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episode.3 激撮! ウサギ女を追え ─後編─

ついに、ついに追い着いた

ただのがせネタだと思っていた

偶然動画投稿サイトで見かけただけのウサギ女

しかし、それが今、俺の目の前にいる。


ウサギ女は一軒の家に向かって立ち尽くしている

何をやっているのか、何を考えているのかは

ここからでは窺い知れない。


しかしこれはチャンスだ

あの速度で走られたら写真に収めるどころではないが

今なら動かないから絶好の撮影タイミングだ。


(ん、ちょっと待てよ。)


カメラを構えようとしたところで俺はふと気付く。


(あの家ってたしか・・・・・・。)


曖昧な自分の記憶を辿る

毎日のように嘘か本当か分からないような話を大量に拾うから

古い興味のあまりなかった話なんかは記憶の片隅に追いやっていたが

なんとか記憶の糸を辿っていく。


そうだ、たしかあの家は

半年ほど前に一家揃って不審死を遂げていたとか言う

いわくつきの家だったはずだ。


謎の事件があった家に謎のウサギ女

双方に繋がりがあるのだとしたら

これは思った以上に面白い記事になりそうな予感がする。


俺はカメラを構えて

近くの角から顔だけを出すようにして

こっそりとウサギ女の姿にピントを合わせる。


カシャリ


シャッター音が鳴りカメラにウサギ女の姿が記録される

とりあえず一歩前進だ

だが、これだけではまだ記事にならない

あいつが何者か

何処から来て何をやっているのか

調べなくてはいけないことがまだまだある。


と、カメラの音に反応したのか

ウサギ女の頭の上の耳がピクリと動く

続いて顔がこちらを向いて・・・・・・。


(まずい。)


俺はとっさに角に身を隠そうとするが

わずかに間に合わず目が合ってしまう。


気まずい空気が流れる

さて、この状況をどう弁解するか

いや、ここは下手な嘘より正直に言った方が安全か

相手が口を開くまでの僅かな時間で考える。


「それってカメラですよね? 私を撮ってました?」

「気分を害したのならすまない。珍しい格好だったからつい。」


そこまで言って俺は気付く

あの頭の上の耳が、俺の出す声を捉えやすいように

僅かながら角度を微調整していることに。

どう考えても動いている

それも、自然にだ。


「珍しいって。まぁ、兎の耳が付いてる人っていないか。」


ひとりごちている間も微妙にだが動く耳

やはりただの作り物には見えない

だとしたら本当に生えている?

いや、そんなはずがあるわけない。


「とりあえず、その写真をどうするのですか?」


どうしたものか

雑誌に載せてばらまくと言ったら

当然相手はいい顔をしないだろう。


「さ、さぁな。何となく珍しいからその場の勢いで撮っただけで

 特にどうしようとかは考えてないよ。」


適当にはぐらかす。


「だったら処分して、ついでに私のことも忘れて・・・・・・。」


不意に言葉が途切れ。


「ヴォーパルクレイモア!」


不可解な言葉を叫ぶ

それと同時に不思議な事が起こった。


何もなかったウサギ女の目の前の空間に

突如として細長い金属の棒のような物が現れる

ウサギ女が両手でそれを持つと上下をひっくり返し

上を向いた部分からとても長い刃が生えてくる

さらに、棒と刃の間の部分から

斜め上方向に伸びるのはおそらく鍔に当たる部分だろう

先端には兎の形を模した飾りが何故か作られる。


一瞬にしてウサギ女の手の中に

彼女の背丈よりも長い一本の剣が納まっていた。


同時にウサギ女がこちらに向けて走り出す

余りにもとっさの出来事過ぎて俺は反応すら出来ずに

立ち尽くしてその動きを見ているだけだった。


(どうなっている。俺は斬られるのか?)


剣を持ってこちらへ向かってくるウサギ女に

このまま斬られてしまうのではないかという恐怖を感じながらも

俺は指一本動かすことが出来なかった。


既に理解の範疇を超えている

こんな意味の分からない状況で俺は死ぬのか・・・・・・。


「よっ。」


軽い掛け声を出したウサギ女が

走ってくる勢いのままに膝をかがめたかと思うと

重そうな剣を持ちながらも軽々と跳躍し

立ち尽くしている俺の頭上を超えて後ろに跳んでいく。


ガンッ!


