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episode.5 その姿は何に映る ─後編─

最初は興味本位だった

誰もいないはずの廃倉庫から声がするから

どんな人がいるのだろうと思って覗いただけだった

だが「それ」を見てしまった

何も見なかったことにして立ち去ってもよかったが

気がついたら窓を割ってその場に飛び込んでいた。


「何もせずに素直に帰って

 ついでに魔力はもう使わないって約束できるなら見逃してあげるけど。」


包丁の切っ先を向けながら私は警告する。


「何? あなたは私とゆー君の仲を引き裂こうってわけ?

 そんなことさせないわ!」

「仲良しって、人間の間ではそう言うことをするのが流行ってるの?」


私の目には少女の姿はおかしく映る

見かけは高校生ぐらいの少女だ

こざっぱりとしたシャツとスカートに

まだ少し冷えるのかカーディガンを羽織っている。


ここまでなら普通だ

だが、一般の少女にはありえない特徴として

その右腕の手首から血のように赤い鎖が生え

その先端は手錠のような形となって横の男性の両手を縛っている。


そもそも鎖を体から直接生やしている女性と言うのは普通ではないだろう

その上友達と言えるような人物を縛るのは異常な行為だろう

このまま放っておくと、どのような力の使い方をしてもおかしくはない

見てしまったからには止めたいところだ。


「他の人がどうかは知らないけど

 私達はこれでいいの、だから邪魔をしないでっ!

