episode.2 雷鳴の響く街 ─後編─
時折聞こえる声を頼りに上のフロアへと進む
この辺りのフロアはほとんど既に消灯されており
月明かりを頼りに暗い中を進んで行く。
そしてさらに上のフロアへ進むと
一部屋だけ明かりが点っているのが見えた。
ここに違いない
念のため警戒して足音を殺しながら部屋に近付く
空きっぱなしのドアから中を覗くと
中には男が一人立っていた。
短く刈り込んだ髪の毛の40歳前後ぐらいの男
黒いアンダーフレームの付いた眼鏡が理知的な雰囲気を出している
研究職か何かなのだろうか、シャツの上から白衣を羽織っている
そして白衣の胸元にはネームプレートがあり
「鳴上透」と書かれていた。
誰もいない部屋で一人笑っている男
どう見ても怪しい
話を聞きに行って大丈夫な相手なのだろうかと少し思案する。
「ふははは、これだ、これが私の求めていたものだ
これを研究すればもっと素晴らしい成果が挙がるぞ。」
笑いながら手をかざした男の
そのかざした右手に紫電が走る。
(っ!? あれは)
普通の人間は電気なんて発しないはずだ
知識と目の前の光景に違和感が生じる
常識では考えられないような、このようなことが出来るのだとしたら
それは間違いなく、魔力の仕業だ。
「すみません。」
思わず声を掛けていた。
「んっ? 何だね君は?」
いきなり掛けられた声に一瞬驚きの表情を見せるが
すぐに冷静そうな顔に戻り。
「ここはわが社の研究室だ、部外者は立ち入り禁止だよ。
そもそもこのビル自体勝手に入っていいものではない。」
「そんなことより聞きたいことがあるわ
返答次第じゃ出て行ってあげる。」
当然のような忠告をしてくる相手を遮って私は質問をぶつける
「下の階に黒焦げになった人がいたけど
あなたがやったのかしら?」
「あぁ、そうか。」
私に聞かれて何かを心得たような顔をする。
「そう言えば研究に没頭してしまって
あれを片付けておくのを忘れてしまっていたか。」
ここまで言ってくれれば誰があれをやったのかは確定だ
何故かまでは分からないが、それは私には関係ない。
「しかし私は研究で忙しいんだ
口外しないのなら私は君を見なかったことにしてあげるよ。」
「そんなこと聞くと思ってる?
あなたは人を魔力で殺した。それだけで危険な人物。
これ以上被害が出ないように斬るのが妥当よ。」
「魔力を知っているのか?
そうか、それは困った。
私以外の人間が知っていると、この研究を横取りされるからね。」
どうやらお互い一歩も引く気はないらしい
既に相手に対する敵意で埋まっている。
「見せてあげよう。私の開発した『雷神超論理』を!」
途端に男の周囲に電気が飛び散る
私も迷わず『首刈兎』の魔力を開放する。
両の手をそれぞれ天と地に向け、右足を半歩右へと出す
大きく回すように天と地を入れ替えつつ
それらを包み込むように胸元へと引き戻す
同時に右足を左足へと揃えるように引き
そのまま右足を大きく前に出し左の膝を地に着ける
上半身は天を仰ぎ見るように反らし両腕を上げる
大きな動きで練り上げた魔力が私の目の前に浮かび上がり
少しずつ形を変えていく
形成されたのは全体が緩やかにくの字に曲がった短刀
その曲がった刃は先端へ行くほど肉厚になり
柄の近くには小さな突起を付けている
そして刃に刻印されているのは飛び跳ねる兎の絵姿。
「ヴォーパルククリ!」
ククリとは、森林に住む部族が使っている
戦闘用に改良された鉈の名前だ
木の多い森の中でも振り回しやすいように小型で
それでありながら肉厚の刃の重量は
ナイフなどよりも高い攻撃力を秘めている
狭い室内で振り回すには申し分のない武器だ。
私が生み出したククリを手に取るのと
男がこちらに手をかざすのはほぼ同時だった
嫌な予感が駆け巡り
とっさに廊下の壁の後ろへと跳んで身を隠す。
ガァァァァンッ!