重量のあるものが地面に打ち付けられるような

硬質な音が周囲に鳴り響き

そこでやっと俺は我に返って動きを取り戻す。


恐る恐る振り向くとそこには

あの巨大な剣を振り下ろしたまま

こちらに背中を向けているウサギ女の姿と

何か赤いものが地面に溶けていく姿があった。




カメラを向けて来た男の背後から

彼を襲おうと赤い影が忍び寄って来ていたのに気付いて

私は反射的に『首刈兎(ヴォーパルラビット)』の力で大剣を作り

それに斬りかかっていた。


目の前で人が襲われるのを止めるためだったとは言え

とっさに魔力を使ってしまったのは失敗だったかもしれない

ただでさえこの耳のせいで怪しまれていたようなのに

いきなりあんなことをしたら余計に怪しまれるだろう。


だが、道路の向こうを見てとっさの判断は間違ってなかったと思う

いくつもの赤い影がこちらに向かって歩いてきている

しかも、今までに見た人型のものだけでなく

四足で歩く獣のようなものも混じっている。


誰かがあれらに襲われるといけない

だとしたら私が成すべきことは

一匹残らず斬る。


斬ると決めると心の奥底から熱いものがたぎってくる

その勢いのままに持っている大剣を頭上で大きく回転させ

一歩踏み出し切っ先を相手に向けて構える。


「さて、行くわよ。」


宣言と同時に赤い群れへと一気に駆ける

先頭にいた一体をすれ違いざまに断ち切る

さらにもう一歩踏み込みつつ返す刀で次に近い影を切り裂く。


カシャリ


相手もただ一方的に斬られているだけではない

横手から腕を振るって襲ってくる人影を

さらに前進しながら避け

飛び掛ってくる獣に対して大剣を地面に突き立てるようにして阻む。


反撃とばかりに付き立てた大剣を持ち上げる勢いで獣を弾き飛ばし

それが立ち上がろうとしているところに一息に距離を詰めて

大剣の重量を思いっきり叩き付ける。


カシャリ


次の一団へと向かう

正面から人型を一体真っ二つにし

続いて大剣を思いっきり横に振るって隣の人型を斬る

重量のある武器を振るった勢いに引っ張られるように

左足を軸に右足を振り上げ

飛び掛ってくる獣の横顔に蹴りを放つ。




それはかつて見たこともないような光景だった

真円の月に照らされた兎耳の少女が

身の丈よりも巨大な剣を無駄のない動きで振り回し

時には重量に任せて敵を切り、時には大きく振るって並ぶ敵をなで斬りにする。


オカルト誌の記者になってから何年も経ち

様々な怪異を追って来たが

ここまで現実離れした状況は今までになかった。


未だに何が起きているかを正確に把握しているわけではない

だが、これが映画や小説の中の出来事ではなく

実際に目の前で繰り広げられている光景だということは

原土真澄に凄まじい高揚感をもたらしていた。


彼は必死に写真を撮る

その少女が戦う姿を余すところなく

何度も、何度もシャッターを切り続けた。


カシャリ


カシャリ




そろそろ半分以上が片付いた

普通なら一人にこれだけの人数が倒されていたら

少しは恐怖するなりしてもいいだろうに

淡々と襲ってくるのはひとえに感情そのものがないからだろう。


頭上の耳が背後から飛び掛かろうとする足音を捉える

大剣を引き摺りながら横手へと跳び回避

反撃に出ようとしたところで周囲の様子に気付く。


何体かが私に殺到するでなく

背後でカメラを手にこちらの様子を映している男の方へと

向かっていっていることに。


正直なところ殺されるならそれはそれで自業自得だと思う

これだけの敵を前にして

無防備に写真を撮り続けるなんて

襲ってくれと言わんばかりである。


だが、見殺しにするのは気が咎める

仕方がないから助けに行くか

とは言え、ここから走って走って行く数体を全て止められるかどうか。


もう少し軽い武器にしておけばよかったか

今更後悔しても遅い

それならば今持っているもので

最大限に有効な手段を考える方がいい。


「そこの人、伏せてっ!」


大声で呼びかける

