表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/26

episode.8 夜天は赤く染まる ─前編─

家族を失って野良になってから

人の姿を取るようになってから

魔力を振るうようになってから

気が付けばそろそろ一年が過ぎようとしていた。


今ではすっかりこの生活も定着したけれど

思い返してみれば色々とあった。


何故か人間の姿になって途惑って

危険な相手との戦いもあったし

兎と人とどっちつかずな自分にも悩んだ。


それでも今の街が好きだから

大切な人が増えたから

まだまだこれからだとも思う。


さぁ、今日も出かけよう

巣穴の一番奥に大切に保管してあるブーツに目をやり

そして私は巣穴の外へ駆け出して行った。




この日はいい天気だった

このところ雨が続いていたから

なかなか巣穴から出られず

退屈な日ばかりだった。


公園を見渡すとまだところどこに水溜りが残っていて

土の見えている地面はしっとりと湿っている

それでも木々の間から久々に差した光は眩しくて

ほんのりと雨の匂いを含んだ空気は美味しかった。


他の野良兎達もそれぞれ巣穴から出てきて

久々の晴れ間を堪能していた

私も巣穴に籠もりっ放しであまり動かさなかった体を

思う存分動かして公園内を駆け回る

ウサギ公園は余り野良兎同士の干渉はないが

いつも平和なので心が安らぐ。




いつの間にか太陽が高い位置まで昇っていた

昼休みになったのか、人通りが徐々に増える

久々の好天だからか公園に出て来て食事を摂る人も

心なしかいつもより多く感じる。


雨の間は来れなかったお弁当を兎に分けてくれるおじさんも

久々に公園にやって来たので他の兎達も大喜びだ

久々だからかいつもより奮発して食料を配ってるので

私も少しばかり貰っておく。


「カフェモカさん、久しぶりー。」


食事も摂って一服しているところに

歌好きの少女、アヤちゃんがやって来る

こちらもこの公園の常連ながら

長雨で来れなかった内の一人だ。


「どうですか、しばらく雨が続いてましたけど元気にしてました?」


こちらが人間の言葉を解すると知って

遠慮なく話し掛けて来る

首を振ったり身振り手振りで答えるが

事情を知らない人間から見たら変わった光景に映るだろう

少女はその辺りを気にしていないようだが。


どちらかと言えば騒がしいのが好きではないが

やっぱりある程度は賑やかな方が自分も楽しくなって来る

雨で閉じこもってるよりは

こうやって色々な人間が公園に来てくれる方が断然良かった。




その日の晩

私は人間の姿へ変わる兆候を感じて

巣穴の奥からブーツを引っ張り出して

近くの茂みへと向かう。


人の姿に変わったら

恐る恐る自分の足をブーツへと入れる。


当然だが靴を履くと言う行為は生まれて初めてだ

だが、思っていた以上に履き心地はいい

試しにブーツを履いたまま公園内を軽く歩いてみる

なるほど、裸足の時より遥かに動きやすい。


せっかくだから何処か遠くまで足を延ばしてみようと思う

あれから一年と、区切りもいいし

懐かしい我が家を見に美咲丘(みさきがおか)まで行ってみようか

ここ数ヶ月ほど向こうまで行ってなかったし丁度いいだろう。


空はまだ大部分を雲に埋め尽くされている

その隙間から真円の月が顔を覗かせ

地上を照らしている

月の光と、立ち並ぶ街灯の明かりに照らされながら

私は美咲丘までの道を走って行く

その足取りは、ブーツのおかげかいつもより軽い。


久しぶりにやって来た私が育った街の風景

子兎だった頃何度も散歩で通った街並を

速度を落として色々と思い出しながら進んで行く

記憶にある路地を通って、次の角を曲がればもう懐かしい家だ。


そして私は見た

かつて自分が住んでいた家だった場所が

「工事中」と書かれた柵に覆われて

柵の向こうに辛うじて見えたのが

取り壊されて土台だけになっていたのが。


