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episode.12 月がもたらしたもの ─後編─

私と男の間に緊張が走る

斬ると宣言はしたものの、無闇には動かない

相手の魔力の性質はまだ分かっていない

不用意に仕掛けるべきではない。


「ふぅ、仕方ありませんね

 もっとあなたの事を知りたかったのですが

 暴力に訴えると言うのならそれ相応の対応をしなくてはなりません。」


男は深い溜め息をつく。


「『久遠の魔法書架ペーパチュアルライブラリー』、精霊の呼び声を我が手に!」


男の後ろの空間から穴のようなものが広がる

その奥から螺旋を描きながら幾十、幾百にも連なった本棚が競り上がって来る

無数の本棚から選ばれた一冊が零れ落ち

舞い降りるかの様に男の手の中に納まる

そして本棚は穴の中へと戻って行き

何事もなかったかの様に穴も塞がった。


「さて、せめて最後にあなたの名前だけでも知っておきましょうか、何と言うのです?」

「名前を尋ねるなら、先に自分が名乗るのが礼儀でしょ?」

「それは失礼。私は織部智也(おりべともや)と申します

 それで、あなたの名は?」

「カフェモカよ。」


名前を聞いて一瞬眉をひそめる。


「おや、変わった名前ですね? 出来れば本名を聞いておきたいのですが。」

「残念ながらこれが本名よ。

 ついでだから教えておいてあげるわ

 私は偶然兎の耳が生えた人間なんかじゃない。カフェモカと言う兎が人間になったものよ。」

「何と!? 人間以外が月に導かれて魔力に目覚める

 しかも人間そっくりの姿形まで得る。

 そんな事が世の中にはあるのですね、これはもっともっと調べなくては。」


私の素性を知って興奮した声を上げる

どうやら元兎だったと言うことが彼の知識欲を刺激したようだ。


「安心しなさい。もうこれ以上あなたは何も知る必要はないのよ

 どうせ私が斬るのだから・・・・・・。」


言うや否や、返答も聞かずに一瞬にして間合いを詰める

前進の勢いを乗せて男の胸に向けて一直線に剣が突き出される。


「精霊の呼び声、土精の護り。」


剣の軌道を遮るように岩で出来た壁が生まれて阻まれる

それは剣を弾くと用済みだと言わんばかりに消えてなくなる。


「精霊の呼び声、氷精の悪意。」


今度は男の頭上に氷柱が生まれて私へと射出される

後ろに下がりながら体を左右に振りそれを回避する。


「精霊の呼び声、風精の疾走。」


さらに男が魔力を操る

が、今度は何も起きない

私は警戒して相手の様子を見守る

頭の上の耳が閉め切られた室内に僅かな風の音を聞いた

撫でるような風が私の体を通り過ぎ。


「っ!?」


突如として腕に、体に、頬に、切り傷が生まれ

そして傷から血が吹き出し痛みを脳へと伝える。


相手の魔力の性質が全く掴めない

だが、攻守に渡って非常に強力である事は

今の一瞬だけでも理解が出来た。


「シューティングエッジ!」


魔力で二本の刃を飛ばして相手の出方を伺う。


「精霊の呼び声、氷精の悪意。」


生み出された氷柱が的確に刃を弾き落とす

更に二本を生み出して飛ばす

それも容易く氷柱によって弾き落とされる

その間隙を縫って私の体が走る。


「精霊の呼び声、土精の護り。」


再び壁が現れてルートを遮る

氷柱を出した後なら隙が出来るかもしれないかと思ったが

どうやらそう上手くは行かないらしい

だがここで攻撃の手を休めると相手に反撃の機会を与えるだけだ。


私は意を決して部屋の床を蹴る

天井すれすれの高さまで跳び上がり

岩の壁と天井の間を潜り抜ける。


男は不透明な岩の壁によって視界を遮っていたので

一瞬だけ私の姿を見失った

頭上から私の息遣いが聞こえたのに反応し

慌てて頭上を見上げる。


既に落下を始めていた私に対して防御は間に合わない

その顔面に向けて蹴りを入れ

その反動で後ろ向きに一回転しながら華麗に着地をする。


「精霊の呼び声、炎精の・・・・・・。」

「遅いっ!」


男が魔力を制御するための言葉を言い切る前に

予備動作なしで突き出された剣が本を持っている肩を貫く

さらに胸、腹と連続で突きを放つ

堪らず男は二、三歩と足をふらつかせながら後退する。


「くはっ、や、やりますね。

 『久遠の魔法書架ペーパチュアルライブラリー』、聖者の祈祷書を我が手に!」


再び背後の空間が穴のように抜け落ち

螺旋の本棚が現れて一冊の本を残して去って行く。


「聖者の祈祷書、祈りは生命を満たす。」


男が唱えると本から光が溢れ出す

それは先程付けた三箇所の傷に集まり

光に包まれた傷が瞬時にして塞がって行くのが見えた。


「そんなっ、傷が!?」

「捕まえたあなたの傷を治したのが誰だと思っていたのですか?

