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episode.12 月がもたらしたもの ─前編─


目を醒ます・・・・・・


最初に飛び込んできたのは見知らぬ天井だった

続いて見知らぬ壁、見知らぬ調度品

背中に当たるベッドの感触も記憶にないものだ。


(あれ? 私は・・・・・・。)


ここは何処なのか、自分は何をしているのか

記憶が曖昧で状況が全く分からない

体を動かした時の感覚から

現在は人間の姿である事は理解出来る。


とりあえずベッドから降りる

周囲を確認すると、一人用の個室のようだ

置かれている家具等は普段住んでいるアヤの部屋の物より格段に良質だ。


自分の置かれている状況が掴めないので

少しでも手掛かりを得ようと部屋の外へ向かう

幸い、この部屋の扉に鍵は掛かっていないようだ。


念のため扉をそっと開けて外の様子を確認する

やたらと広い廊下が伸びているだけで

人の気配等は一切感じない。


廊下に出る

そして適当な方向へとゆっくり歩き出す

この廊下にも、先程の部屋にも窓や時計はなかったので

現在の時間は見当がつかない。


広いがきちんと掃除をされていないのか

隅の方にところどころ埃が溜まっている廊下を歩いている内に

少しずつ記憶が蘇って来る。


私は、アヤを斬りそうになって、部屋を飛び出して

夜の街で偶然魔力使いの少年を見かけて

戦闘になり、苦戦の果てにそれを斬り殺した

そこから突如鎖に捕まって・・・・・・。


そうだ、私は別の魔力使いの不意打ちに合って捕まったはずだ

顔は分からないが男の声だったと思う

と、なるとここはあの男の住処か。


あれからどれぐらいの時間が経っているのだろうか

人間の姿のままだからあまり時間は経ってないのか

それとももう何度か人間の姿になるぐらい日数が経っているのか。


自分の体を確認してみる

前の戦いであれだけ付いた切り傷は全て無くなっている

だが、コートやスカートには切り裂かれた跡が至るところに残っていた

大丈夫だ、日数が経っているならこれらも自動的に修復されるはずである

と言う事は意識を失っていたのは僅か数時間

それにしては異様に体の傷が塞がっているのが気にはなる。


そうこうしているうちに廊下の突き当たりに辿り着いた

そこから上り階段が伸びている

恐る恐る階段を上って行く

階段を上る自分の足音が反響して聞こえる

一体何処へと繋がっているのか

不安を抱きながらも階段を上り切った。




巨大なホールへと出た

二階か三階まで届くほどの大きな吹き抜けになった広間であり

その天井は高く、豪華なシャンデリアが垂れ下がっている

床には赤いカーペットが敷かれているが、これもところどころ汚れている

複数の扉が並んでおり、どこへ繋がっているのかは想像が付かない。


耳に意識を集中してみる

下にいた時は分からなかったが

どうやらこの屋敷は無人ではないようだ

誰かの気配や物音を感じる。


たぶんこの大広間から玄関へ出る道はあっただろう

しかし、何故私をここへ連れて来たのかが気になったし

後で再び襲われて連れ去られるような事になっても困る

この日の内に決着を着けておきたかったから

玄関ではなく、奥へとその足は自然と向いた。


広く、入り組んだ屋敷の内部を進んで行く

優れた聴覚がなければ誰にも会う事は出来なかっただろう

そう思えるぐらいに多くの部屋の前を通り過ぎたが

人の気配を感じたのは

奥まった場所にある一室のみだった。


その扉の前に着いた私は

躊躇いなく部屋の中へと入って行った。




書斎。なのだろう

薄暗い部屋の中には磨き上げられた木材で作られた個人用の小さな机と椅子が一セット

そして壁にはいくつもの本棚が並んでいる

壁には分厚いカーテンを付けた窓があり

今は外から真円の月の光を存分に取り込んでいる。


そこに、一人の人間が腰を掛けている

四、五十ぐらいの男だろうか

肩ぐらいまで伸びた髪はぼさぼさで四方に散っている

着ている服も上品そうなシャツとズボンだが

どちらも着古してくたびれた感じがする。


私の入って来た物音に気付き

読んでいた本から顔を上げてこちらを振り向く

私の姿を認めると、眼鏡の奥の瞳が嬉しそうに細められる。


「おや、もう起きましたか

 思った以上にお早いお目覚めで。」

「そんな事はどうでもいいわ

 私をこんな場所に連れて来て、一体何のつもりかしら?」


単刀直入に切り出す。


「簡単な事ですよ、私は知りたいのです。あなたのことが。」

「何も言わず無理矢理連れて来られて、その上で知りたいです?