男がそれに反応してカメラを一度下ろし

そして自分に近付いてくる人影がいることに驚く。


兎々掃滅旋風うさうさエリミネートサイクロン!」


声を張り上げ魔力を集中させる

体の奥から溢れ出す魔力はその大きな剣に一気に流れ込み

刃が微かな輝きを帯びる。


「伏せないと巻き込むわよっ!」


もう一度だけ警告を発する

そこでやっと自分の置かれている状況に気付いたのか

男が身をかがめる

そこまで確認してから私は攻撃の一手に出る。


大剣を頭上高くへと持ち上げる

そこから回転しつつ自分の腕の高さになるぐらいまで下ろしていく

遠心力に引かれるままに出来るだけ大きく大剣を回転させる

それと同時に刃に込めた魔力を一気に放出する。


大剣の先から放出された魔力は

形の見えない刃となって空気中へと飛び出す

放出する勢いと遠心力によってもたらされたそれは

四方八方へと向かい大剣で斬りつけたのと同じような断絶をもたらす。


周囲に立っていた人影全てが胸の辺りで切り裂かれ

それでも勢いの止まらない魔力の刃は

私の腕の高さと同じ位置の塀に深い傷跡を残し

ついでに近くにあった電信柱一本を両断した。


大きな電信柱が倒れる音と共に

辺りが一瞬にして暗くなる

真円の月から溢れ出す光だけが辛うじて視界を確保する。


残ったのは魔力の刃の通る高さより背の低い

獣型の影が数匹のみ

一匹ずつ確実に仕留めるだけの作業となった。




全ての影が消滅したことを確認し、戦闘への意識の集中を解く。

改めて辺りを見渡すと

辺り一面の塀に大きな切り傷が奔り

電信柱が倒れて道を塞いでいる。


(あの数を倒すためとは言え、ちょっとやり過ぎたか。)


流石に後悔していた

全力で魔力を使えばこれだけ常軌を逸したことが可能なのだと

恐れを感じずにはいられなかった。


それともう一つ

この場に残っているものに目を向ける

かがんだ姿勢のまま呆然としている男だ。


私はつかつかと歩み寄ると

手に持ったままの大剣を無造作に振り上げる。


「な、何をっ・・・・・・。」


ブンッ


男の声を掻き消すように大剣が振り下ろされる

そしてそれは私の目測通りに

刃の先端だけを引っ掛けて

男の持っているカメラをピンポイントに叩き斬った。


「悪いけど、今日見たことは全部忘れてちょうだい。」


私が警告する

私のこと、魔力のこと

全て一般に広く知られるようになると大変な自体になりかねない。


「・・・・・・。」


男は何も答えない

だが、これ以上何かを出来るわけでもないし

ここに長居して野次馬が集まってこないとも限らない

だから私は男を放って歩き去って行く。


「待て、これだけ聞かせてくれ。」


背後から声が掛かる

足を止めた私にさらに問いかける。


「お前は、一体何者なんだ?」

「私は・・・・・・。」


ただの兎よ。


そう答えようとして言葉に詰まる

人の姿を取り、魔力を操り武器を振るう

それが本当にただの兎のやることなのだろうか

元々が何の力も持たない飼い兎だったとしても。


「・・・・・・。」


何と答えればいいのか

私は私である

だが、それを形容する言葉を持ち合わせていなかった。


「・・・・・・っ!」


自分が説明の付かない何かになってしまったのだという事実に

動揺を隠し切れずその場を走り去る

自然と涙が零れ落ちるが

それを拭いもせず、ひたすらに住処に向けて走って行った。




その場に残された男は

手の中に残ったカメラだった残骸を見つめる

そして先ほどの光景を思い出す。


この世のものとは思えない戦い

どんな怪現象よりも不思議な存在。

今までのどんなオカルト記事よりも特ダネになるだろう

記事を上げるためにも徹底的に調べなくてはならない

だが、それ以上に自分自身の好奇心が勝っていた。


「絶対に、絶対にその尻尾を掴んでやるからな。ウサギ女!」


男の声が、夜の街にこだました。


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