 これ以上邪魔をするようなら・・・・・・。」


こちらに向かって叫びながら

少女の左腕から鎖が新たに四本も生える

血のような色をしたそれは

生き物のように蠢きながら少しずつ伸びていく。


「お願いだからっ、消えてっ!」


四本の鎖が一斉に殺到してくる

包丁を素早く振るいそれらを叩き落す

が、一本だけ迎撃しきれなかった鎖が右足に絡まる。


「くっ、あっ・・・・・・。」


そのまま足を砕くかのように締め付け

思わず口から苦痛の声が漏れる

何とか痛みに耐えながら包丁を振り上げ

何度も何度も力任せに鎖へと叩き付ける。


パキンッ


何度か目の振り下ろしでやっと鎖の一部が砕ける

砕けた先の部分は灰になるように崩れて消えてしまう

だが、残された根元の方はさらにその身を伸ばしてこちらに迫る

さらに打ち払った三本も再びこちらを目掛けて伸び上がる。


体をそらしブリッジをするような姿勢で

辛うじて四本の鎖を回避する

そのまま片足で地面を蹴って横に転がり

一度相手から距離を取る。


横に逃げた私を追うには角度的に厳しいのか

一度鎖の形成を解除し、鎖が崩れるようにして消え去る

ついでに右腕から伸ばしていた鎖も解除し

一緒にいた男を壁際に押しやる。


「ゆー君、下がってて

 すぐにあの女を片付けるからね。」

「いや、ちょっと待てよ、お前。」


男の方が文句を言おうとするが結局スルーされ

壁際まで押しやられていく

まぁいい、男の方はどうやら被害者だ

私も巻き込まないで済むならそれに越したことはない。


男を壁に押しやった少女が再びこちらを向き直る

そして左腕から再び四本の鎖を伸ばしながら。


「逃がさない・・・・・・

 『運命の赤い鎖ブラッドレッドディスティニー』、あいつを追い詰めて!」


鎖がさらに伸びてこちらへと少しずつ向かって来る。


「カッティングヘッド!」


少女の叫びと共に鎖の先端が鋭利な刃物に変化する

そしてそれらは上下から二本ずつ

鎖で出来た蛇が顎を閉じるかのように襲って来る。


寸前のところで横方向へと避ける

私の体の真横を通り過ぎた鎖は

背後で先端の向きを変えてさらに伸張し背後から襲い来る。


背後から迫る鎖の気配を感じながら

全力で走って逃げる

幸い、この倉庫の中はかなり広く

逃げるスペースには困らない。


鎖の伸張量にも限界があると思っていたが

いつまで逃げても伸び続け追いかけ続けてくる

このまま逃げ続けるだけでは向こうが限界を迎える前に

私の方が追い詰められるかもしれない。


ならば、と向きを変える

逃げる動きから一転

少女の方へと一直線へ駆け出す

これだけ伸ばしていたら逆に引き戻したりするのは

難しいとふんでのことだ。


少女の判断は早かった

伸びた鎖を手元に手繰り寄せて防御に使うには

間に合わないと判断すると

すぐに伸びていた鎖を全て解除する。


そしてこちらに左腕を向け直すが既に遅い

次の鎖を伸ばす前に私はその腕へと包丁を一閃する。


キイィィィン


硬い音がして包丁の刃が止まる

どう考えても人間の腕の硬さではなかった

目を凝らすと、切れたカーディガンの袖の隙間から

肌をびっしりと覆うように鎖が巻きついているのが見える。


どうやら攻撃に使っていた鎖を解除した後に

見えないように袖の中に仕込んでいたのだろう。


「スターヘッド!」


攻撃の姿勢のを取っていた私の横手から

右腕から伸ばした先端に鉄球を付けた短い鎖が襲い掛かる

慌てて包丁を引き戻して鉄球を防ぐ

が、当然のように受け切れずに重たい打撃を受けて吹き飛ばされる

骨まで響くような痛みが左腕に走る。


少女はそのまま鉄球付きの鎖を少し伸ばして

今度は自分の頭上で円を描くように振り回す

どうやらこちらを近づけさせない算段らしい

攻守共に優れた思った以上に厄介な能力だ。


私は包丁を口に咥え

兎の姿の時のように両手両足の四本を使って走る

胸が地面に擦りそうなぐらい体勢を低くして

回転する鉄球の下を潜り抜けて一気に近付く。


片手一本で地面を着いて

それを軸に体全体で少女の足を払う

転んだところに追い討ちを仕掛けようと

咥えていた包丁を手に取る。


が、少女は転んだ拍子に回していた鉄球の遠心力に引かれ

そのまま私の背後へと引き摺られていく。


「わっ、きゃぁぁぁっ。」


背後から悲鳴が聞こえる

予想外の展開に追い討ちの機会を失ってしまった私は

そのまま体を起こす

少女もまた体を起こして私と向き合う。


「よくも、ゆー君の前で格好悪い姿を晒させたね。」


恨みのこもった声と共に

再び少女が四本の鎖を伸ばす。


「カッティングヘッド!」


それらは先端を刃物に変えて襲って来る

今度は不意の接近を警戒してか

二本だけをこちらへ向かわせ

残り二本を短いまま待機させている。


伸びてきた二本を包丁で弾く

二本程度なら包丁一本で軽くいなせる

だが、弾いても鎖は再び起き上がりこちらへと伸びて来る。


再び弾く、一歩進む、さらに弾く。


攻撃をさばきながら一歩ずつ着実に相手に近付く

わずか数メートルのところまで近付いて辺りで

相手が焦れたのか残った二本の鎖もこちらへ伸ばす。


その瞬間、私は持っていた包丁を投げた

それは四本の鎖の間を縫って少女の腹へと突き刺さる。


「あっ、かはっ。」


少女の口から苦しげな声が吐き出される

それと同時に鎖の制御が解ける

制御を失った鎖が力なく地面に垂れるのを横目に

数メートルの距離をひとっ跳びに少女の目の前まで移動する。


少女の腹に刺さっていた包丁を引き抜き、振り上げ

くるりと体を回転させると

回る勢いのままに少女の首へと包丁の刃を奔らす。


切り裂かれた首から溢れ出す様に血が吹き出る

少女の口が動き、何かを紡ごうとするが