 どう言うつもりか知らないけれど、私は願い下げだわ。」

「なるほどなるほど。そう言う態度を取られますか

 あなたはそう言う方なのですね。分かりました。」


男は納得したかの様に何度か頷く

それに背を向けて扉へと手を掛ける。


「付き合ってあげる義理は無い、帰らせて貰うわ。」

「それは困りますねぇ、何せまだまだ知りたい事が沢山残っている。」


無視して扉を開けて部屋から出る

廊下へと足を踏み入れた私の背中に言葉が掛かる。


「帰られるのでしたらそれはそれで構いませんが

 その場合、あなたの後を着けて住居を確認し

 後日ゆっくり調査をさせて頂く事になりますがよろしいでしょうか?」


私は足を止めて男に向き直る。


「何よそれ、脅しているつもりなのかしら?」

「いえいえ、脅すではなくて実際に行う事を告げているだけですよ。」


思った以上に面倒くさい相手だ

だが、言ったからには実際にやるのだろう

そうなると部屋にいるアヤにまで迷惑が及びかねない

それを思うと今のうちに済ませておくに限るか。


「とりあえず目下気になる事としては・・・・・・

 その耳、寝ておられる間に少し調べましたけど、本物ですね?」


私が足を止めたのをいい事に話を進めて来る。


「本物。だとしたら何だと言うの?」

「勿論何故人間に兎の耳が生えているのかをお尋ねしたい

 今まで多くの人間を見てきたつもりでしたが、その様な方は誰一人としていなかったですからね。」


本物だとばれているのなら下手にはぐらかしても仕方がない

だが、素直に本当の事を言う気にもなれない。


「気が付いたら生えていたのよ。詳しいことは自分でも分からないわ。」

「ふむふむ。いつ、何処で、一体どの様な状況で生えて来たか覚えていますか?」

「覚えてないわね。」


元々乗り気だったわけではない

適当に話を切ろうとする。


「では、聞き方を変えましょう。

 やはり月に導かれてですか?」

「っ!?」


たしかに最初に人の姿になったのは

やたらと月が輝いていた晩だ

あの時感じた不思議な月の光は今でも覚えている。


「その顔、やはり月に導かれたのですね

 あなたに目覚めた魔力の影響でしょうかな?」

「・・・・・・。」

「しかしながら、体が変質する類の事象は初めて見ますな

 精神の変質なら一般的な事象ではありますが。」


一体何の話をしているのだろうか

今一理解が出来ない。

それを見越したのか男が話を進める。


「理解が追い付かないと言った顔をしていますね。

 あなたは感じたことがありませんか? 自分では制御し切れないような感情のうねりを。」

「制御し切れない、感情・・・・・・。」


真っ先に思い浮かんだのは

アヤを斬ろうとした自分にも分からないあの思考だった。


「思い当たる節はありますかな?

