表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/26

episode.10 神隠しの少女達 ─後編─

真円の月が校舎を煌々と照らす

生徒のいない夜の学校は

巨大な墓標のように静かに佇んでいる。


その一角、倉庫等が並ぶ裏の小さいスペースに

少女達の追撃を振り切った私は隠れていた。


さて、どうするか

出会い頭にいきなり魔力を使用してくるような人間を

放っておくとどれだけ被害が出るかは分からない

あれは斬るべき相手だ。


だが、街中で下手に戦闘をして

この前みたいに騒ぎになっても困る

人気のない場所へと誘い込みたいところだ。


耳をピンと立てて周囲の音を伺う

特に足音等は感じない

とりあえずは振り切ったようだ。


乱れた呼吸を整える

本音を言えば素早く決着をつけてアヤを探しに行きたいところだ

そうなると取るべき手段は必然的に限られる

相手の魔力がどのようなものか分からないのは危険だが

小細工を用いている場合ではない。


「ヴォーパルウィップ。」


両手を左右に広げる

縮こまるように足を、体を曲げ広げた両手も下ろす

一点に纏まった魔力を左手で掴み

体ごと右手を真円の月に向かって伸ばす様に跳ね上げる

右手に引っ張られ引き伸ばされた魔力が実体を持っていく

左手を離すとバネ仕掛けのように反動で右手側に魔力が集まる

そして一本の剣となった。




「ふむふむ、見失ったか。」


兎耳の少女を追跡させていた少女(ペット)達が帰って来た

少女(ペット)達は主人である自分からは遠く離れられないように出来ている

どうやらその範囲の外まで逃げられたらしい。


「どっちに向かった?」


聞くと一人の少女(ペット)が腕を上げて指を差す

せっかくあれだけの可愛い少女を見つけたのだ

是非とも手に入れなくては

少女(ペット)が示した方向へと、少女(ペット)達を引き連れて歩いて行く。


「よしお前達、さっきの兎耳の娘を探して来い。」


自分が号令をかけると少女(ペット)達が四方へ散って行く

後は発見の報告を待つだけだ

今日はついている

コレクションにしたいぐらい可愛い少女が手に入っただけでも運が良いのに

さらにもう一人手に入れれるだなんて。


しばらく経って何処からとも無く声が聞こえる

近隣の学校で兎耳の娘が見つかったようだ

魔力を伝って四方へと散った少女(ペット)全員に伝える

目標は学校にいる。即時全員で向かって捕獲せよと。


自分はゆっくりと現地へ向かうだけだ

着く頃には、少女(ペット)達が目標を捕獲しているだろう

そう思いながら学校へと足を進めていると

不意に違和感が襲って来る

魔力によって把握していた少女(ペット)達の反応のうち

最初に目標を発見したと伝えて来た一人の反応が急に消失した。


「おかしい、こんな事は初めてだ。何が起きている?」




手に持った剣を大きく振るう

跳ねた血が乾いた土を濡らす。


「ふぅ、まずは一人と・・・・・・。」


目の前に倒れ伏す少女を見下ろす

脇腹を深々と斬られ血が溢れ出し

一目で致命傷だと分かった。


相手に見つかりやすいように学校のフェンスの上に待機してから数分

すぐに首輪をした少女に見つかった

追って来やすい様に速度を抑えながら

学校の敷地内へと逃げ込み

単独で追って来た少女を校舎裏の人目につかない場所で始末したばかりである。


最初に襲って来た時は複数いたはずだ

残りも時機にやって来るだろう

息を殺し、気配を隠してただひたすらに待つ。


しばらくし待つと鋭敏な聴覚が足音を捉える

複数の方向からするところを見ると

ある程度の人数は集まって来たらしい

私は物陰から飛び出して

一番近い足音の方へと向かった。


首輪の少女が二人

どうやらこちらにはまだ気付いていないらしく

辺りを手当たり次第に探している。


背後から忍び寄って斬る事も容易だろうが

相手の魔力がどのような性質か分からない以上

余計な戦闘は避けるべきである

ひとまずはこの二人の後を見つからないように追いかけた。


私を探してだろう

首輪の少女達は校内の隅々をくまなく走り回る

しばらくして校舎裏の一角に辿り着く

先程、最初の首輪の少女を私が斬った場所だ

その死体を発見すると同時に少女の片方が固まったように停止し

そして少し顔を上げて宙に向かってうわ言のように呟く。


「報告、行方不明になったマオを発見

 校舎の裏で死亡しています。」


そのまま二人は私の捜索をやめたのか

その場に留まって動かなくなる

私もその様子を見ながらひたすらに待つ

すぐに足音が近付いてくるのを耳が捉える。


首輪の少女がさらに二人

それに遅れて魔力使いである男がこの場にやって来る

そして死体となった少女を見て。


「あぁ、何て、何てことだ。可愛い私のコレクションが・・・・・・。」


顔を両手で覆い涙声を上げる

まだ私の事に気が付いていない

完全に隙だらけである。


私は持っている剣の柄の先端を捻る

すると刀身に何等分かするように切れ目が走り

いくつもの短い断片へと変化する

それはしなやかな革製の芯で繋がれており

さながら先端と途中にいくつもの金属片を取り付けた鞭のような形になった。


物陰から音も無く鞭を振るう

金属の刃を付けた先端が一直線に男の背中へと向かい

それに気が付いて射線上に躍り出た首輪の少女の腹を刺し貫いた。


声も無く少女が崩れ落ちる

その音と気配に男が振り向く

倒れた少女と広がる血溜まり

そして鞭を手元に引き寄せる私の姿を見て。


「な、何が起きている、何でこんなことになってしまった?」

「残念、他の子に用はないからあなたを狙ったのに。」


再び剣の柄頭を捻ると芯の部分が巻き上げられ

一本の剣の形へと戻る

それを構えながら男の眼前に出る。


「お前、お前がこれをやったのか?」

「襲って来たから斬った。それだけよ。」

「こ、この人殺し。人殺しめっ!

 お前達、あの娘を捕らえろ!」


男が逆上したように叫ぶ

その声に呼応し首輪の少女達がこちらへと殺到して来る。


正面から突っ込んで来た少女を袈裟斬りにする

左に一歩分だけ体をずらし、右から掴みかかって来た少女を避ける

すれ違いざまに少女の脇腹に剣を奔らせ

そのまま華麗に横に一回転しながら一歩踏み出し

残った少女に向けて剣を振り下ろす。


一瞬にして三人の少女が血溜まりに倒れ伏す

私はそのままつかつかと男の方へと歩み寄る。


「お、お前、こんなことをして何の良心の呵責も無いのか!?

 これだけの人間を殺したんだぞ、それでいいのか!?」

「向かって来たから斬っただけよ、何か問題あるのかしら?」

「なっ・・・・・・。」


男が絶句する

そこに躊躇無く剣が振り下ろされる

が、男は思いの外素早く飛び退き

剣の間合いから逃れる

切っ先が男のネックレスに引っかかり鎖が弾け飛んだ。


「こうなれば、開け放たれし厩舎!」


再び青白い光が立ち込めて

三人の首輪を付けた少女が新たに呼び出される

そしてその内の一人は

肩の辺りで切りそろえられた黒髪に、整った顔立ち

私の良く知る少女だった。


「あ、アヤっ!?」


思わず驚愕の声が出てしまう。


「牧畜は全てを投げ出す!

