦に、斜めに

両手に握ったナイフを交互に振るっていく

怪物の攻撃は早いものの

防御面は優れているというわけでもなく

次第に何本もの傷がその身に刻まれていく。


「ぐおおぉぉぉぉっ!」


怪物が大声で吠える

優れた聴覚を持つ耳がそれを間近で受けて

耳鳴りがし、頭がくらくらする

耳への思わぬダメージに攻撃の手が一瞬止まってしまう。


(しまった。)


気付いた時には既に遅い

怪物の振るった腕が間近に迫っている

反射的に背後に向けてジャンプする

が、腕は避け切れない。


鋭い爪がコートごと皮膚を切り裂き

さらに腕が安々と私の軽い体を弾き飛ばし

壁に思いっきり叩き付けられる。


爪による傷と叩き付けられた衝撃で体が痛むが

まだ戦えないほどではない

私は立ち上がり再び武器を構える

怪物はその様子を警戒したまま眺めている

どうやら追い討ちをかけてくる気はないらしい。


立ち上がった私が次の攻撃を仕掛けるために走ると

それに呼応するかの様に怪物も走り出す

一瞬にして距離を縮めた二人は

互いにナイフと爪を最大限の速度で振るう

何度も金属質のものがぶつかり合う甲高い音が響く。


どちらも一歩も引かない

ナイフと爪が何度もぶつかり合う

このままでは埒が明かない

魔力を一気に使ってでも

早期に決着をつけないとスタミナがもたない。


兎々殺刃跳舞うさうさマーダーズダンス!」


足に魔力を集中させる

魔力によって身体機能が強化された足を使って瞬時に怪物の背後に回りこむ

その常軌を逸した速度に怪物の反応が一瞬だけ遅れる

一般の人間よりは遥かに速い速度で振り向くも

その時には既にナイフによる一撃を加えて

怪物の側面に回りこんでいる。


跳ねる、斬る、跳ねる、斬る・・・・・・。


怪物に動きを捉えられないように

移動と攻撃を無心に繰り返す

どれだけの回数繰り返しただろうか

怪物はついに全身に切り傷を負いながら悲鳴を上げ

そして霧散するように消滅した。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・。」


激しい動きに息が大きく乱れる

だが、何とかあの怪物を倒すことが出来た

後はそこの少女を救助して終わりだ

私は少女に向けて足を動かした。




少女は見ていた

兎耳を付けた謎の少女が

酔っ払いに絡まれていた自分を助けてくれた

犬頭の人を切り刻むところを。


そして、その少女は今

両手にナイフを持ち

返り血を浴びた顔に笑顔を乗せて近付いて来る。


ダメだ、私も殺されるんだ

怖くて怖くて仕方がなかった。


「やだ、来ないで・・・・・・。

 お願い。誰か助けて

 『忠実なる番犬ファイスフルガーディアン』! 『忠実なる番犬ファイスフルガーディアン』! 助けて!

 お願いっ! マイフェイバリットケルベロス!」


半狂乱になりながら少女は叫ぶ。




私が少女に近付こうとすると

急に大声で叫びだした

これだけの惨状だし無理もない

よっぽど怖かったのだろう

早く危険が去ったことを伝えて安心させないと。


と、急に周囲の様子が変化したことを敏感に感じ取る

霧散したはずの怪物を作り上げていた魔力が

私と少女の間に急速に流れ込む

さらに、少女の体から膨大な量の魔力が溢れ出しそこに加わる。


普段は感覚的に感じ取ることはできても

視認することは出来なかった魔力が

この時ばかりは目に見えるほどに集まっていた。

そしてそれは見る見るうちに膨張し

見上げるほどの巨大な塊へと成長し

少しずつその形を変えていった。


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