 この程度のこと私の魔力にとっては容易なのですよ。」


そうだ、いつの間にか前の戦いで無数に負った傷が全て塞がっていた

あれもこの男の魔力によるものだったのだ。


「『久遠の魔法書架ペーパチュアルライブラリー』、束縛の為の十の方法を我が手に!」


さらに本棚から新しい本を取り出す。


「この書架には数え切れないほどの魔法書が納められています。

 私の魔力はそれを自由に扱うこと、すなわち本の数だけ能力の幅があると言っても過言ではない。

 だからこそ、正しい知識を持って扱えばどの様な相手が来ても対応する事が出来るのです。」


何とも嬉しそうに説明を始める

一冊の本につき魔力使い一人分程度の能力があると思えば

確かに恐ろしい能力である

対して自分に出来る事と言えば斬る事のみ

思わず投げ出したくなるぐらいに不利な状況だ

だが、この男を斬り、そして無事に帰るためにも

限られた自分の能力の中で最善を尽くさねばならない。


「とりあえず厄介なその足を止めさせて頂きましょう。

 束縛の為の十の方法、呪縛の鎖。」


足元から突如鎖が伸びる

身の危険を感じると同時に背後に跳ぶ

冷たい金属の感触を肌に感じたが、辛うじて捕らえられずに逃げ延びる。


「束縛の為の十の方法、呪縛の網。」


今度は投げ網のように広がった鎖が

私の体を覆い尽くさんとばかりに襲い掛かって来る

これでは回避し切れない。


どうする? 自分に問う

自分に出来る事などたかが知れている

だが、その分野でだけは

相手の能力に劣るとは思わなかった。


右手を素早く振るう

紙の様に薄い刃は突くだけのためにあるのではない

縦に、横にと振られたそれは鎖の繋ぎ目をどんどん切り裂いて行く

切り損ねた一部の鎖が私の体に触れると同時に

意思を持ったかの様に巻き付いて

左半身が絡め取られる。


「さぁ、これでもうちょこまかと動けますまい。

 それでは終わりにしましょう。束縛の為の十の方法、死出の鎖。」


鎖が巻き付いている部分から体の中に流れ込むかの様に痛みが奔る

あまりの痛みに頭の中が白くなり、思わず膝を着く。


「あっ、あああぁぁ、あぁ・・・・・・」


途切れ途切れの悲鳴が私の口から上がる

このまま意識を途切れさせれば楽になるだろう

だが、そんな事は許せなかった。


(何か、何か手は・・・・・・。)


