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episode.10 神隠しの少女達 ─前編─

世の中にはなんて可愛いものが多いのだろう

見た目、動き、声、どれを取っても可愛い

それをいつまでも見ていたい、聞いていたい

だからもっともっともっともっと

それを集めないと・・・・・・。




「はぁ、暑いわ・・・・・・。」


私の口から気の抜けた声が漏れる

貸しアパートの一室

誰もいない部屋に私はいた。


本来の家主であるアヤは現在出かけている

そのため部屋にいるのは私だけだ

兎一匹しかいない部屋の扉や窓を開け放すのは

防犯上良くないということは分かっている。


分かってはいるのだが

完全に密閉された真夏の室内と言うのは

非常に暑い

直射日光が差さない分ましだと最初は思っていた私も

風も吹かず籠もって行く熱気にだんだん嫌気が差して来ていた。


仕方がないので前足で器用に扇風機のスイッチを入れる

ファンが高速で回転を始め

私に向けて生ぬるい風を送ってくれる。


居候の身であるから

出来る限り自分だけの時は電気代等を節約したいとは思ってはいた

だが、この暑さの前にはせめて扇風機ぐらいはと折れてしまった

ちなみにこの安アパートにはクーラー等と言う便利な代物は設置されていない。


随分とここでの暮らしにも馴染んだものである

とは言えいつまでアヤの元で厄介になるかは決まっていない

特に何も言わなければ、いつまで居てても文句は言われないだろうが

いい加減呉屋町(くれやまち)での兎耳探しは落ち着いて来ているだろうし

ここに長く留まる必要性があるわけでもない。


元々が飼い兎だっただけに

人間の下で生活し、適度に交流するのは嫌ではない

むしろ楽しいと思うぐらいだ

呉屋町で野良暮らしをするより充実しているとさえ思う。


だが、現実問題として成り行きで転がり込んだ家にずっとい続けるのは気が咎めるし

ペット禁止のアパートに住み続けると迷惑がかかりそうと思わなくもない。


そろそろ身の振り方を考えるべきか

一日の大半は今みたいに自分一人の時間である

だから考える暇ならいくらでもある

じっくり考えて、結論を出せばいいか。




ある日の夜

事務所でのレッスンを終えて帰って来たアヤが私に聞いて来る。


「カフェモカちゃん、明日休みが取れたけど何かやりたい事とかない?」


休みとは珍しい

と言うか、実際のところアヤが休んでいるところを

この部屋に住むようになって既に数ヶ月経っているはずなのに

ろくに見た事がないと言う事に気が付いた。


{たまの休みだし、あなたの好きなことで}


私の打ち込んだ文章を見てアヤは困惑した表情を浮かべる。


「え~、今まで休みだったら最低限の家事だけこなして

 後はほとんど寝てばっかりだったからなぁ。」

{ならそれでいいのでは?}

「せっかくカフェモカちゃんと住むようになったんだし

 今回ぐらいぱーっと何かやりたいじゃない。」


ただでさえ少ない休みなのだから

ゆっくり休むのに使えば良いのにと思う

だが彼女はどうにもそんな気はないらしい。


「う~ん、せっかくだから何処か遊びに行ったりとかしたいけど

 カフェモカちゃん電車に乗せられないから遠出も出来ないし

 そもそもショッピングするにもテーマパークとか行くにも

 何処も兎の持ち込みって禁止だろうしなぁ。」


一人であれやこれやと悩み出す

まぁ、他人から見たらただの兎に過ぎないし

人間の言葉を解せても扱いはペットだ

気の毒だけどそう言う事は人間の友達とでもやって貰おう。


{そもそも休みがやたら少ないように思えるけど

 アイドルの仕事ってそんなに忙しいの?}


根本的な問題点を聞いてみる

するとアヤは再び困惑したような顔をして。


「いや、レッスン自体はそこまでなんだけど

 それだけじゃ生活できないから、レッスンの後とかお休みの日に

 少しずつだけどバイトを入れてるんだ。」


想像以上の重労働である

人間の生活に詳しくはないが

明らかにオーバーワークとしか思えない。


{だったらなおさらちゃんと休みなさい}


結局。私の運動不足解消程度に近場を案内するだけで

一日のほとんどを休息に使わせた。




休日も終わり一週間ほどが過ぎ去った

相変わらず続く暑さの中でも

アヤは不平不満の一つも言わずに

レッスンにアルバイトにと明け暮れていた。


「・・・・・・遅いわね。」


その日は人の姿になっていた私が一人ごちる

いつもなら遅くなる日は出かける前に一声掛けて行くアヤが

今日に限って何も言っていなかったにも関わらず

