episode.11 刃の向く先は ─後編─
血色の刃が迫って来る
長い爪状の刃を着けた腕を振るい叩き落す
一本ずつ落とそうが、まとめて落とそうが
それらはすぐさま浮かび上がり
再びこちらへ狙いを定めて襲い掛かって来る
空を泳ぐような刃の姿はさながら獲物に群がる肉食魚のようだ。
「ったく、しつこいわね。」
思わず悪態をつくが事態は好転しない
無制限に飛んで来る刃の相手をしていても
有限であるこちらの体力が尽きてしまうだけだろう。
この手合いの対処の仕方は
今まで戦って来た魔力使いとの経験で分かっている
魔力を制御している本体を斬る事だ。
少しずつ円を描くように下がりながら刃を落としていく
小さい上に素早く、様々な角度から飛んで来る刃の相手は厄介だが
両手に武器を着けて手数が多かった事が幸いし
今のところは全て防ぎ切っている。
角度を調整し
男性を背中に見るくらいになったのを見計らって
両腕を先程までより強く振るい
片腕で二本ずつ、四本の刃を大きく弾き飛ばす。
同時に百八十度回転し
刃が再び飛んで来る前に男性の方へと駆け寄る
右腕を振り上げ首元を横薙ぎに一閃
並んだ四本の刃のうち一本でもかすれば
首を通る血管を切り裂き致命傷は免れれないだろう。
しかし男性は狙いを察して左腕で首をかばう
腕に四本の傷が走るが致命傷には程遠い
咄嗟に左腕で追撃を試みる。
「『復讐の血刃』、コーギュレイション!」
さっき付けた四本の傷から垂れた血が空中で固まり
腕から四本の刃が生えるかのような形になって
私の振るった爪を止める。
「『復讐の血刃』、アウェイクン!」
さらに男性の叫びでそれらが腕から外れ
新たに四本の刃へとなって襲い掛かって来る
仕留め切れないと判断して一度私は間合いを外す。
そこに追い縋る四本の刃
さらに背後から弾き飛ばした先の四本が迫って来る
両腕の爪を駆使して前後からの刃を弾き落とす
が、計八本もの刃を落としきれず
爪を掻い潜った数本が私の皮膚を切り裂く
体から染み出た血がコートとスカートを赤黒く染める。
私を切り裂いた刃はさらに空中で方向を転換し
再び私を切り裂こうと襲って来る
極限まで姿勢を低くして刃の囲みから逃げ出す
背中に裂傷が走るが、それに耐えて必死で距離を取る。
それでもしつこく八本の刃が背後から迫って来る
四本は対処できたが、この数は相手をするには厳しい
かと言って魔力使い本人を狙いに行く余裕もない
考えた末に私は
敵に背を向けて逃げ出した。
怪我をしてる故に全速力では走れないが
出来る限りの速度で校舎裏を後にし
校舎の間を縫って、さらに中庭を横切り
その先の体育館の影に身を隠す。
息を殺してただひたすらに待つ
随分引き離したとは思うが、あれらは私を見失ったのだろうか
長いような、短いような時間が経過する
すぐに視界に私を追って来た赤い刃が映る
それらは寸分の迷いもなく切っ先を私の隠れている場所に向け
一斉に飛び掛って来る。
「ちっ。」
相手が完全にこちらの位置を把握している事実に
思わず舌打ちが出てしまう
居場所がばれているならこのまま隠れている理由はない
物陰から飛び出して
切り傷を増やしながら殺到する刃の間を潜り抜ける。
距離を取っても何らかの方法で私の居場所を感知出来るなら
ただ隠れるだけでは意味がない
何かしらの手段であれの動きを止めなくてはいけない
だが、そのための手は浮かばず闇雲に学校の敷地内を走り回る。
失血と疲労から少しずつ走る速度が落ちて来る
これ以上一方的な逃走が長引けば追い着かれてしまうだろう
焦りがどんどん這い上がって来る
ちらりと後ろに視線をやると
先程までより刃との距離が近くなっている気がする。
打開策のないままの消耗戦が続く
食堂、プール、グラウンド
学校内の様々な場所を確認しながら走るが
この状況を変えられるようなものが見つからない。
気がつけば校門前まで来ていた
このまま学校の敷地外へ逃げたらどうなるだろうか
この追って来る刃に距離的な制約はあるのだろうか
魔力の供給が出来なくなる距離まで逃げると言う手も無いわけではないだろう
だが、そこまで逃げている間にあの男性もきっと何処かへ行方をくらますだろう。
これだけ危険な力を持っている相手だ
ここで逃がしてしまうと更に犠牲者が増える可能性が高い
この夜のうちに何とかして斬っておかねばならない
そのためには、逃げ続けるだけのこの状況を打破する必要がある。
そこで一つのものに目が行く
校門を通り過ぎるかの様に走り
急激に方向転換をして横に立っていた掲示板の前に移動する
後ろから追って来ていた刃も九十度向きを変え
私の急激な動きに対応して来る。
目の前まで迫る八本の刃
