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episode.7 月夜の少女に捧げる歌 ─後編─

怪しげな光沢を放つピンク色のゲルが地面を這い寄って来る

生理的に目を背けたくなるような光景だ

それでも襲って来るからには対処しなくてはならない

手に持った薙刀を振り上げ一気に斬りかかる

粘質な抵抗を感じるが、薙刀の重量を生かして振り抜く

再び縦に両断されて力なく地面に崩れ落ちる。


「ふふっ。」


男の笑い声

それと共に二つに分かれたゲル塊が一つにまとまり

ハートの形を再び形成する。


舌打ちをしながらもう一度斬りかかる

大した速度もないゲルの中央を的確に捉えて

反り返った巨大な刃がハートの形を二等分にする。


「何度やろうと無駄だって。」


男の声が響くが

それを無視して薙刀を大きく回しさらに横に両断する

四等分されたゲルは下側の半分を残して

溶けるように消滅する。


どうやら無限に再生できるようではないらしい

体積を半分に減らしたゲルは残りの部分が一つに戻るが

その大きさは膝丈程度あり、最初に見た時ほどの脅威は感じない。


「まだまだっ、プロパティ:アシッド!」


小さくなっていたゲルに魔力が注ぎ込まれ

元の大きさへと戻ろうとする

それを察知した私は薙刀を大きく振り上げ

斜めにゲルを切り裂く。


大きくなりきる前に切られるゲル

今度はその切り口から液体のようなものが漏れる

それは当然のように薙刀の刃にも付着しており

その場所から刃が崩れるように溶け、ただの魔力と化して空気中に溶け出す。


なるほど、これは再生力と合わせると面倒くさい能力だ

私はぼろぼろになった刃を上向きに薙刀を地面に付き立て

その柄に片足を絡ませるようにして寄りかかる

右手で薙刀を支え、空いた左手を刃の部分を撫でるように動かす。


「ヴォーパルグレイブ。」


撫でた左手から放出された魔力が刃に集まり

再び新品のような傷一つない刃へと戻る

その間に相手のゲルの方も元のサイズへと戻っている。


さて、どうしたものか

こちらから攻撃しても元通りに再生するだけだし

武器がまた傷つけられて修復に無駄な魔力を消耗するだけだ

攻める手立てを考えるために一度距離を取る。


「くふふ、威勢が良かったのは最初だけか?」


男の耳障りな声が聞こえる

もう一度ゲル状の物体を見据える

今のところあれはゆっくりと前進するだけで

攻撃らしいことも何もして来ない

無害ならいっそのこと無視して操ってる男を狙うか。


ある程度まで近付いたところでゲルが急に動きを止める

背筋に何となく嫌な予感を感じとっさに横に跳ねる

それと同時にゲルに穴が開き、そこから透明な液体が噴射され

一瞬前まで私のいたところを通過していく。


なるほど、あの液体は攻撃にも使えるらしい

完全には避け損ねたのか

コートを見ると液体のかかった部分の繊維がぼろぼろに崩れて

そこから素肌が覗いている。


これならゲルを無視することは出来ない

死角からあの液体を飛ばされても面倒だし

何より後ろの少女に向けて襲い掛からないとも限らない。


考えられることは二つ

このゲルをどうにかやって再生出来ないようにして排除するか

このゲルを操っている男をこの位置から倒す方法を考えるか。


悩んでいる間にゲルがこちらに向けて穴を向けて

再び液体が噴射される

どうやら無駄に近付かず、あの位置から飛び道具で仕留めに来るらしい。


相手が飛び道具で来るならこちらも対抗するか

使い捨ての飛び道具なら溶かされても問題はない

だが、それがあれにどれほど有効だろうか

小さい刃を飛ばしたところですぐに元通りになるだろうし

手に持っている薙刀を投げたとしても

多少大きな穴が開くだけで結局再生されるだろう。


ここで一つ試してみる

私は射撃と射撃の間を縫ってゲルに近付き

中央より少し低い位置を薙ぎ払う。


切られたゲルは切り口から下を残して

溶けるように形を失って消滅する

その向こう側に男の姿が映る。


「シューティングエッジ!」


残ったゲルが再生する前に男に向けて刃を飛ばす。


「シェイプ:ウォール!」


男が叫び、その目の前の地面からゲルが壁のように盛り上がる

刃はそれに刺さって止められる。


「ひっ、あ、危ないなぁ。」


今の攻防で分かった事が二つ

一つは、目の前のハート型の個体以外にもゲルを操れること