小さい雷が落ちたような音と共に
男のいた位置から廊下へと向けて雷光が走り
突き当たった廊下の壁を黒く焦がす。
さて、どうするか
迂闊に姿を見せると雷を撃たれかねない
雷なんて防ぐことは出来ないだろうし
あの速度だから避けることもかなり至難である。
「どうした? 出てこないのか?」
男の声が廊下にまで届く
このまま待っていても何も解決しない。
「えぇ、すぐに出て行ってあげるわ。」
答える同時に私は疾駆する
出来る限り身を低くして、一回の跳躍で部屋の中に飛び込む
そして次の跳躍で男の方ではなく、横手の壁に向けて跳ぶ
一瞬前まで私のいた場所を雷光が貫くのを見ながら
空中で体勢を制御し部屋の壁を蹴る。
「遅いわっ!」
壁を蹴った反動を利用して
私を目で追うのが精一杯の相手に向けて刃を振るう。
「ヴォルテクス第二法則!」
男が叫ぶと同時に
男の周囲に渦を巻くように無数の雷光が走る
その一本が私の振るった腕に辺り衝撃を生む。
「きゃっ。」
突如として受けた衝撃に私は空中でバランスを崩す
武器は手放さなかったものの攻撃の手は止まってしまう
そのまま地面に体が着き
とっさに転がって男から距離をおく。
危なかった
どうやら相手は直線的に電撃を放つ以外にも
様々な使い方が出来るらしい。
あの防御があるなら迂闊には攻められない
ならば、どうやって攻撃のタイミングを作るか。
考えを巡らそうにも
男はこちらに向けて手をかざし雷光を放つ
横に跳んでこれを回避
しかし男はさらに追撃をするためにこちらに手を向ける
これでは回避に精一杯で、対策を考える暇すらない。
「ぜぇぜぇ、ちょこまかと逃げおって。」
さらに何度か電撃を避ける
なかなか攻撃の当たらない相手に男が怒りをあらわにする。
「ふふん。それだけ撃って一発も当てられないなんてね。」
相手に隙を作るために軽く挑発してみる。
「ちっ、調子に乗りおって。
お前さえいなければとっくに研究はもっと進んでいるのに!
お前といいあの頭の固い上の連中といい
どうして私の研究の邪魔ばかりして来る!」
怒りをあらわにして叫びだす。
「あぁそうだ、だったら邪魔できないようにすればいい!
そのためにも魔力と言うのは素晴らしい力だ!
もっともっと研究して、ん?」
さらに言葉を連ねるが、不意にそれが途切れる。
「そうか、そう言うことか。
ふはははは、さすが私だ。」
いきなり笑い出す男
一体何事かと眉をひそめる私に向けて。
「新しい論理が思い浮かんだぞ! 見るがいい
フローティング第三法則!」
男が言うや否や
周囲に球状の物体が四個浮かび上がる。
「正の電気と負の電気をそれぞれバランスよく纏わせることにより
自在に浮遊することの出来る雷球だ。」
聞いてもないのに説明してくれる。
そして生み出した雷球をこちらに向けて飛ばす
が、その速度は空に浮かんだシャボン玉のように遅く
回避することは容易い。
軽く横へ跳んで球を避ける
すると、四個の球はふわりと方向を変え
跳んで逃げた先へと殺到する。
どうやら空中で自在に制御できるらしい
いくら速度は大した事はないとは言え
延々と逃げ続けるにはこの部屋は狭すぎるし
体力の消耗も激しい。
逃げ切れないなら対処法は一つ
刃を持つ手に力を込めて
飛んで来る球のうちの一つに狙いを定めて
横向きに薙ぎ払う。
バァァァァァンッ!