門前の明かりに照らされて鋭く光るその切っ先を十二分に引き付け
そしてバク宙の要領で大きく飛び跳ね
掲示板を盾にするように裏側へと回り込む。
カカカカカッ
厚い板越しに何かが突き刺さる音が聞こえる
木で出来たそれを突き破って鋭利な切っ先が顔を出す
しかし、そこまでで動きが止まった。
これが布などの柔らかいものだったなら突き破られていただろう
これが金属などの硬いものだったなら弾き返して、再び動き出していただろう
だが、この板は適度な硬さだった故に
中途半端に刃が刺さってしまい
突き破るにも抜くにも推進力が足りなくなってしまった。
何とか動きを止めることには成功した
掲示板に突き刺さったままの刃を尻目に
私は決着を着けるために校舎裏へと戻った。
私が校舎裏に戻って来ると
そこにはまだ二人の男性が残っていた
先程までと様子が違うのは
座っていた方の男性が全身を血に濡らし
地面に倒れ伏していた事ぐらいである。
どうやら助けられなかったらしい
また一般の人間が魔力による行為に巻き込まれ命を落としてしまった
悲しい出来事だとは思う
だが、それと同時に別の感情も沸き起こる
魔力を使って無関係の人間を殺すような人間には
容赦をしてやる必要もないと
存分に斬ってしまって問題ないと言う
ある種の喜びに似た感情が沸き起こる。
「ふぅ、随分手間を掛けさせてくれたわね。」
全身に傷を負い、息を乱しながらも
冷静な表情と声音で私は告げる。
「そろそろ終わりにしましょう・・・・・・。」
「そ、そんな・・・・・・
僕の『復讐の血刃』はどうした!?」
自分の魔力に自身を持っていたのか
私が逃げ切ってここに戻って来た事に見るからに狼狽する。
「残念ながら、向こうに捨てて来たわ。」
「出来るわけがないっ!
『復讐の血刃』は一度狙った相手を絶対に追い続ける。」
男性がヒステリックに叫ぶ
だが、追って来れないように細工をして来たのは事実だ。
「気になるなら見てきたらどう?
勿論、そんな暇をあげる気はないけど。」
無造作に一歩踏み出す
男性は一歩後ずさる
地面を蹴って一息に近付く。
「兎々多重双葬!」
両腕に魔力が集中し、身体能力を引き上げる
先程は一撃で片をつけようとして失敗した
同じ失敗をする気はない
魔力によって強化された腕は目にも留まらぬ速さで振るわれる
場所を問わず一瞬にして数え切れないほどの傷跡が男性の体を埋めて行く。
「ああぁぁぁぁっ!」
校舎裏に絶叫が響き渡る
そして男性は痛みに耐えかねて膝を付く。
「あぁ、やめ・・・・・・許して・・・・・・。」
途切れ途切れに命乞いの言葉を吐く
それを見下ろしながら私は。
「魔力で他人を殺しておいて、自分だけ助かろうなんて。」
冷たく言い放ち既に無防備になった首筋を目掛けて
よどみない動作で爪を振るう。
「は・・・・・・ひ・・・・・・。」
最後の言葉を発しようとするが
斬断された喉からは空気が抜けるような音を発しただけだった
そして全身を赤く染め上げた男性は
自らが作った血溜まりに倒れて動かなくなった。
訪れる静寂
それと同時に戦いに熱くなっていた気持ちが静まる
冷静になると、目の前に落ちているのは見るも無残な死骸が一つ。
「友人を斬ることは躊躇ったのに
他の人間はどうでもいいの・・・・・・?」
考えが思わず言葉になって出てしまう
まだ少年と言っても差支えがないぐらい若い男性の死体
友人を斬ることはあれだけ躊躇っていたのに
この少年を斬る事には何の躊躇いも持っていなかった
いや、それどころか嬉々として斬り殺した。
「私・・・・・・私は・・・・・・。」
前の戦いの時も痛感したはずだ
過ぎた事は取り返すことが出来ない
なのに、なのに私は一片の容赦もなく人を殺すことを選択した。
本当にこれでよかったのか
友達以外は斬っても心が痛まないのか
抑えきれない疑問が沸き起こる
だから・・・・・・。
「おぉ、これは実に興味深い。是非とも連れて帰って調べなくては
束縛の為の十の方法、呪縛の鎖。」
だから、足元から突然伸びてきた鎖に全身が縛り上げられた
普段なら本能的に感知出来たはずの突然の攻撃に
気付くことすら出来なかった。
「おや、変わった格好だと思っていたがこれはまさか・・・・・・本物!?」
後ろから声と共に誰かが近付いて来る
振り向こうとしたが
鎖に縛られていない部分も見えない何かに抑えられているかのように
全く動かすことが出来なかった。
ゆっくりと近付いてきたそれは
私の肩に無造作に手を置く。
「さて、とりあえず戻ってからゆっくりと調べるとしよう
空間旅行の手引き、リコールホーム。」
眩い光が校舎裏の空間を包み込む
それが晴れた後
そこに生きているものの姿は一つもなかった。