喉の傷口から空気が漏れる音だけがして声にはならなかった。


そして少女は膝から崩れ落ち

そのまま地面へと倒れ伏す

腹と、首の二箇所の傷から流れ落ちた血がコンクリートの床を染める。


「う、うああああぁぁぁぁっ!」


突如壁際にいた男が叫び声を上げながら迫って来る。


「お前、何だよ、何してんだよ。」


言葉になっていない言葉を発しながら

私に掴みかかって来る

かと思いきや少女の側にうずくまり・・・・・・。


「おい、山寺さん。冗談だよな、死んだりなんてしないよな。」


死体を揺すりながら声を掛ける。


「おいっ、嘘だよな、頼むから起きてくれよ・・・・・・。」


しばらく声を掛けていたが

反応がないと分かると立ち上がり

こちらを向き直る。


「この人殺しっ、何でだ、何でこんなことをしたんだ!?」

「あの子は魔力を持っていた

 しかもそれを私利私欲に使っていた

 それはとても危険なことなのよ。」

「魔力とか言われても何のことかわかんねぇし

 だからってそんな簡単に人を殺していいってことにならないだろ!」

「・・・・・・。」


私はなおも言い募ってくる少年を見下ろし

そして手にした包丁を無言で振った。


そして廃倉庫の中は、一切の無音となった・・・・・・。




今夜も収穫はなかった

呉屋町(くれやまち)の近辺で話を聞いて回ったが

ウサギ女を見た人間は誰もいなかった。


あの近隣で兎と言えばウサギ公園とも呼ばれる中央の公園らしい

だが、いるのは勿論普通の兎ばかりで

兎耳の女が住み着いているとかそう言った類の話は出てこない。


いい加減手詰まりだった

そろそろ諦めて他のネタを探しに行った方がいいのかもしれない

オカルト雑誌に上げている原稿だってここ数ヶ月の間は止まっている

あのウサギ女については気になるところはあるが

そればかりに構っていて仕事が疎かになるのはよくない。


「やはり潮時か・・・・・・。」


呉屋町から自宅に向かう途中の車の中で俺は独りごちた

そのまま車を走らせ

車通りの少ない裏道を抜けて真っ直ぐに自宅へと向かう

明かりのない裏通りを照らす車のライトが奇妙なものを捉えた。


「っ!?」


俺は慌ててブレーキを踏む

急な慣性が掛かり俺の体が座席から少し浮く

シートベルトを外すと車のドアを開けて道へと飛び出した。


「おいっ、あんた、大丈夫かっ!?」


何に使われていたのか分からないような建物郡を囲う塀に

高校生ぐらいだろうと思われる男子がもたれかかるようにして倒れていた

声を掛けながら揺り起こす。


「う、うん・・・・・・?」


しばらく揺すってると声を出す

よかった。どうやら生きてはいるらしい

だが、こんな何もない場所で何故男の子が倒れているのか

とりあえず起きたのなら本人に聞いてみることにする。


「おいっ、起きろっ!」

「う・・・・・・ここ、は・・・・・・?」


どうにか目を開ける

そして周囲を見渡して自分がどういう状況なのかを確認しようとする。


「あれ、俺は、山寺さんに連れられて・・・・・・。」


少しずつ状況を思い出しているらしい

すると、突然飛び上がって叫び出す。


「そうだ、山寺さん、山寺さんはっ!?」

「悪いけど、ここに倒れてたのはあんただけだ。」

「だったら早く戻らないと

 あれ、でもどっちに行ったら!?」

「とりあえず落ち着け

 知り合いが心配なのも分かるが、何があったか話してくれないとどうしようもねぇ。」


俺の言葉に少しは冷静さを取り戻したのか。


「すみません

 えっと、俺が友達に呼ばれてこの近く、だと思う建物で話をしてたんです。」


少しずつ思い出しながら話を進めていく。


「そしたら急に建物の窓が割れて、兎の耳を付けた女の人が入って来たんです。」

「兎の耳を付けた女だと、どんな容姿だったか覚えてるか?」

「えっと、たしか高校生か大学生ぐらいの年齢っぽい人で

 茶色い兎の耳を付けてて髪の毛も同じような色で

 それで真っ赤なコートを着てたはずです。」


そこまで聞いて俺は確信する

あいつに違いない。


「悪いけど、その話詳しく聞かせてくれないか・・・・・・?」




感謝されたいわけではなかった

だからと言って、非難される覚えもなかった。


私はウサギ公園へと帰って来ていた

あの時私に食って掛かってきた男は

包丁の峰の部分で叩いて気絶させ

そのまま外へと運んでおいた

目覚めてから警察に話したりしても

私のことなど誰も信じないだろう。


ついでにあの場に男が戻って来てたり

誰かが入り込んで発見されて騒ぎになると困るから

少女の死体は川まで運んで沈めておいた

これであそこで起きた事の真相は誰にも分からなくなるだろう。


自分が悪いことをしたとは思わない

魔力を使って私利私欲に走った結果

死んでしまった人間も多く見ている。


だからあそこで止めておかないとまた被害が出たと思う

口で言って止まるならそれに越したことはなかったが

殺意を向けてきたのだからそれ相応の対応をしたのも

間違ってはいなかったと思う。


それでもあの男は一方的に私を非難して来た

あそこで殺していなければ

最初にあの男が被害にあった可能性が高いだろうに

それ以前に、私があの場で殺されていたかもしれないのに

それなのに一方的に私が悪いみたいな言い分だった。


「私のやったことは、間違いだったのかしら・・・・・・?」


思わず口から言葉が漏れてしまう。


分からなかった

何が正しくて、何が悪いのか

それを分かち合えるような知り合いは一人もいない


朝日が昇り始めた

私の姿は人間のものから兎へと戻って行く

姿は兎になっても、人としての疑念が晴れることはなかった・・・・・・。

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