そしてもう一つは・・・・・・。


「やぁっ!」


私は再生したばかりのゲルを狙って薙刀を振るう

長い柄を生かして狙うのは一際細くなっている

地面に接している辺りだ。


細くて質量がない分

本体を狙った時より少ない手応えでそれは切り裂かれる

そして、刃が走り抜けると同時に

その大きなハート型の体の大半が溶けるようにして消滅する。


やはり、地面に接している部分以外は形を保てないらしい

これまでの数度の攻撃でもそうだったが

横に切った上部だけが毎回消滅していた

しかも、質量が少ない分液体の含有量も少ないようで

切った後の薙刀の刃はまだ無事だった。


「さて、頼みの魔力はほとんど消えてしまったわよ、どうする?」

「くそっ、生意気な

 だったら、シェイプ:テンタクル!」


小さくなったゲルの根元から

今度は触手のように細長いゲル状の物体が数本生え

一斉に私に向けて群がって来る

が、この手の相手の対処の仕方は理解している。


寸前のところまで引き付けてから

大きく横に跳ねる

そのまま伸び切った先端部は無視して

一気に根元まで詰め寄る。


地面すれすれの場所を狙うように薙刀を一閃

残った小さなハート型の本体ごと全ての触手を一撃で切り落とす

地面から離れたそれは全て溶けるようにして意味を持たない魔力となって消滅する。


「さて、こんなものかしら?」


生み出してたゲル状の物体を全て失い

無防備になった男の方へと一歩ずつ近付く。


「ま、まだだ、『全てを包む流体の愛(ラビングスライム)』。」


再び男の目の前の地面から盛り上がるように

ハート型のゲルが生み出される

私は無造作にそれに近付き

箒で足元を掃くかのような気軽さで

薙刀を振るい根元から断ち切る。


「く、くそっ、まだだっ

 シェイプ:ウォール。」


さらに地面からゲルを生み出す

今度は壁のように土台までしっかりとしたものだ

だがそれも根元から断ち切る。


男が一歩下がりさらに壁状のゲルを生み出そうとする

これではきりがない

魔力が切れるまで続けることも可能だろうが

どこまで続くか分からず、不意の反撃も考えられる。


だからこそ素早く決着を着けるために手を変える

盛り上がろうとしているゲルを上から押さえつけるように薙刀を突き刺し

それを支点にして体を持ち上げる

そのまま薙刀の柄を軸にして体全体で回転して

男の顔を目掛けて足を振るう。


鈍い音を立てて男の顎に私の足がぶつかる

その衝撃に男はふらつきながら数歩後退する。


「あぁ、アヤちゃ・・・・・・自分・・・・・・は。」


うわ言のように呟きながら男が倒れる

それと同時に盛り上がろうとしてたゲルの壁も地面に戻って行く。


「まったく。手間を掛けさせて・・・・・・。」


私は倒れた男に背を向けて少女の方へと戻る

兎の姿の時は見上げないといけないぐらいの体格差があったけれど

こうして人の姿で並んでみると私の方が頭一つ分ぐらい大きいらしい

まだ状況を完全には理解してないような顔をしている少女を見下ろして。


「さぁ、もう終わったわよ。」

「え、えっと

 カフェモカさん、ありがとうございます。」

「礼はいいわ。あぁ言うのを放っておくのが嫌いなだけだから。」

「でも、助けてくれたことには変わりませんし

 それにしても、カフェモカさんが人になったり

 スライムみたいなのが出てきたり

 一体どうなってるんですか?」


最もな疑問である

だが、魔力と言うものが存在してこのような事態を引き起こしてる

等と言っても信じがたい話しだし

適当に切り上げようとする。


「さぁ、原理は私も分からないわ

 気が付いたらそうなってたってだけ。」

「何だか物語の中の出来事みたいで不思議ですね。」

「そうね。ただ、こうやって事件を起こすのがたまにいるから

 喜んでばかりもいられないけれどね。」


そう言って倒れている男の方を指差す

と、同時にそれが起こった。


倒れている男の周囲の地面から何かが泡立つように出てくる

それは一瞬にして倒れている男を包みながら上へ上へと体積を増やしていく

毒々しい紫色をしたゲルだった

男の体を垂直に立たせるようにして包み込み

全身から無数の触手を伸ばしている。


半透明のゲル越しに見える男は

目を閉じてぐったりとしている

どう見ても意識はなさそうだ

だが、魔力だけが明確な意思を持って動いていた。


無数の触手が伸びてこちらに殺到する