甲高い破裂音と共に
刃が触れた球から爆発的に電流が溢れ出す。
その衝撃で私の体は思いっきり吹き飛ばされ
部屋の壁に背中を強く打ち付ける。
「きゃんっ!」
思わず悲鳴が口から漏れる
電撃をまともに浴びたコートの右袖は炭化している。
「おっと、そいつは非常にデリケートに制御しているから
迂闊な衝撃は与えない方がいいぞ。」
今更な説明を付け加えてくれる。
その間にも残った三個の球がこちらへ向けてゆっくりと動き出す
痛みをこらえて何とか立ち上がる
避けても追ってくる
かと言って叩き落したり止めたりしようものなら爆発する
あの球に対処する手段が私には思い浮かばない。
あの攻撃の弱点は何だ
まず考えられることは速度の遅さだ
全力で逃げればまず追いつかれる心配はない
だが、それでは反撃も出来ない。
考えながらもとりあえず飛んできている球から跳んで逃げる
先ほどの衝撃のせいで大きく跳ぶだけで体に痛みが走る
着地に失敗して少しだけバランスを崩す
しまった、ここを狙われたら次は避け切れない。
「ふんっ、逃げても無駄だ。」
男はさらに球を操りこちらへ向かわせる
しかしその速度は遅く
こちらが崩したバランスを立て直すには十分な時間がある
助かった。ここで直接的な電撃でも放たれていたら確実にやられていた
そこではたと気付く。
先ほど男は「非常にデリケートに制御している」と言った。
つまりあれを飛ばし続けるには制御することに集中する必要がある
その間に、魔力を他の事に使う余裕はないのではないだろうか。
だとしたら今接近すれば反撃も出来ないのでは?
仮定の域を出ないが試してみる価値はある
球に追い着かれる前に私は逃げる方向ではなく
男に向けて一直線に踏み込もうとする。
男の立つ位置まで約二歩分
右足が一歩目を踏み出す
そこで相手がこちらの狙いに気付き半歩身を引く
左足が前に出て男との距離が残り半歩まで縮まる
残りの半歩を詰めようと右足を動かしつつ
手に持った刃を振り上げる。
「ぬっ、ヴォルテクス第二法則!」
一気に近付いてきた私を見て大慌てで男が叫ぶ
同時に背後であの球が消滅し
代わりに男の周囲を渦巻くように雷光が駆け抜ける。
私はとっさに出しかけていた右足を止めて
背後へと飛びすさる。
「ぜぇぜぇ、全く危ないな。
逃げ回っているだけかと思って油断していたよ。」
言いながら魔力を集中させ。
「だが、今度は避けられると思うな
フローティング第三法則!」
再びあの球を三個生み出す
そしてそれらは正面と左右の三方向に分かれて飛び
私を取り囲むように近付いてくる。
あの球を制御している時の相手は無防備だ
他の能力を使うにも反応が一瞬遅れるのはさっき確認できた
もう一度近付くチャンスさえあれば何とかできる
ただそのためには後一手、何かが必要だ。
近付く隙を作るための手段
考えた結果を、言葉に宿す。
「兎々崩山裂衝」
振り上げた刃に魔力を宿す。
そしてそのままそれを床に向けて振り下ろす。
刃が床に接触した瞬間、宿った魔力が床に流れ込み
一直線に床を引き裂きながら男へ向けてと奔っていく。
想定外の距離からの攻撃に男は驚愕の表情を浮かべるも
寸前のところで回避する。
が、回避に気を取られたために制御が失われ
三個の球が一斉にその動きを止める。
その一瞬で十分だった
足に渾身の力を込めて男の懐に飛び込む。
「ヴォルテ・・・・・・」
「兎々両断重撃!」
相手が渦を生み出すよりも一息早く
振り上げた刃に魔力を込める。
肉厚で重量のある刃に重みのある魔力が流入し
さらなる重みによる破壊力が備わる。
重力に引かれるままにそれを斜めに切り下ろす
鎖骨を断ち切り、そのまま腰の辺りまで一気に引き裂く。
「ぎぃあぁぁぁぁぁっ!」
断末魔の悲鳴を上げて男が倒れる
確認するまでもない、即死だった。
私はククリを仕舞い、消灯をしてから部屋を後にする
さて、戻って公園の兎達に説明しないといけない
あの音が何であったのかと、その顛末を。




