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episode.3 激撮! ウサギ女を追え ─前編─

一人の女が走っている

女と言っても、まだ10代後半程度の年齢だろう

赤いコートを着ており

時折走る勢いで裾がめくれ、その下の素肌があらわになる

素肌が見えるということはコートの下には何も着ていないのだろうか

つい、そんな余計なところまで考えてしまう。


そして、何より目を惹くのが頭の上に突き出した

兎のような大きな薄茶色の耳である。

髪の毛と同じ色をしたそれは

非常に精巧に作られているのかまるで本物みたいだ

勿論、兎耳が生えている人間なんているわけがないから

作り物だろうが。


背景となっているのは何処かの大通りだろう

コンビニやファミレスなど様々な店が立ち並んでいる。

だが、それらは凄まじい速度で後ろへと流れていっている

端の方に窓枠のようなものが映っているため

どうやら走行中の車の中から撮られた映像のようだ。


俺はパソコンのモニターを凝視する

そこには「車と併走する恐怖のウサギ女」と題されて

動画投稿サイトにアップロードされていた映像が映っている。


普通に考えればこんなものただのやらせ映像だろう

車の窓から外の風景を撮って

そこに別に撮影した少女の画像を合成すれば簡単に作れる。

だが、何故こんな奇抜な格好にしたのだろうか

奇抜な格好の方がそれっぽいからか。


さて、最大の問題点はここからだ

この画像、合成で作ったと思われるのはいいが

それにしては違和感がなさ過ぎるのだ。

普通の合成映像なら継ぎ目の部分にある程度の違和感があるが

この少女と背景の間には違和感がまったくと言っていいほど存在しない

よっぽど加工技術がいいのか、それとも・・・・・・。


さらに言えばこの少女の動きである

人間は普通、走る時に体がある程度は上下する

合成映像なら背景の流れる速度と

体の上下するリズムを合わせるのは不可能に近いが

この映像の少女は背景の速度と不自然なほどに違和感がなく

背景に合わせて高速で体が上下している。


映像内に入っていない足の動きを想像して

体の動きと合わせて考えてみも

背景にぴったりと合わせて足が動いていることが想像される。


だがこれだけの速度で走るなんてあり得ない

だとしたら走っていると言う固定観念を捨てて

どうせ下半身は見えないのをいいことに

流れる背景に合わせて体を上下させているだけと推察してみる。


これも無理がある

これだけ早く細かい挙動を出来る人間なんて早々いない

それに風の抵抗をコートが受けていることが説明付かなくなる。


俺はデスクに置いてあった煙草を一本取り出して

咥えて火を点ける。


誰かが視聴者からの反応を得たくて作った映像だろう

兎耳の女が街を走り回っているなんて信じるわけがない

だが、この映像の端々に感じられる不審な点は

何となく気になって仕方がない。


原土(はらつち)さん、何見てるんすか?」

「なに、動画投稿サイトにいいネタでも落ちてないかと思ってね。」


後ろのデスクから声を掛けてくる後輩に答える。

実際こいつがネタになるかは分からない

むしろ、現実的には空振りになる可能性の方が高い

だが、もしもこの映像が実在のものだとしたら。


(出没位置もわざわざ動画に書いてあったな

 しばらく張り込んでみるか・・・・・・)