 自覚無く衝動に身を委ねていた方も過去には沢山おられましたが。」

「あなたは何を知っているのよ?」


答えが知りたかった

自分の行おうとした行為の意味を

そしてそれを制御する術はあるのかを。


「簡単にお答えいたしましょう。

 月から魔力を授かった人間はそれと同時に例外なく精神が変質し

 魔力と結びつく特定の趣味、思考、感情等が強くなるのですよ。」

「例外なく? だとしたらあなたも。」

「えぇ、勿論。

 私にとってはこの知識欲が止まることは一切ありません。」


男は躊躇い無く言い切る。


「私はあらゆる事象が知りたい、知りたくてたまらない

 あぁ、知りたい知りたい知りたい知りたい識りたい識りたい識りたい

 識りたい識りたいしりたいしりたいしりたい・・・・・・。」


目に不気味な光を帯びる

熱にうなされた様な男の言葉は止まらない。


「まだ知らない事を知るためならどんなことだってしますよ。

 えぇ、例え人の道を外れようとも知識欲を満たしてくれるならば厭いません。」

「狂っている・・・・・・。」


思わず口を付いて出る。


「えぇ、狂っていますとも。月に導かれた者は何人たりとも、ね。

 あなたも心の何処かでそう言う気持ちはありませんかな?」

「そんな事、私は・・・・・・。」


ない。と、言い切れるのだろうか

何の前触れも無く、躊躇いも無く友人を斬ろうとした自分は

狂って無いと言い切れるのだろうか?


そもそも思い返してみればそうだ

魔力を使えるようになってからのこの一年

多くの敵を斬り殺して来た

混乱して自分の魔力を半ば暴走させていた人間も

まだ殺しにまで手を染めていなくて改心させられたかもしれない人間も

全て等しく、一片の容赦もなく斬り殺して来た。


「あぁ、そう。そうだったのね。」


今まで自分が出会って来た魔力使いは

無関係の人間を当たり前のように害する

外道ばかりだと思っていた。


だが、何てことは無い

冷静に見つめ直してみると

自分も誰かを当たり前のように斬り殺すような

狂人の一種だったのだ。


「あは、あはははは・・・・・・。」


思わず乾いた笑いが漏れる。


「そう。全てこの力を手に入れた時からおかしかったのね。

 で、これをどうにかする方法はあるのかしら?」

「簡単な事だよ、満たせばいい。」


男は言い切る。


「私が知りたいのはそれじゃないのよ。これを抑えて普通に生きれるかどうかよ。」

「残念ながらもう止める事は不可能だよ。

 過去の文献を遡っても、一切の例外なく全員が狂人として処刑、幽閉等で終わるか

 自分の感情を持て余した挙句に自滅しているかのどれかだよ。」

「そう。たしかに残念ね。」


つまり、私はもう誰かを斬らずには生きられないと言うことなのだろう

それは余りにも歪で、危険極まりない。


「なに、残念がる必要はない。

 全ては魔力と密接に結びついているから、それを満たすための手段はもう持っているはずだ。」


どうやらこの男は自分の魔力の危険性を分かった上で

それでもなお、自分の知識欲を満たすためならどんなことでもするのだろう

そんな人間を放っておくことは出来ない

・・・・・・いや、これも間違いなのだろう

危険だから、放っておけないからと何かとこじつけてきたが

実際のところ、究極的な目的は一つだ。


目の前の相手を斬り殺したい


相手が魔力を持って悪用するような人間なら

魔力を使って斬ったとしても心が痛まないだろう

だから、私は心のままに魔力を開放する。


「ヴォーパルレイピア!」


両手を広げ、左右に突き出し

そして胸元へと持って来る

右手と右膝を同時に上へと上げ

力強く一歩踏み出しながら右手を前へと出す

左手を右手に重ね

弓を引くように右手を後ろへと引くと

左手と右手の間に一本の魔力の線が生まれる

くるりと体全体で回転し

右腕を大きく斜めに振るうと

魔力が実体化し、一本の武器へと変化する。


兎を模した鍔は持ち手を覆うかのように柄頭へ伸びている

大きな鍔とは対照的に、そこから伸びる刀身は小さい

長さ自体は普通の剣と大差はないのではあるが

針の様に細く、そして紙の様に薄い

尋常の技術で作ればすぐにでも折れてしまいそうな形状だった

だが、魔力によって作られたそれは見掛け以上の強度を誇る。


「そんな物を出して、一体どう言うつもりかな?」

「あなた自身が言ったことでしょう?

 沸き起こるこの感情は、満たせばいいと。」


そして剣の細い切っ先を突きつけて言い放つ。


「だから、あなたを斬るだけよ。」


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