日が落ちても帰って来ない。


待っているのは苦手ではない

だが、少々暇であることには変わりない

何となく手持ち無沙汰であったので

普段は見ないテレビをつけてみる。


何か面白い番組でもやっていればよかったが

これと言って自分の興味を惹くものは見つからない

仕方がなくニュース番組でもつけて惰性で眺める。


東部新幹線が開通したこと

この国のお偉いさんが他国との何かしらの条約を締結したこと

水沢地区で少女連続失踪事件が起きていること

連日の猛暑の影響で全国的に農業に悪影響が出ていること。


様々なニュースが駆け巡る

特に興味もなく聞き流していたが

あるニュースに引っかかりを覚える。


水沢(みさわ)地区、どこかで聞いた気がするわね。)


つい最近その名前を耳にした気がする

最近の出来事と言えば

いつもみたいにつまらない雑談をして

久々に休みがあったから散歩に連れて行って貰って・・・・・・。


そうだ、その時だ

たしかこのアパートがある近隣地区が

水沢地区だとアヤが説明してくれたはずだ。


だとしたら、この辺りで少女の失踪事件が起きている事になる

そして未だに帰って来ない少女

特に意識するでもなく、二つの事件が繋がる。


「まさか、そんなわけ無いわよね・・・・・・。」


その二つに因果関係はない

まったくの偶然であるはずだ

だが、もし本当に事件に巻き込まれているとしたら。


最悪の事態を想像して

急に不安が駆け上がって来る

居ても立ってもいられなくなり

テレビの電源を落として部屋の明かりを消す

他の部屋の住人に見つからないように扉をそっと開け

誰もいない事を確認し、部屋から飛び出した。




この前一度散歩として辺りをざっと歩いただけだから

ほとんど土地勘は無いと言っても過言ではない

アヤが普段どの方向から帰って来るのかも知らない

仕方がないので手当たり次第に路地を走り回る

焦燥感に追われるままに、ひたすらに人外の脚力で街を駆けた。


どれぐらいの時間探したかは分からない

スタミナ配分も考えずに走り回っていたので

次第に息が切れて来る

それでもアヤはおろか

ろくに通行人も見かけない。


「はぁ、はぁ・・・・・・。」


何もない路地で足が止まる

どうしようか、このまま探しても見つかる気がしない

案外入れ違いで帰っているかもしれないから

一度戻った方がいいのかもしれない。


「おや、これはこれは。」


不意に暗がりから声を掛けられる

その方向に目をやると

ピアスにネックレスに腕輪

派手なアクセサリーを大量に身にまとった男が

こちらに向かって歩いて来ている。


「いいね、こんなに可愛い子に何人も出会えるなんて

 今日は幸運だ。」

「何か用かしら? 私は急いでいるのだけれど。」

「兎耳とは変わったアクセサリーだね、でもとても似合っている

 それにとても可愛らしい顔立ちだ。」


質問を無視して

独り言を言いながらこちらへと近寄って来る

そして無造作にこちらに手を伸ばし・・・・・・。


「っ!」


嫌な予感がして背後へと飛び退く

その一瞬後に、男の手から青白い閃光が溢れ出し

私が立っていた場所を包み込む。


「今のは、魔力!?

 あなた一体何者なの?」

「なーに、ただの真庭勇二(まにわゆうじ)と言う名前の一般人だよ

 少し可愛いものに目がないだけのね。」


男が名乗る

その胡散臭い名乗りに続けて。


「そう言うわけで、君みたいな可愛い娘は大歓迎だ

 私のコレクションになる気はないかね?」

「コレクション・・・・・・?」


人間に飼われるのが嫌なわけではない

だが、この男の言っている事は何か違う気がする

それに、出会い頭に魔力を使用してくる人間とは

間違っても友好的になりたくはない。


「生憎だけど私は急いでいるのよ

 邪魔をしないなら見逃すから、何処かに行きなさい。」

「そうか。ならば仕方がないな

 開け放たれし厩舎!」


当然のように男は私の発言を無視し

そして魔力を起動させる

叫びと同時に男の周りに青白い光が立ち込めて

それが治まった後には数人の少女がその場に残されていた。


「さぁ、私の『少女牧場(ガールズブリーダー)』に属する娘達よ

 あの娘を捕獲して来い!」


男の号令と共に

揃いの首輪を付けた少女達が一斉に私へと群がって来る

斬る事は出来るかもしれない

だが、こんな街中で人を斬っている姿を見られたらどうする

築いた死体の山を見られたらどうする。


一瞬迷い、そして疲れた足を動かして

その場から一気に走り去った。


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