明滅する意識の中で必死に考える

しかし体に食い込むように巻きついた鎖を解く手段も

それを操る男をここから斬る手段も思い浮かばなかった。


せめて、最後に一矢報いたい

その気持ちだけが体を動かす。


兎々隆盛一矢うさうさコメットスティンガー。」


果たしてそれは言葉になっていたかどうか

それでも体の中の魔力は確かに反応した

剣が独りでに先端を男の方へ向ける

柄から迸った魔力を推進力として

膝を着く私を引き摺るように男の方へと向かって行く

力を振り絞って動かすことの出来る右足で地面を蹴った

更なる加速を得た剣は男の脇腹に深々と刺さる。


「ぐあああぁぁぁっ!」


男の叫びが上がった

それでも男は冷静に手元の本を構える。


「聖者の祈祷書、祈りは生命を満たす。」


光が満ちて男の傷を治そうとする

それと同時に、私に奔っていた痛みも消えて無くなる

巻きついていた鎖も崩れる様にして消滅する。


痛みから解放され少し冷静になった頭で眼前の敵を見つめる

その腹にはまだ剣が刺さったままになっており

そのせいで傷を完全に治す事が出来ないようだ。


「ぬ、ぬおああぁぁっ!」


男が凄まじい声を上げながら脇腹の肉を引き千切る様にして

刺さっている剣から横へと逃れ

その痛みに目を血走らせながら魔法を唱え、その傷を治す

治るとは言え痛みはあるだろうに

思い切った行動に出るものだ、精神的にも相当強い相手らしい。


「さて、あなたの魔力は非常に強力だわ。

 ただし、万能ではない。」


私の宣言に男は眉を上げる。


「ほう?」

「確かに様々な能力が使える。でも、同時に読める本は一冊だけのようね。」

「そこに気付くとは、何と素晴らしい。」


驚いた様な表情を笑みへと変えて賞賛する。


「いかにも。私は同時に一冊しか魔法書を読めない。

 すなわち、同時に使える能力の限度は一つだ。」


それならばまだ勝ち目はある

最低でも攻撃と治療を同時に出来ないのならば

何処かで隙を作ることは出来るはずだ。


「しかし、その欠点は私も重々承知している。

 だからこそ長年の研鑽によりそれを補う方法を開発したのだよ。

 あなたにも見せてあげよう。」


得意そうに、声高々に宣言する。


「『久遠の魔法書架ペーパチュアルライブラリー』、万象の詠み人。」


またしても男の背後に穴の様なものが開き本棚が現れる

しかし、今度は一冊ではなく本棚一つ分程の本が一斉に吐き出される

それらは男の背後に何列にも並ぶかのように空中に停滞したかと思うと

一斉にページがめくれ始める。


「私の能力、『久遠の魔法書架ペーパチュアルライブラリー』の最大の強みを見せてあげよう。

 それは圧倒的な魔法書の数による飽和攻撃だ。」


何十と並んだ本が魔力を帯びて来る

あれだけの数の魔法書が一斉に攻撃を仕掛けてくるならばひとたまりも無いだろう

とは言え、安々とやられてなるものか

相手が最大の力で攻めて来るのならば

こちらも最大の力で対応しないといけない

だから、全ての魔力を解き放つ言葉を紡ぐ。


千変万化首刈兎(サウザンラビッツ)!」


今までに制御したことが無いほど大量の魔力が

体の、心の奥から湧き上がって来る

膨大な魔力に共鳴するかの様に自分の中に凶暴な感情までもが湧き上がる。


斬れ斬れ斬れ斬れキレキレキレ・・・・・・


相手がどれほど強大な能力であろうと

全て斬ってしまえ

一切を斬断する事こそが私の存在意義だと

声無き声が響いて来る。


普段ならば忌むべきその斬殺衝動をも今は力へと変えて

私は居並ぶ無数の魔法書へと対峙する。




開かれた魔法書の内、数冊から魔力が放たれる

それは氷や岩、金属の弾丸へと形を変えて私へと殺到する

私の体中に満ちる魔力の一部を変換

巨大な一本の剣を生み出し迎え撃つ。


両手で抱えるほどの巨大な剣が唸りを上げた

それは殺到する様々な攻撃を巻き込んで

眼前の空間を切り裂く

それは最早、剣と氷や岩と言った物理的な衝突ではなかった

もっと、純粋な魔力と魔力がぶつかり合うような根源的なものであった。


一振りにして全ての弾丸が斬り裂かれ

それと同時に魔力同士のぶつかる激しい衝撃によって剣も折れて崩壊する

その間に私は足を一歩踏み出す。


次の攻撃が来た

今度は光線やら雷やらが空間を迸る

一本の刀を生み出し抜き放つ

その刃は光線を両断し、そして折れる

さらに中身を失い空っぽになった鞘に魔力を込める

魔力の込められた鞘はそれ自身すら既に刃物だ

右手で刀を抜き放った姿勢から、左手一本で振るわれた鞘は

雷を斬り裂き、役目を終えた。


さらに一歩踏み出し

そして魔法書の列から更なる攻撃が飛んで来る

薙刀、斧、鉈、鋏・・・・・・

思い浮かぶままに様々な刃物を生み出しては全てを斬り裂き

一歩ずつ魔法書を操る男の元へと踏み出して行く。


さらに爪、曲刀、包丁、鎌と

無数の武器で無数の攻撃を斬り払いながら一歩ずつ確かに進んで行く

そしてついに、男の目の前まで歩を進めた。


「これで、終わりよっ!」

「なにいいぃぃぃっ!」


絶対の自信を持っていた攻撃を全て斬り払いながら近付いて来る私の姿に

男の表情が驚愕へと染まって行く

残された僅かな魔力で両方の手の中にナイフを生み出す

小さく、軽いそれは交差する様に振るわれ

いとも容易く男の首を斬り裂いた。




館から出ると、既に夜は白み始めていた

連れ去られている間、私は意識が無かったのでここが何処かは正確に分からない

でも、大切な友人の下へと帰らなくてはならない

私は街へと向けて走り出した。


どれぐらいの時間、どれぐらいの距離を走ったのかは覚えていない

気が付けば日が昇り、人から兎に戻ってしまう

体のサイズが合わなくなり、脱げてしまった靴を咥えて

それでもなお必死に走り続けた。


体力も、魔力も使い果たして既に限界だった

それでも大切な友人の顔を思い浮かべ

懸命に四本の足を動かし続け

ついには見知った風景へと戻って来た。


散歩に連れて行ってもらった時の記憶を頼りに

アパートまでの道のりを辿る

すっかり疲れ切り、走る事も出来なくなりそうになった頃に

ついに友人の住む、私の居候しているアパートが見えて来た。


玄関を潜り、階段を上る

二階にある友人の部屋の前まで来ると

自然と扉が開いた。


ちょうど出かける時間帯だったのだろう

外行きの服装に身を包んだ彼女は

足元に私の姿を見つけると満面の笑みを浮かべた。


「カフェモカちゃん。心配してたんだよ、お帰り。」


その言葉に私は小さく頷いた。


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