 さぁ、私の可愛い少女(ペット)達に手を出したあの娘を全力で始末しろ!」


男の命と共に少女達の首輪に付いている青い石のようなものが不思議な輝きを放つ。


「くぅぅぅぅ・・・・・・。」

「うぅぅっ。」


同時に少女達の口から苦悶の声が溢れ出す

そして、先程の少女達とは比べ物にならない速度でこちらへと飛び掛って来る。


一人目の攻撃を後ろに下がって回避する

そこに次の少女が飛び掛って来るのをさらに右後方へ体を動かして避ける

避け切れずに掠めた爪の先が私の頬に赤い線を作る

さらに最後の一人が向かって来るのが見えたので剣を構える。


「くっ、アヤ!?」

「んんんんん、んんんーっ!」


目の前に来たのはアヤだった

閉じられた口から何かを言おうとしてるのか音が漏れる

十分に反撃のタイミングはあったが

まさかアヤを斬るわけにはいかない

構えた剣を下ろして

振り下ろして来た腕を空いている左手で受け止める。


「そこの男っ、アヤに何をしたのっ!?」


問いかけへの返答は沈黙

何とか受け止めているものの

予想以上に強い力を込めてくるアヤに徐々に押されて来る

そこに横から別の少女が体当たりを仕掛ける。


私の体は大きく跳ね飛ばされて

学校を囲っていたフェンスにぶつかって大きな音を奏でる

衝撃で肺から空気が漏れる

体勢を立て直す前に更に少女が突っ込んで来る。


咄嗟に少女の方向へ向けて剣を突き出した

だが、突っ込んで来た少女は止まる事なく

腹部を剣に貫かれながらこちらへと踏み出し

顔に向けて手を伸ばして来る。


「んんんんんんーーーっ!」


絶叫するような声が口から漏れつつも

その動きは止まらず私の顔を両手で締め上げる

並みの人間とは思えない力だった。


「う、兎々自在舞踏うさうさコントロールポイント!」


痛みに歪む視界の中で

確かに声を発し、魔力を剣へと集中させる。


魔力によって強制的に動かされた剣は

刀身を分離して鞭状へと変形

先端部が少女の背中を突き破りさらに伸びていく

私の意思に従って空中で円を描くように向きを変え

今度は背中から心臓を貫きながら私の元へと帰って来る。


「んんっ・・・・・・。」


断末魔の声を上げ

私を締め上げる力が緩み

少女が力なく倒れた。


急いで柄を操作して刀身を巻き上げる

再び剣の形に戻った武器を倒れた少女から抜き取り

続いて向かって来る二人に目をやる。


片方はアヤだ、何としても斬るわけにはいけない

どうやったら止める事が出来るのか

アヤが好き好んで私の事を襲って来る事はないと考えていい

だとしたら、あの男の魔力の影響によるものか

あの男を斬って魔力が途切れさせれば収まるか。


人間離れした動きと力で襲って来る二人を相手しながら

少し離れた場所に立っている男を狙うのは厳しい

まずは何とかして道を作らなければならない。


「シューティングエッジ!」


魔力の刃を生み出してアヤでない方の少女の顔を目掛けて撃ち込む

額に当たり裂傷を作るが怯む様子は全く無い

止めるのを諦めて回避動作に移る

横に逃げるには既に近付かれすぎている

そして背後にはフェンス

逃げ場を失い仕方なく真上へと跳ぶ。


助走もなしに数メートルの急上昇を見せ

少女達の手から逃れる

しかしこのままだと垂直に落下して再び少女達の間合いの中だ

私は手元を操作して剣を鞭状態に切り替える

校舎裏に等間隔に植えられていた木の一本に向けてそれを放つ

太い枝に巻きつき刃が食い込んだのを確認してから

巻き上げ機能を起動させる

固定された刃の代わりに柄が吸い寄せられるように

私ごと木の方へと向かって行く。


木の上に着地した私を追って

少女の片方がこちらへ走り寄る