私は目の前で薙刀を回転させるようにして

無数の触手を弾いていく。


「アヤちゃん、逃げてっ。今すぐ!」


私は叫んでいた

直感ではあるがこの相手は危険だ

後ろの少女を守りながら戦う余裕なんてないだろう。


「カフェモカさん・・・・・・気を付けてねっ。」


少女は迷うような表情を見せたが

私の顔に緊迫したものを感じたのだろう

すぐさま走ってこの場を離れる

残されたのは、人外の二人のみ。


あれを止めるにはどうしたらいいのだろうか

たぶん魔力の供給を止めるしかないだろう

意識を失っているから、気絶させれば止まる

なんて簡単な話ではないはずだ

だとしたら・・・・・・。


迷いなく一直線に私はゲル状の怪物へと向かう

行く手を阻むように無数の触手が振り回されるが

寸前のところでそれをかわし

当たりそうな角度で振られたものは薙刀で切り落とす。


速度をまったく落とすことなく触手達をかいくぐって怪物に接近する

走る勢いを乗せたまま薙刀を振り上げて

中の男ごと両断するつもりで斜めに振り下ろす。


「っ!?」


それは先程までと比べ物にならない粘性を持っていた

中央に囚われている男のところにすら届かずに

全ての勢いを殺されて刃が止まってしまう

そして僅かにへこんだその体はすぐに再生を始める。


後ろから切り抜けてきた触手が一斉に襲い掛かる

大きく上へと飛び上がってそれらから辛うじて逃れる

触手はしつこく上空まで追って来る。


「シューティングエッジ!」


放った小さな刃で数本を切り裂き

残りを薙刀で切り落とす

残った一本が落下を始めた足に絡みつくが

それも薙刀の一振りで切ると、巻きついていた先端部分は溶けて消えてしまう。


アスファルトの上に着地する

下手な攻撃はあれにはどうやら通用しないらしい

自分の魔力で出来る事と言えば切り裂く事だけ

小細工など必要ない

あのゲル状の怪物を上回る魔力で切り裂く外にない。


覚悟を決めると魔力を体の奥底から取り出す

そして決着を着けるために守りを捨てて一気に駆け寄る。


兎々連鎖円環うさうさエンドレスサークル!」


もう一度渾身の力を込めて斜めに切り落とす

さっきと同じくそれは途中で止められてしまう

止められた刃を素早く引くと、自分の頭の上を大きく旋回させて

次の一撃を寸分違わない位置へ向けて放つ。


再生する速度よりも速く、強く

ただひたすらに振り下ろしては戻し、また振り下ろす

魔力で加速させた腕と刃は何度も振り下ろされ

確実に深いところまで刃を刻んでいった。


何度回り何度振り下ろされたか

ついにはその刃は怪物の中心部

男のところへと届く。


人間の体に対しては過剰すぎるほどの力を持った刃は

肉を裂き骨を砕き、内臓と血をゲルの中に撒き散らさせた

念のためさらに追撃を加えようと刃を引いた時

ついにゲル状の怪物は魔力の供給を失い

姿を保てなくなって、悲鳴のような音を立てながら溶けていった。


後には濡れた地面と無残に引き裂かれた男の体だけが残る

ゲル状の物体は一切の痕跡を残さずになくなっていた

今この場を誰かが通ればあらぬ疑いを掛けられるだろう

疲れ切った体を何とか動かして

私はその場を離れて行った。




その数日後

昼休みには公園にいつものように少女がやって来た

あの日起きた事を覚えているのだろうか

私が不安に思って見ていると

彼女はこちらに気付いて駆け寄って来る。


「カフェモカさん、この前も、その前に赤いのに襲われた時も

 何度も助けてくれてありがとうね。」


そう言って何かをこちらに突き出して来る。


「これ、お礼ね。

 何がいいか分からなかったけど、カフェモカさん人の姿の時裸足だったから。」


見てみるとそれは革で出来たブーツだった。

受け取っていいものかと若干迷う

彼女はにこにことブーツを突き出したまま動かない

結局は根負けしてそれを傷つけないように慎重に咥える。


「あ、サイズ分からなかったから、合わなかったらごめんね。」


その声を聞きながら私はブーツを咥えたまま巣穴へと戻る

そして大切に巣穴の一番奥へと押しやる

兎の姿の時は履けないから

次に人間の姿になったら履いてみよう。


初めて貰った宝物

私はそれを、飽きもせずに眺めていた

いつか使うその日を想像しながら。


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