雪が降る季節になった

とは言ってもこのあたりは年に数回降るかどうかぐらいの地域だ

それでも雪が降らなくたって寒いものは寒い

暖かい毛皮に覆われていようがとにかく寒い。


「うぅ・・・・・・。」


びゅぅっ! と、音を立てて一際寒い風が通り過ぎる

ウサギ公園に住み着いてから初の冬を迎えることになるが

思ったよりこれはきつい。


今までの冬は暖房の効いた部屋で丸まっているような

室内飼いの兎だったために

外の寒さもそこまで気にはならなかったけれど

かろうじて風の入ってこない巣穴に入って丸まっても

暖房の部屋からするとずっと寒いものである。


こう寒くなると動くのも億劫になってくる

最近は巣穴の中で寒さをしのぐ日も増えた

元々何かをするために外へ出ないといけない

などと言った事情はなかったので

これはこれで変わりのない日常へとなっていった。




が、そうも言ってられない日もある

このところ日が落ちてからはそうしているように

その日も太陽が沈むぐらいの時間には巣穴に潜って休んでいた

しかし、どうにも体の調子がおかしい

何と言うか内側から熱くなると言うかそのような。


正確に数えていないから分からないが

数十日に一回ぐらいこのようなことが起きる

これは人間の姿になる前触れだ

もし巣穴の中で急に人間の姿になってしまったら・・・・・・。


兎サイズに作られた穴の中に詰まってしまう自分の姿を想像する

公園で穴にぴったり詰まって出られない少女

どう考えても警察案件だ

兎の時よりも大きくなる勢いで巣穴を突き破る自分

それはそれで元の姿に戻った時に非常に困る。


仕方がないので

私は起き上がり巣穴から外へ出る

表に人通りは少ないが

万が一、兎から人の姿へ変わるところを見られたら騒ぎになるので

公園の一角に低木が並んで植えてある場所があるので

そこに移動して通りからは見えないようにしておく

そして、人の姿に変わる時を待った。


一瞬、世界の全てが小さくなるような感覚がして

気がつくと人の姿になっている

相変わらず原理は分からないが

最近ではもうそういうものだと納得してしまっている。


格好は相変わらずの赤コートとチェックのスカート

この赤コートは冬物だったらしく

今もこの寒さを防ぐのにしっかり役に立ってくれている

しかし、コートの隙間から風が入ってくるのは完全に防げず

素肌に直接感じる風は兎の姿の時よりも冷たい。


ついでにスカートもそうだ

こっちはほぼ防寒には役に立たず

下から容赦なく風が入ってきて

足全体を容赦なく冷やしていく。


毛皮がないからとにかく風が冷たく感じる

人間とは不便な体の作りをしている

そう思えるほどに皮膚が直接感じ取る寒さは厳しい

まぁ、全身が毛で覆われている人間がいたらいたで

それも気持ち悪い気がしなくもないけれど・・・・・・。


さて、人間の姿になったのはいいが今日はどう過ごそうか

ここ数ヶ月は人間の姿になった日も

特に何も目新しい事件には遭遇していない。

平和に暮らせるのがいいことではあるが

それはそれで何か物足りないような

体のどこか奥の方が満たされていないような感覚がした。


仕方がない

とりあえず寒さを和らげるためにも体を動かそう

そう思うと公園から出て

軽く体をほぐした後に

一気に道路へと駆け抜けて行った。




ウサギ女の出現報告のあった国道沿いの脇道

その一角に愛車を止めて張り込むこと一週間

原土真澄(ますみ)は暇を持て余していた

彼は未だにウサギ女の実在を疑っていたので

現れないのも当然だと思っていた。


(まったく、俺は何をやっているのやら。)


たしかに妙な動画ではあったが

ここまで大騒ぎをする必要はあったのか

今更になって後悔してしまう。


(ここに張り付いて一週間、そろそろ潮時か。)


寒さをしのぐための温かい缶コーヒーを

ちびちびと飲みながらぼんやり考える。


(まぁ、この程度は毎度のことだし仕方ないとするか。)


彼はオカルト専門の雑誌の記者である

そのためこう言った怪しい噂を拾っては

何日も張り込むなんてことは当たり前であり

その結果が空振りだったなんてことも日常茶飯事である。


だから今回も記事にならないようなつまらない話だった

明日からはまた新しいネタでも探すとするか

そんな考えが頭によぎっていた。


ふと視線を上げた時に、目の前を兎耳の女が横切らなければ。


脇道から見える狭い範囲を一瞬にして駆け抜けていったので

正確な姿は分からなかった。

だが、自分の見間違いでなければ

あの動画に映っていたように

赤いコートに薄茶色の兎耳だった。


彼は急いで車のエンジンをかけ

思いっきりアクセルを踏み込み道路へと飛び出した

強引に前を行く車を抜かし

変わりかけの信号を無理矢理突破し

走り去る赤コートの背中に必死で追いすがる。


あれが本物ならば、こんな貴重なネタは放っておけない。




あれから半年ぐらい経つが

体を動かすついでについつい立ち寄ってしまう

以前に自分が飼われていた家だ。


あれから誰もこの家には住み着いていないらしい

今も耳を澄ませてみるが中から物音らしきものは聞こえない

そう言えばあの事件はどういう扱いになっているのだろう

いきなり人の姿をした何かに一家全員が襲われたなんて

普通の人間なら思いもよらないだろう。


ふぅ。っとここまで走ってくるのに

少し乱れた息を整える

夜の空気はただでさえ寒いのにさらに冷たい

温まった体もすぐに冷えてしまいそうだ。


軽く目を閉じて黙祷する

飼い主だった四人家族の皆に。


(少し変わった状況にはなってるけど、私は元気にやってますよ。)


心の中で家族に語りかける

少しは何か寂しかった心が満たされた気がした。




ウサギ女が細い路地に入ったところで車での追跡を諦める

適当な道端に車を止めて

撮影機材一式を抱えると急いで路地へと飛び込んだ。


しかし、その時にはもうウサギ女の姿は見当たらない

あれだけの速度だ、人間の足では追い着けないだろう

あいつが何処へ向かっているかは分からないが

とりあえず手当たり次第近辺を捜索してみる。


(いた、あいつだ・・・・・・。)


偶然にもそこには、探していたウサギ女が立っていた。


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