不思議と悲しい気持ちは湧かなかった

いずれここには新しい家が建ち

新しい家族が住み着くのだろう

何もかもが進んで行っている

私も、思い出にばかり浸ってないで前に進まないと。


「よしっ。」


私は一声出して

ついでに育った土地の空気を吸うと

もうここには来ないだろうと思いつつ

今を生きるため、今の住処へと戻ることにした。




自分の老い先が長くないことは自覚していた

だが、それでも生きてる限りは出来る限りの事をしたかった

しかしそれは良しとされなかった

息子達から疎まれ、小さな小屋へと押し込まれた。


認めたくなかった

小さな小屋で独り死に行くのを待つだけの生活など

だから燃やした

自分を縛る小屋も、疎んじる息子達も。


それから幾たび月が欠け、満ちて行っただろう

その度に自分が生きていることを示し続けるために

命を燃やして、全てを燃やして来た。


自分は何故あらゆるものを憎んで

そして燃やし続けているのだろう

いつかしかそれも分からなくなっていた

ただ、情動が赴くままに全てを燃やしていた・・・・・・。




私が美咲丘から帰って来た時には

既に普通の会社は人が帰宅し終えて

オフィス街が静かになる時間だった。


だが、この日は何か様子がおかしかった

どうにも街がざわついている感じがする

頭の上に意識を集中する

大きな耳が人々のざわめきを捉える。


ちょっと気になるので声のする方へ向かってみる

人の少ない時間だからそれほど多くはないが

とある一角に人だかりが出来ているのですぐに分かった。


近付くと焦げた臭いが鼻を突く

赤い炎と黒い煙が見える

どうやら火事らしい。


あまり人の目に留まらないように気を付けながら

燃えている建物の方を覗き込む

二階建て程度の小さな建物の並ぶ一角だった

そのうちの二、三件が炎に包まれている。


出火の原因は分からないが

まだ消防も到着してないことを考えると

燃えている建物は既に手遅れだろう

これ以上延焼しないことを祈るのみである。


そう思いながら見ていると

燃えている建物から隣の建物へと爆発的な音が響き渡る

それに続いて聞こえるのは建物の崩れる重たい音

横の建物へ燃え広がったのだろうか。


心配をしていると

横の建物の二階の窓から人影のようなものが見えた

まだ誰か中にいるのかもしれない

もし燃え広がるようなら危険である

あれだけの轟音がしたから気付いてないとは思いにくい

だが、何らかの理由で逃げ遅れているようなら放っておけない。


「ヴォーパルアークブレード。」


手の中に漆黒の鞘と柄を持つ刀が形成される

姿を誰かに見られるかもしれない覚悟の上で

それを片手に二階の開いている窓へと一息に跳ぶ。


建物の中は静まり返っている

とりあえず手近な扉を開けて廊下へと出る

燃えている建物の方から熱気が流れてくるのが感じられる

既にこの建物まで燃え移っているのかもしれない

急いだ方がいいと自分に言い聞かせ

奥へと向かう。


人の気配は感じられない

やはり気のせいだったのだろうか

念のため並んでいる扉を一つ一つ開けて

取り残されている人がいないかをチェックする。


廊下の突き当たりに来た

そこには「社長室」と書かれたプレートが上部に付けられている

一際立派な扉が壁に嵌っている

私は綺麗に磨かれた手すりに手を伸ばし、そして開けた。


正面から熱風が吹き付けてきた

視界に飛び込んできた部屋は赤々と輝いている

革張りのソファーが、書物の並べられた棚が、床に敷かれたカーペットが

どれもが赤く燃え盛る炎に彩られている。


その中に一人の人間が立っている

真っ白になった髪の毛に皺だらけの顔から老人と推察される

痩せてはいるがその背は高い

着ているシャツも足を覆うズボンも

どれもがくたびれて擦り切れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