走る勢いのままに跳び、樹上へと肉薄して来る。


「くぁぁぁぁぁ!」


苦しげな声と裏腹に殺意の感じられる動きで向かって来る

私は鞭を振り下ろし迎撃する

強烈な打撃が跳ぶ勢いを殺し

そこに鞭に取り付けられた刃片が襲い掛かり体を切り裂く。


大量の血を流しながら着地する少女

痛みなど気にするそぶりも見せずに木に取り付き

登ろうと試みる。


どのような魔力かは正確には分かってはいないが

苦痛に呻き声を上げ、血だらけになりながらも動く少女の姿は痛々しい

それを生み出しているのはあの男だ

人道的。などと言う概念は持たないが

それでもこの光景は見過ごせなかった。


「この、外道がぁっ!」


私は吠える

そして爆発的な魔力を操作する。


兎々永延芯長うさうさエキスパンドコアーズ!」


木の上から狙いを定めて鞭を振るう

振るわれた鞭は本来の質量を無視して柄から伸び続け

離れて事の成り行きを眺めていた男へと迫る。


逃げる場所すら与えないように

男のいる辺り一帯を大きく横薙ぎに切り裂く

返すように鞭をもう一振りし

さらに二度、三度と男へと鞭を往復させる。


途中で魔力の制御が切れたのか

樹上へと登ろうとしていた少女が力を失って地上に落ちるのを確認しながらも

さらに私は執拗に追撃を繰り返す。


男の体と周囲の地面が

細く長く続く傷跡で覆われた頃

やっとのことで私は攻撃の手を止める。


「か、カフェモカちゃん・・・・・・。」


木の下から細く、呼ぶような声が聞こえる

目を向けると、泣きそうな顔をしたアヤが見上げている。


「アヤっ、大丈夫なの!?」


私は急いで木から飛び降りて駆け寄る

アヤは辺りを見回しながら。


「カフェモカちゃん、もういいよ。やりすぎだよ。」

「そんな事よりもあなた、大丈夫なの?

 怪我とかはしてないかしら?」

「大丈夫、まだちょっと体は痛いけど、平気よ。」


彼女は私を安心させるかのように笑みを見せる

そしてすぐそれを消して。


「いくらあの人に操られてたからって、これは酷いよ

 こんなのって、あんまりだよ。」


私を咎める言葉を投げかけて来る

何て返せばいいのだろうか

敵だから斬った。当然の判断しかしていなかったから

こう言う時の言葉が何も見つからなかった。


「でも、ありがとう

 私だけは殺さないでくれて

 すっごく怖かったよ。痛かったし、もうダメかと思った。」


そう言って彼女は私に泣き付いて来た

武器を形成してた魔力を解除し、頭一つ分小さいその体を両手で受け止める。


「うぅ、こんなにいっぱい人が死んで

 それでも自分だけは助かったって

 カフェモカちゃんに感謝すればいいの? 怒ればいいの?」


私の手の中でアヤが呟く

私には判断が下せない問いだった

人間らしい感情に目覚めて一年ばかりの

人間のような兎にとってそれは持て余す感情だった。


本当にこれで良かったのか

アヤ以外の人間を救う方法も、力も自分にはあったのではないか

しかしそれでも他の全員を斬ってでも大切な一人を助けると言う選択をしたのは自分だ

過ぎた事はもう取り返しがつかない。




私は結局、人とも兎とも付かない何かだ

兎として誰かに飼われるには人間らしい感情が不必要だし

人間として生きるには人間としての常識からかけ離れ過ぎている

やはり身の振り方を考えなくてはならない

中途半端なままでは、いずれ致命的な選択をしてしまうだろう

取り返しがつかなくなる前に結論を出さなくてはならない。


正しい道行は何なのか

それはまだ、闇の中にあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